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崩壊する世界を蘇させる儀式
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それから一昼夜、琉生と芹菜は、音を色として認識し、同じ色を放つ場所へと札を置き続けた。
琉生と芹菜の息が合ってくると、ライナは縦笛のような楽器を取り出した。
三つの音のみを使って、ライナは演奏を始めたのだ。
短音を拾うよりも、難易度は高い。
それでも流れてくるメロディを、琉生は瞬時に色としてとらえ、芹菜に指示を出す。
「赤、緑、緑、黄色……」
芹菜は琉生の指示と同時に、札を布に並べていく。
ライナの演奏する一曲を、まったくミスすることなく、二人が札を並べた時、ライナの手から笛がコトンと落ちた。
「ライナ?」
琉生が振り返りライナを見ると、ライナは床に倒れていた。
白い肌にかかる髪の隙間から、糸のような血が流れ出ていた。
途切れ途切れにライナは言う。
「もう、私が、教える、ことは、ない」
ライナの父、デフナが、ライナを抱き上げる。
琉生と芹菜は、促されるように外に出た。
デフナの家の外に出ると、夜明け前の空が見えた。
集落のずっと向こう、青い月が半分だけ見える。
風は冷たい。
「寒いね」
芹菜が言う。
「うん」
琉生が答える。
二人は家の外に置いてある、水瓶から水を飲んだ。
咽喉に沁みる水分の感触が、芹菜には懐かしかった。
野球の練習に明け暮れていた頃、飲んだ水の味だった。
時間の感覚は分からないが、ライナが倒れるくらい、飲まず食わずで札を並べていたのだろう。
空腹感がないのが、芹菜は不思議だった。
「すごいね、セリナさん」
琉生の言葉に芹菜は顔を上げ、手の甲で口を拭う。
「何が?」
「手を動かすスピード。セリナさんの手から、パチパチと火花が見えた」
芹菜は琉生の頭をポンポンと叩く。
「凄いのは君だよ、ルイ君。結局私には、音が持つ色なんて分からないままだよ」
琉生も水を飲む。
「昔からね、他の人には聞こえない音が聞こえたり、文字や数字に、色が付いて見えてた」
琉生は水瓶に耳を近付ける。
「今もそう。この水から、優しい音が聞えるよ」
芹菜も水瓶に触れる。
音は聞こえないが、不思議と温かみを感じる。
「だから僕、嘘つきって呼ばれてた。……友達にも。お母さんにも……」
遠くを見つめる琉生の顔は、冬枯れの野を渡る風のようだ。
芹菜の胸がカツンと痛む。
芹菜は思わず、琉生の肩を抱き寄せた。
「嘘つきなんかじゃない! ルイ君はスゴイ才能持ってる。私は野球やってたから、少し運動神経がよくなって、手を動かせるだけ」
琉生はそっと、芹菜の顔を見た。
「野球? ボール投げたり、打ったりできるの?」
「うん! 見てて」
芹菜は地面に落ちている小石を拾う。
「ピッチャー宗岡。一球目、投げました!」
芹菜はオーバースローのフォームで、二十メートル先くらいに見える、古木を目がけて石を投げた。
芹菜の投げた小石は、明け方の空を真っすぐに飛び、古木の幹に当たった。
「スットライク!」
琉生は拍手した。
笑顔の琉生を、初めて芹菜は見たように思った。
この世界の太陽が、姿を現し始める。
「本日朱の陽が落ちる時、儀式を始めます」
いつの間にか老女が二人の側にいた。
「お二人とも、ご準備を」
その日、「朱の陽」すなわち太陽が、高い位置にある間、琉生と芹菜は「儀式の準備」を行った。
まずは小さな泉に案内され、身を清めた。そのあと、デフナの家で、椀一杯程度の薄い塩水と、段ボールの切れ端のような、パンを一つ、与えられた。
次いで、儀式用の衣装に着替えた。
作務衣のような、白い衣装だった。
陽が傾き始めると、二人は屋外のテントに誘導された。
琉生と芹菜が目覚めた場所である。
「まだ、夢から覚めてないみたい……不思議。私たち、これから本当に、この国を救う儀式を行うのかな」
芹菜が呟くと、琉生も同意する。
「うん……僕も不思議」
クルリとテントの隅が開き、ライナがやって来た。
手には湯気のたった、お茶碗のような容器を二つ持っている。
ライナは二人の前に、それぞれ容器を置いた。
「お飲みください。お浄めです」
二人が飲み終わると、ライナは言う。
「間もなく儀式が始まります。儀式で使う方円は、練習したものよりも大きいです。
音の種類は七つ。いままでより、札を早く置かないと、音に追いつけなくなります。
私は、どんなに練習しても、追いつかなかった。
お二人が、お二人だけが頼りです」
ライナは一礼して、顔を上げる。
その表情は、妹の礼奈によく似ていると琉生は思った。
「そう。一つ言い忘れていました。この儀式がうまくいったら……
取り次いだ者の願いを一つ、必ず叶えてくれるそうです」
朱の陽が沈みかけ、闇の灯が頭を現し始めようとする頃。
二人はデフナに呼ばれ、テントを出る。
いよいよ。
儀式が始まるのだ。
琉生と芹菜の息が合ってくると、ライナは縦笛のような楽器を取り出した。
三つの音のみを使って、ライナは演奏を始めたのだ。
短音を拾うよりも、難易度は高い。
それでも流れてくるメロディを、琉生は瞬時に色としてとらえ、芹菜に指示を出す。
「赤、緑、緑、黄色……」
芹菜は琉生の指示と同時に、札を布に並べていく。
ライナの演奏する一曲を、まったくミスすることなく、二人が札を並べた時、ライナの手から笛がコトンと落ちた。
「ライナ?」
琉生が振り返りライナを見ると、ライナは床に倒れていた。
白い肌にかかる髪の隙間から、糸のような血が流れ出ていた。
途切れ途切れにライナは言う。
「もう、私が、教える、ことは、ない」
ライナの父、デフナが、ライナを抱き上げる。
琉生と芹菜は、促されるように外に出た。
デフナの家の外に出ると、夜明け前の空が見えた。
集落のずっと向こう、青い月が半分だけ見える。
風は冷たい。
「寒いね」
芹菜が言う。
「うん」
琉生が答える。
二人は家の外に置いてある、水瓶から水を飲んだ。
咽喉に沁みる水分の感触が、芹菜には懐かしかった。
野球の練習に明け暮れていた頃、飲んだ水の味だった。
時間の感覚は分からないが、ライナが倒れるくらい、飲まず食わずで札を並べていたのだろう。
空腹感がないのが、芹菜は不思議だった。
「すごいね、セリナさん」
琉生の言葉に芹菜は顔を上げ、手の甲で口を拭う。
「何が?」
「手を動かすスピード。セリナさんの手から、パチパチと火花が見えた」
芹菜は琉生の頭をポンポンと叩く。
「凄いのは君だよ、ルイ君。結局私には、音が持つ色なんて分からないままだよ」
琉生も水を飲む。
「昔からね、他の人には聞こえない音が聞こえたり、文字や数字に、色が付いて見えてた」
琉生は水瓶に耳を近付ける。
「今もそう。この水から、優しい音が聞えるよ」
芹菜も水瓶に触れる。
音は聞こえないが、不思議と温かみを感じる。
「だから僕、嘘つきって呼ばれてた。……友達にも。お母さんにも……」
遠くを見つめる琉生の顔は、冬枯れの野を渡る風のようだ。
芹菜の胸がカツンと痛む。
芹菜は思わず、琉生の肩を抱き寄せた。
「嘘つきなんかじゃない! ルイ君はスゴイ才能持ってる。私は野球やってたから、少し運動神経がよくなって、手を動かせるだけ」
琉生はそっと、芹菜の顔を見た。
「野球? ボール投げたり、打ったりできるの?」
「うん! 見てて」
芹菜は地面に落ちている小石を拾う。
「ピッチャー宗岡。一球目、投げました!」
芹菜はオーバースローのフォームで、二十メートル先くらいに見える、古木を目がけて石を投げた。
芹菜の投げた小石は、明け方の空を真っすぐに飛び、古木の幹に当たった。
「スットライク!」
琉生は拍手した。
笑顔の琉生を、初めて芹菜は見たように思った。
この世界の太陽が、姿を現し始める。
「本日朱の陽が落ちる時、儀式を始めます」
いつの間にか老女が二人の側にいた。
「お二人とも、ご準備を」
その日、「朱の陽」すなわち太陽が、高い位置にある間、琉生と芹菜は「儀式の準備」を行った。
まずは小さな泉に案内され、身を清めた。そのあと、デフナの家で、椀一杯程度の薄い塩水と、段ボールの切れ端のような、パンを一つ、与えられた。
次いで、儀式用の衣装に着替えた。
作務衣のような、白い衣装だった。
陽が傾き始めると、二人は屋外のテントに誘導された。
琉生と芹菜が目覚めた場所である。
「まだ、夢から覚めてないみたい……不思議。私たち、これから本当に、この国を救う儀式を行うのかな」
芹菜が呟くと、琉生も同意する。
「うん……僕も不思議」
クルリとテントの隅が開き、ライナがやって来た。
手には湯気のたった、お茶碗のような容器を二つ持っている。
ライナは二人の前に、それぞれ容器を置いた。
「お飲みください。お浄めです」
二人が飲み終わると、ライナは言う。
「間もなく儀式が始まります。儀式で使う方円は、練習したものよりも大きいです。
音の種類は七つ。いままでより、札を早く置かないと、音に追いつけなくなります。
私は、どんなに練習しても、追いつかなかった。
お二人が、お二人だけが頼りです」
ライナは一礼して、顔を上げる。
その表情は、妹の礼奈によく似ていると琉生は思った。
「そう。一つ言い忘れていました。この儀式がうまくいったら……
取り次いだ者の願いを一つ、必ず叶えてくれるそうです」
朱の陽が沈みかけ、闇の灯が頭を現し始めようとする頃。
二人はデフナに呼ばれ、テントを出る。
いよいよ。
儀式が始まるのだ。
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