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夏休みのドロート子爵領

一難去ってまた一難

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 プラウディ子爵領での土壌改善を始めて、一週間たちました。
 見た感じでは、農地としての体裁が整ってきています。

 殿下が行った土地浄化の効果なのか、浄化の翌日から、ミーちゃんたちは元気よくうねって、土に潜っています。

「殿下って、スゴイのですね、いろいろ」

 アルバスト先輩と一緒に、私はミーちゃんを土に入れています。

「ああ、そうだな……アイツ、殿下は天才、じゃない?」

 くすっと笑う先輩の顔は、就学前の少年のようです。

「でも、この前の殿下の、青い炎のことは内緒ね」

 先輩は人差し指を立て、唇に当てます。

「もちろんです」


 ミーちゃん作業が一段落ついて、私は整備された農地を眺めます。
 不要なものは片付き、適度な間隔で鍬や鍬を使って、男子たちが農地を耕し始めています。

 陽ざしは人間にも作物にも、恵を与えてくれてますね。

 しかし。
 何か、足りない。
 私が小さい頃から見慣れた、ドロート子爵領の農地を想い出します。

 夏の農地は、刈り取ったあとの牧草が干してあり、至る処に草花が……。

 そうだ!

「先輩! お花ですよお花! そろそろ花の種も蒔かないと!」

 すっかりお花のことが抜けていました。
 流入した土砂で、野の花も相当ダメージを受けたみたいです。
 せめて、クリザンティの種くらい、どこかに残ってないでしょうか。

 プラウディ子爵の使用人に訊くと、あぜ道でも子爵邸の庭でも、クリザンティやマトリカといった、野に咲く花を見ていないそうです。これらの花は、種を蒔かなくても勝手に増えていく種類ですが。

「仕方ないですね。我が邸に行きましょう。母は、野草の種なども、上手に保存してますから」

「すごいな、それは! 種って貴重だよ!」

「うふふ。では、ちょっと走って行ってきます」

 小走り行けば、午後の休憩時間には戻って来られるでしょう。

「ちょっ! 待てフロー! 走るって、往復の時間かかり過ぎ。俺の馬で行こう。その方が早い」

 えええ?

 私が返答する間もなく、アルバスト先輩は愛馬のハイゼに私を乗せて、ご自分はその後ろに跨ります。

「落ちると危ないから」

 そう言って、先輩は私の体を腕一本で支えます。

 どどど……。
 どうしよう!
 先輩と密着しています。

 心臓の音が、先輩にも伝わってしまいそうです。

「行こう! ハイゼ」

 ハイゼの走りは、まさに風を切るといったものでした。
 ビュンビュンと景色が後ろに飛んで行き、あっと言う間にドロート邸の側まで来ました。

「ハイゼ、止まれ!」

 ドロート邸の屋根が見えるところで、アルバスト先輩は馬から降ります。
 次いで、私も降ろしてくれました。

「邸の裏に、小さいけれど厩舎もどきがありますから、ハイゼも一緒に行けますよ」

 先輩は目を細めて、ドロート邸を見つめたあとで言いました。

「いや、ここからは歩いて行こう。その方が良い」
「……はあ」

 しばらく、二人無言で歩いていました。
 先輩は思い切ったように口を開きます。

「ドロート邸に、何か嫌な気を感じるんだ」

「気って、気配のことですか?」

「そうなんだけど、それだけじゃない。……殿下の炎、見たでしょ」
「ええ」
「あれは殿下だけの能力だけど、固有の能力を持っているのは、殿下だけじゃない」

 私の脳裏に、誰かに聞いたことが蘇ります。

 シャギアスに魔術はないし、魔術師もいない。
 でも、時々王家にだけは、特異能力を持つ者が現れる。

 アルバスト先輩は公爵家の方。
 王家の、血筋……。

「俺は、ほかの連中には見えないものが、見えることがある。場所や個人個人の持つ気が、色付で。……それが、俺の持つ、固有能力」

 先輩の表情は、どこか苦しそうでした。
 本当は、王族の人以外に、秘密にしていることなのでしょう。

「先輩の秘めたお力、私に教えて下さって、ありがとうございます」

 苦しそうな先輩を見ると、私も苦しくなります。
 だから、頭を下げ、お礼を言いました。

「フローは、大丈夫なの?」
「え、何が?」
「普通なら見えないものを、見えてしまうって、気持ち悪くない?」
 
 私は頭をひねります。
 気持ち悪い?
 まさか!

 なんなら、ミーちゃんを大量に育てている方が、気持ち悪いと言えなくもない。
 まあ、私は慣れましたけどね。

「気持ち悪いなんて、全然そんなこと思いません。だって、先輩は先輩ですから」

 先輩は一瞬目を丸くし、ふっと息を吐きました。
 私の頭をポンポンすると、いつものように笑います。

「フローで、良かった……」

「ところで、ウチの邸に感じる嫌なモノって、何なのでしょう?」

「悪意を持った、人がいるんだと思う」

 悪意とな。
 悪意を持つ人たちが、今ウチの邸にいる。

 泥棒?
 強盗?
 それとも……。

「フロー。表の門を通らずに、邸に入ることって出来る?」
「はい。お任せください」

 そりゃあもう。野生児のような幼少のみぎりですから。

 私は先輩と迂回しながら、邸の側面に辿り着きます。
 側面の壁には、すぐに取り外しが出来るブロックが置いてあるのです。
 そこから敷地に入るとすぐ、厨房に続くドアがあります。

 敷地に入った途端、私ですら、空気の重さに気付きます。
 厨房に続くドアを細く開けると、声が聞こえてきました。

「お、お前たち、何者だ! こんなことしても、自慢じゃないがウチには金目の物など、何も、何にもないぞ!」

 声の主は、父でした。
 どうやら不逞の輩が、我が家に侵入しているようです。
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