人違いです。

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底なし沼にて

67.

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 王城から国境までの1週間ほどの道のりの間。護送の騎士達とお喋りをしながら旅をするのは楽しかった。
 時にはヴィオラに乗って彼らと共に大地を駆けたり、時には皆で焚火を囲んでお互いの騎士道を語り合ったりをした。相変わらず向かい風は力を増すばかりで、内陸にあるフィオーレ王国が近づくにつれて、雪は吹雪へと変わっていった。道のりは楽なものではなかったと思う。

 しかし、それでも別れの時はやって来る。

 フィオーレ王国とヘイデル王国の国境にある両国の関所が見え始めたところで、遂に護送は終了となった。停戦中とは言え、国境は今も戦々恐々としている。無駄に護送の騎士達がフィオーレ王国側の関所に近づいて、刺激する訳にはいかないのだ。

 騎士たちが護衛の布陣を解き、俺が乗った馬車を開放する。そしてピシッと敬礼し、口を揃えて「どうかご無事で」と叫んでくれる彼らに、俺も小窓から身を乗り出して、敬礼をした。


「ーー止まれ。代表者は馬車を降り、名を名乗れ」


 フィオーレ王国側の関所は、より一層強い緊張感が漂ってきている。俺がヘイデル王国の国旗が彫られた馬車に乗ったまま近づいて行くと、瞬く間に馬車の周囲を騎士が取り囲み、威嚇するように声を荒げた。
 しかし、流石はヘイデル王城付きの馭者。彼は特に怯えることもなく馭者席を降りると、場所の扉を開けて俺を外へとエスコートしてくれる。

 俺が外へ出ると、何故か騎士達が驚いたようにざわめき始めた。まぁ、近衛騎士団は全騎士団の中でも最高身分に位置するので、焦るのも無理はない。
 相手が俺でよかったな。他の隊長なら機嫌が悪ければ最悪極刑だ。


「どうも。フィオーレ王国近衛騎士団第3部隊隊長、レーネ・フォーサイスだ。この度陛下からの勅命にて隊長である俺だけ帰還したのだけど。ーー連絡は行ってる筈だよね?」
「……はい。ですが、もう少し来られる予定とのことだったので、まさに今、何かあったのではないかと騎士団本部の方へ連絡しようとしていた所です」
「うん。即刻やめて。この通り五体満足だから」


 どうやら想像以上に大事になりかけていたらしい。慌てて止めるように言うと、騎士は頷いて通信魔具で関所の中にいる連絡係に伝えてくれた。
 確かに、本来なら5日程あれば到着できるはずだったのに、1週間過ぎくらいかかってしまったのは確かだ。小さく謝罪すると、「ご無事で何よりでございます。長旅、ご苦労様でございました」と微笑んでくれた。

 どうしてそんなに掛かったかって?向かい風の所為だよ。むしろよく9日程で着いたと思う。馭者は本当によく頑張った。
 馭者に敬礼し、彼がヘイデル領の方へ帰還していくのを見送る。

 そして、荷物の検査が始まった。


「馬車と御身を調べさせていただきますが、よろしいでしょうか」
「はいどうぞ」


 意外にも丁寧に微笑みかけてくれる騎士達は、失礼します、と挨拶までして馬車の中へ入っていく。そして、中からサファイア教授が持たせてくれた大きな鞄や、俺の最低限の荷物が入った鞄などを取り出すと、その場で検査し始めた。
 また、俺が鎧一式や武器を脱いで騎士服だけの状態になると、騎士の1人が検査用の魔具を俺の身体へと向けてくる。

 俺の胸元には、王様が隠し入れた通信魔具が隠されている。足元から始まって、徐々に上がって行く検査魔具。
 それに伴って、俺の心臓の動きもどく、どく、と速くなって行くのがわかる。

 顔だけはせめて素知らぬふりをしながら、俺はじっと検査魔具を見つめた。


 ーーピピッピピッ、


 ああ、駄目か。そうだよな。
 案の定、胸元で反応する魔具に、目を閉じて息を詰める。

 そんな俺を静かに見守っていた騎士が、口を開いた。


「ーーそれは、貴方様にとって、『必要』なものですか」
「え、」


 てっきり問答無用で取り上げられるものと思っていた俺は、予想外の問いかけに思わず騎士の顔を見上げる。何故か彼は優しく穏やかに微笑んでいた。
 困惑しつつも、静かに頷く。すると、彼は心なし笑みを深めて「では、見せなくてもいいです。どうぞ持っていて下さいませ」と囁いた。


「……いいの。バレたら、お前達職務怠慢で処刑だぞ」
「では、内緒にしておいて下さいませ。もう直ぐ、宿舎の方から貴方様の王城までのをする近衛騎士団第1部隊の皆様が来られます」


 どうか、隠し切られますよう。
 そう静かに締めくくった騎士は、同じ様に荷物の方を検査していた騎士と数度言葉を交わすと、柔らかに微笑んで「此方は、調と言うことで、第1部隊の皆様と共にではなく、我々の方から後程個別に発送させて頂きます」と告げた。
 最初とは違い、すっかり好意的な空気を隠しもしない彼らに、俺も漸く力が抜けて、ヘラリと笑った。


「ーー感謝するよ」
「我々は、ですから」


 ……それは、『革新派』の名分だ。
 思わず苦笑してしまう俺に、彼ら駐屯騎士は柔らかく愉快げにからからと笑った。その場には和やかな空気が流れている。

 フィオーレ王国には、現政権を容認し推進する『保守派』と、現状を打破して新しい政治を行うべきだと革命を推進する『革新派』の2派閥がある。
 例えば王家や近衛騎士団だけで言うと、現王やイリアス殿下、ロバル様ーーそして、騎士団長や第1部隊隊長、俺は『保守派』。
 対して、第2王子や騎士団副団長、第2部隊隊長、第4部隊隊長は『革新派』に当たると思ってくれればいい。

 革新派は長い事保守派の勢力に押されていたが、近年になって平民達から発足した【革命軍】を名乗る反乱軍を、保守派が制圧できなくなってきてからは瞬く間に勢力を伸ばしている。
 彼らの様子を見る限り、最早自分の派閥を保守派と偽る事もなくなっているらしい。

 今回俺が呼び戻されたのも、革新派の王侯貴族や騎士達が、目に見えて動き出したからだ。ーー今まで『革新派』へのとして敢えて国民の処刑をさせていた第4部隊が、遂に反旗を翻したと言う話を、最後に会った時に王様から聞いた。
 第4部隊は、騎士団本部を去り、何処かへ隠れているのだとか。

 ーーつまり、これからのは、俺だ。


「ヘイデル王国は如何でしたか?」
「フォスフォフィライトの街は綺麗ですか?」


 第1部隊の到着を待つまでの間、にこやかに問いかけてくる騎士達を見上げる。その顔には、未知の世界への期待がありありと浮かんでいた。
 国境で毎日毎日敵国と戦ってきた彼等は、ヘイデル王国の自分達を殺そうとする騎士団の姿しか知らないのだ。

 俺は、過去となった日々を思い出して、微笑む。


「……あぁ。両国の戦がなくなって、いつかお互いを行き来できるような関係になれば、と思う様な国だった」
「……」
「ーー、悪い」


 戦って、目の前で仲間を亡くしてきた彼等に伝えるべき言葉ではなかった。
 感慨に耽って配慮のない言葉を吐いてしまった自分を諌めつつ頭を下げる。

 すると、騎士達は慌てた様に俺に頭を上げさせ、優しげな笑みを崩さず、俺の前に跪いた。


「いいえ。我々も、そんな未来を切に願っています。沢山の友が、部下が、上司が目の前で死にました。それでも、我々は未来の為にーー国民の平和の為に戦う騎士です。
 彼等も、近衛騎士である貴方がその未来を望んで下さったと知ったら、きっと喜びます」
「……」
「どうか、フィオーレ王国を頼みます」


彼等革新派の矜持と俺への信頼に、しっかりと頷いて言葉を紡ごうとしたその時。




「はーい、到着。奴隷君フォーサイス君行くよ~さっさと用意しろ?」


 聞こえてきた声に、思わず眉を顰める。俺の前に跪いていた騎士も、顔をこれでもかと不愉快そうに顰めて立ち上がり、素面に戻って振り返った。

 宿舎があるのであろう方角からゾロゾロとやって来た近衛騎士団第1部隊の隊員達が、嘲笑を隠さずに鎧を駐屯騎士達に見せつけ(頑丈で美しい鎧を与えられるのは近衛騎士団だけだ)、俺の前に立つ。
 そして、卑しい嘲笑を隠しもせずに、俺の足元へと唾を吐いた。

 途端、その場の空気がピリッと張り詰める。


「なぁ。わざわざ迎えに来てやったんだぜ?さっさと馬車に乗れよ。俺達も薄汚ねぇ宿舎に懲り懲りしてんだ」
「……」


 一応、隊長職である俺の方が彼等よりは立場は上なのだが。第1部隊であると言うだけでこの調子の乗りよう。クソウゼェ。ーーけれど、無駄に反抗して第1部隊隊長に告げ口でもされれば、仕置きを受けるのは俺の方だ。

 静かに頷いて立ち上がり、いそいそと俺の荷物を下げ始めた騎士達に深く礼をする。「行ってらっしゃいませ」と敬礼してくれる彼等にもう1度敬礼をし、俺は第1部隊用の無駄に豪奢な馬車へと乗り込んだ。







 ベラベラ、ベラベラ、ベラベラ。


 うるっっっっっっせぇな。近衛騎士団として毎日毎日を無駄に浪費している彼等には、警戒心というものが全く備わっていないらしい。職務中は無駄話はするな。人の気配がなくても常に周囲を警戒しろ。そう、自分の隊長に教わりませんでしたか?
 俺を両脇から囲む様に座る騎士達の雑談(自分が買った宝石の自慢話)を聞き流しながら、苛々と貧乏ゆすりをしそうになるのを必死に誤魔化す。他の数人の騎士も、自分が手に入れた希少な財宝の話でマウントを取り合っている。あぁ気分が悪い。その金どうせ経費だろふざけんな。

 第1部隊は、騎士団の中でも優秀な人材を集めた近衛騎士団のーーそのさらに頂点の部隊である。第1部隊隊長のゴーダン・ブラックが選りすぐった人材の中から、さらにイリアス殿下の人物だけが加入することができる。つまりは、イリアス殿下の傀儡だ。
 俺の可愛いエーレも嘗ては第1部隊だったが、色々あって抜けた。

 その時の奈落のような当てつけの仕置きを思いだして、口の中で溜息を吐く。あれは相当辛かった。でもエーレを無事勝ち取ったから良い。


「ーーーおい聞いてんのか無能」 


 彼等の話に混ざることなく遠い目をして虚空を見上げていた俺に、横にいた男が機嫌を損ねたらしい。突然俺の肩を殴りつけてきた。舌打ちをかましそうになるのを堪えながら彼の方を向くと、直ぐに腹に拳を突っ込んでくる。
 急所を外して受け止め、わざと数回咳き込むと、彼はニタニタと悪辣に笑って俺を見下ろした。周囲の男達も楽しそうにゲラゲラと笑う。


「そのお綺麗な顔で王族に取り入ったのか?」
「ヘイデル王の精子の味は如何だった?」
「ヘイデル王は下手らしいが、実際如何なんだ」
「ヘイデルの野蛮人達はさぞ汚かったろう」
「少しは機密情報を手に入れたんだろうな」


 ベラベラ、ベラベラ、ベラベラ。

 貴族としての、騎士としての矜持は何処へ捨ててしまったのか。下劣で、最低な言葉の数々を浴びせかけながら俺の身体を馬車の中央へと突き飛ばし、顔以外を重点的に蹴りや拳を入れてくる彼等に反吐が出そうになる。
 これでも相当優秀な騎士達の攻撃。何回かは避け切れずに、ゴホッと荒い息を吐いた。
 途端、上がる一際大きな嗤い声。

 蹲って降り注ぐ攻撃に耐えながら、唇を噛み締める。
 今までは慣れっこだったも、ヘイデル王国で過ごす日々の中で忘れかけていたものだった。

 ーーそれに。
 今までは感じなかった、。愛してしまった人達への暴言。誰よりも王として在る王様への侮辱。それら全てを聞き流さなくてはいけない苦痛。それらが俺の心臓を痛めつける。


「ーーゲホッ、ゴホッ、ッ」


 鳩尾にもろに入った蹴りに、咳き込んだ。


 ヘイデル王国の人達は、フィオーレ王国を不用意に貶めたりはしなかった。ーーそう言い返せたら、どれ程気が楽になるだろう。しかし、その後は?


『いいか?うまくやり過ごせ』


 俺を包み込んでくれた美しい空色を、思い出す。
 そうだ。俺は、上手く生きなければ。感情のままに動くのは、俺の仕事ではない。

 しかし、一切の抵抗を見せず、黙ったまま口を紡ぐ俺に調子に乗ったらしい。男はガシリと俺の腕を掴み上げると、顔を近づけてくる。そして、無理矢理俺と視線を合わせると、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべ、俺の股間を革靴でグリグリと抉った。


「ッ"ぅ"、」
くれよ。成り損ないの奴隷くん」


 侮辱と共に、どっと上がる嗤い声。あまりにも不愉快なそれに、俺は俺の腕を掴む男を睨みあげた。すると直ぐにビビったように目を泳がせるのだから、本来は大したことのない下郎である。
 冷たく彼を見上げがら、俺は王様の冷涼な響きと殺気を真似て、口を開く。


「第1部隊と言えど貴殿らは隊員、私は隊長。それをお忘れなきよう」
「ーーーーチッ、……い、いいのかぁ?隊長に言ってやるからな!!」


 最早本能のように、ビクリと身体が震える。

 そう言えば俺が怖がると分かっているのだからタチが悪い。どれだけ平静を保とうとも、植え付けられた恐怖は消えないのだ。
 さぁ、と俺の顔色が悪くなっていくのを見た男達は、滲んだ冷や汗を拭うと、ニヤニヤとまたもや笑い出した。


 そして、俺の腹を踏み付けて踵でグリグリと抉りながら告げる。


「奈落の底へおかえり。勝ち組持ち得る者同士仲良くしようぜぇ?なぁ、奴隷くん」


 お前さえ従順にしてれば、楽して金も手に入るし、国民好きに使えるし、殿下に気持ち良くして貰えんだぜ?


ロサ王都までの数日間。顔とアナ以外ならお前を好きに嬲って良いって言われてっからさぁ」


 精々良い暇潰し相手くらいにはなってくれよ。


 そう言ってゲラゲラと嗤う騎士。



 彼らがどうしてのか、俺にはもうわからなかった。
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