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凋落の足音・元婚約者ブルーノの過ち

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 ある日母が言った。

「あなたに婚約者が出来たわ、ブルーノ。明日、お会いするのよ」

 コンヤクシャ?
 大人になったら、結婚する人?

 母のように、きらきらの金髪と菫色の瞳を持つような、女の子だったらいいな……。

 残念ながら、顔合わせの日に現れたのは、野ウサギの毛色の髪をした、大人しいコだった。
 ちょっと意地悪でもしてみようかと、女の子が嫌がる虫を押しつけたら、彼女はニコニコして虫を掌に載せた。

「バッタだ! キレイな緑色してる! あなたの目と同じ色だね」

 僕が密かに自慢していた瞳の色は、バッタ色だった……。
 彼女、ミーヤと感覚が違うと思ったのは、この時が最初だ。

 彼女のことは、別に嫌いではなかった。
 よくよく見れば、可愛くないわけじゃない。
 彼女の兄と三人で、しばしば屋外で遊んだりもした。

 僕よりもちょっと年上の、彼女の兄は剣術が上手で、木の棒で手合わせしたけど全然勝てなかった。
 それからは、彼女と会う時には、邸内で過ごすことを選んだ。



 学園に通う様になり、たくさんの女子と知り合った。
 キレイな子。カワイイ子。スタイルの良いコ。
 そんな女子に囲まれた。

 どうやら僕は、女子たちから好まれる外見をしているらしい。
 僕に婚約者がいると知ると、残念がるコも多くて、早くに婚約者を決めなくても、良かったんじゃないかと僕は思い始めた。

 だから、彼女との月に一、二回ある顔合わせの時間は、どんどん苦痛になっていった。

 ミーヤは学園の女子たちよりもは地味だし、軽いジョークを飛ばしあうような会話も成り立たなかった。

 そんな時だった。
 ゴーシェ伯爵が再婚し、後妻が連れて来たロアナと出会ったのは。

 ロアナはピンクブロンドの髪と黄水晶のような瞳を持ち、メリハリのある女性らしいスタイルをしていた。
 まさに僕の理想のタイプだ。
 ロアナも僕に好意を持ってくれた。

 所詮貴族の結婚は、家同士の繋がりを重視するもの。
 ならば、ロアナでも良いじゃないか。
 同じゴーシェ家の令嬢なのだから。

 ロアナは、お菓子作りと刺繍が好きな、女の子らしい優しい子だ。
 ロアナが僕の婚約者のミーヤに苛められていると聞き、僕は憤慨した。
 僕が守ってやらなければ!

 両親に相談したら、きっと反対されるだろう。
 特に母は、「ミーヤちゃんは、貴方にとって絶対必要な人なのよ」なんて何度も言っているのだから。

 でも僕にとって必要なのは、ミーヤじゃなくてロアナだ。
 だから、大勢の人たちの前で、彼女に「婚約破棄」を突きつけた。

 泣いて縋ってきても、僕は絆されないからな。

 でもミーヤは泣くこともなく、淡々と破棄を受け入れた。
 僕は悔しくなった。

 ミーヤにとって、僕はそんなに重要でも、大切でもない存在だったんだ。

 幸い、現ゴーシェ伯は実子のミーヤを贔屓することなく、ロアナへの婚約者変更をすんなり了承してくれた。
 この婚約者交代で、ロアナがまた、ミーヤに苛められたりしたら可哀そうだと思い、ゴーシェ家の使用人たちに、ミーヤの悪行をこっそり伝えたら、ゴーシェ伯にも届いたようだ。

 ミーヤは別邸へ追放され、学園も辞めたようだ。

 晴れて正式な婚約者となったロアナと僕に、父と母は冷ややかな目を向けた。
 ロアナが欲しがるドレスや宝石を買ってあげようとしたら、僕の個人予算から支払うように厳命されてしまった。

 あっという間に予算はなくなる。
 ミーヤとは、あまり外出もせず、互いのプレゼントもハンカチとかマフラーとか文房具くらいだったから、婚約者との付き合いにお金がかかるという認識が僕にはなかった。

 特に最近、ロアナは毛皮製品を欲しがる。
 なんでもロアナの母上が、懇意にしている毛皮専門の店があるとかで、何度も店の前まで連れて行かれた。

「今度の王宮パーティでは、ブルーフォックスのコートで行きたいの」

 とてもじゃないが、学園に通う身で出せる額ではない。
 なるべく優しくそう言った。

「もうロアナの事、好きじゃないのね!」

 シクシク泣き出すロアナを見ると、なんとかしてやりたいとは思う。
 でも、交際費はもうないし、貴族の子息がアルバイトなんて出来ない。

 どうすれば良いのだろう。

「月賦でも買えますよ」

 なんて毛皮屋の主人は言うが……。
 親の承諾がいるんだ……。

 父のサインを真似出来ないかな……。
 それほど難しいサインじゃない。
 何度も練習した。
 練習して、練習して、僕は遂に父のサインを習得した。

 ロアナを誘って、毛皮屋に行こう。
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