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学びの庭にて
61.
しおりを挟む季節の草花も生え変わり、温かい季節が終わりを告げ始める。獣達は眠りの、人々は年越しの準備を始める。
あぁ、寒い寒い、雪の季節がやってくる。
この日、俺は会計と共に、紫階級専用の『調合室』にやってきていた。以前から粛々と進めてきた研究は、王家の蔵書によってかなり進展したのである。図書塔での理論立ての段階を超え、実践の段階へと移っていた。
信仰心が強い国であるヘイデル王国では、神への裏切りの証であると神殿によって定められた『呪い持ち』は、手酷く差別されてきた。それは言い換えれば、差別をなんとかしようと努めてきた研究者達の研究も、悉く淘汰されてきたと言うことだ。
そういった研究をまとめた書物は禁書となり、より正確性、実践性が強いものほど、神殿にとって都合の悪いものとして人の目に映らぬ所ーーつまりは王家の書庫に隠されていたらしい。それを、今回王様が見つけてくれたのだ。
俺は数冊の本の中から、一段と物々しい雰囲気を放っている書物を手に取り、しおりを挟んだ頁を開く。そこには、解呪についてと銘打たれ、呪いを打ち消す為の理論が、長々と綴られている。そこには、魔法式のようなものも幾つか記載されていた。
これを見つけて、迷いなく俺へと差し出してくれた王様には、感謝しなければ。明らかな研究の進歩に、
隠しもせずにニヤける俺を見ていた会計が、不思議そうに俺がかき混ぜていた大鍋を見下ろした。
「まさか、本当にこんな所まで進展するなんてねぇ~。なんか、現実味がないなぁ」
「まぁ、時短のために、国際魔法研究管理所への倫理面での研究許可とか報告とか全てすっ飛ばしてるので、ある意味研究成果は出易いですよね。
研究規約違反なので、バレたら俺たちどころか黙認している理事長達全員罪人ですが」
それに、ヘイデル王国でフィオーレ王国の人間が呪いの研究を行うなんて、神殿にバレたら即死刑の後戦争が再開されること間違いなしだ。むしろ、何故王様がここまで歓迎ムードなのかよくわからない。いや有難いけれども。
そう呟きながらも試作品をもう1回し反時計向きに掻き回す。すると、おどろおどろしい汚泥のような色だった鍋の中身が、美しい空色へと姿を変える。それと共に、薬剤に魔力の流れが出現したのを感じ、それを詠む。ーーうん。失敗。これじゃ毒薬だ。
もう何度めかになる失敗作にはぁあああ、と大きく溜息を吐いた俺を見つめ、会計はクツクツと愉快そうに嗤った。ちなみに彼には鍋を掻き回す力はないので見学である。
そもそも子どもに危険な調合を手伝わせるのも顰蹙を買いそうだし。……同い年だって?うるさいよ。
「元々罪人だから、今更だよねぇ」
「……その考えは嫌いですね」
きっと、闘技大会で優勝しても見向きもしてもらえなかった事が、堪えているのだろう。優勝旗片手に駆け寄った彼へ、一切視線を寄越す事もなく颯爽と帰城していった、とラルム先輩から伺った。
俺は、完全に劇薬と化した鍋の中身を、調合室の端の巨大な鉢に植えられ拘束された食魔花(文字通り魔力を持つものならなんでも食べる魔物の花。第2等級。)の口へと流し込み、直様自分の腕が喰われないように飛び退いて退避した。食魔花の歯がガチンッと空振りする音が部屋に響く。
素気無く彼の言葉を否定しながら戻ってきた俺を、机の上に座った会計がぼんやりと見つめている。その手には、俺が魔法薬として呪い持ちの魔力回路を返還させる魔法式を組み上げた理論書が握られていた。
「なんか……」と囁いて喉を詰まらせた会計を一瞥し、「なんですか」と問いかける。すると、彼は群青色の瞳を揺らして唇を震わせた。
「なんかぁ、オレ、なんで父上に認められなきゃ満足できないのかなぁってぇ、……だって、生徒会の皆も応援してくれてるしぃ、親衛隊の皆だって、多分幹部は少なくとも察してんじゃん?それでも一緒にいてくれてるんじゃん」
「そうでしょうね。皆、此処まで会計様の様子を見てきて気付かない程愚鈍ではないでしょうし」
会計の親衛隊長と、1度話した事がある。ラルム先輩の紹介で「どうしてもお話がしたい」と言われ、闘技大会が終わってすぐ、彼と2人で話をした。
『ドライ様が、問題を抱えていることは分かっています。でも、それでも私はドライ様に変わらず焦がれているんです』
問題を抱えているにも関わらず、努力を惜しまず強くなった彼に焦がれた。多くの人に疎まれても馬鹿にされても、それでも人に優しく在れる彼を好きになった。恋をした。助けられた。
そう一心に俺に語った親衛隊長は、深く頭を下げて、『海は、ずっと在るべきものでしょう』と呟いたのだ。ーー確かに森の中の小さな湖よりも、彼には大いなる海の方が似合う。
迷わず頷いた俺に、彼は涙を浮かべて破顔したのだった。
呑気に回想に耽る俺を置いて、会計は言葉を続ける。俺は慌てて意識を現実に戻し、彼の言葉に耳を傾けた。
「なのに、オレェ、父上に認められなきゃ、何にもないのと一緒なんだぁ。贅沢で傲慢な奴だよね~……」
恥ずかしそうに、嫌そうに唇を噛む会計から目を逸らし、机へと伏せる。そして、言葉を鍋底へと落とした。
「わかりますよ」
痛いほどに。
目を瞬かせて俺を凝視する気配を感じながら、俺は作業の手を進める。再度薬草や蒸留水を準備し直し、壁にかけられた時計を見上げた。ーーもうそろそろ、専門職が姿を見せる頃だろう。
「俺もヘイデル王国で沢山の人に出会って、沢山の人が幸せをくれて愛をくれて、ーー居場所をくれました。此処にいろ、ヘイデル王国の人間になればいいって」
「オレもそう思ってるよぉ~。お前、すげぇ良い奴だもん」
「あはは、有難うございます。ーーでも、俺は、ロバル様を始め、王族の人々……俺を、俺として創り上げた人々の賞賛しか、求めていない」
王様の、ノアの、サファイア教授の、第3部隊の、皆の愛よりも、フィオーレ王国の王族の言葉がなければ、俺は生きる事ができない。何故なら、そう創られたから。
人は欲深い生き物だ。与えられるものより与えられないもの程求めてしまう。だからこそ、会計は父の愛を求めるし、俺も、王族の愛を求める。
刷り込みにも近いそれは、俺達の意思で何とかできるものでは無い。
そう言うものですよ。と大きな実の殻を粉々にしながら言葉を切る。俺と会計と、食魔花の息遣いだけが、小さな調合室に響いた。
会計は、何か言いたげに数回口を動かしたものの、結局何も言う事なく、納得したようにスッキリした表情で「そっか、そうだよね」とだけ口にした。
ーーコン、コン、コン
規則正しいノックの音が静まり返った室内に響く。途端、会計が警戒したように扉を睨みつけるものだから、可愛らしくて思わず笑ってしまった。先程まで法律違反がどうの、について話をしていたばかりだったから、尚更警戒してしまうのだろう。
俺が「入れ」と一言呟くと、調合室の扉を元気よく開いて、専門職が入ってきた。
「ヤッホー隊長。久しぶりだネ~!このアタシが必要なんだヨネ~?」
「久しぶり、ユズ。ピアス買ったの?」
「ウン。セスとお揃いで買ったんだヨ。セスが選んでくれたんだヨ。似合うデショ?」
「世界一可愛い」
扉に近い机に座っていた会計をスルッと無視して俺に抱きついたユズが、ニコニコと可愛く耳に掛けた髪の毛を退けてピアスを見せつけてくる。迷わず頷いた俺に、ユズは「クフフ、知ってる~」と嬉しそうにニコニコと笑った。ぁあ"~~世界一可愛い。
目の前でイチャイチャする俺達に、会計が所在なげに手をうろうろさせている。その姿を視界の端に入れ、俺はユズを少しだけ離れさせて(片腕に抱きつく形に収まった。世界一可愛い。)、会計の方を向いた。
「会計様。この子は俺の部下の1人で、薬師のユズ・コトノハと言います。ちなみに19歳です。ほらユズご挨拶して」
「ユズだヨ」
「……えっとぉ。オレは、ドライ・ツヴァイだよぉ、生徒会会計でぇ、えっと、」
「別に興味ないヨ」
サファイア教授の時はあんなに馴れ馴れしかったのに。この素っ気なさ。興味ない奴にエグい冷たいのいい加減やめな?
ペシッとユズの柔らかな栗色の髪を叩き、会計に頭を下げる。そして顔を上げた俺は、思わずピシリと固まってしまった。
何処か呆然と頷いた会計の目は、完全にユズの生足に釘付けである。……こいつ、まさかど変態か?
ユズを庇うように前を出た俺の目も、ユズと同様どんどん冷たくなっていくのに気付いたらしい会計が、慌てたように両手を振った。
「違う違う違う違う」
「一体何が違うと言うんですかねえ」
「隊長怖いヨ~、アイツ今アタシのことエロい目で見てたヨ」
「違う違う違う違う女性と対面したのが久々でぇ、てかオレリーベ先輩一筋だしぃ、」
尚悪い。
彼は自分でどんどん墓穴を掘っている事に気付いていないのだろうか。塵芥を見る目で会計を見つめた俺は、ふと気になる言葉に思考を中断した。ーーん?今女性って言った?
俺はユズと顔を見合わせて、首を傾げた。
「会計様。ユズは男です」
「そうだヨ。ブツはついてないけど男だヨ」
「えッッ……全然見えない」
「宦官だったからネ」
「宦官……東国の後宮制度?でも、滅びたはずじゃ、」
ユズがパチパチと目を見開き、「賢い子は嫌いじゃないヨ」とニコリと笑って頷くのを見つめ、表情を緩める。きっと、会計とユズは仲良くできるだろう。
勤勉な会計はユズのお眼鏡にかなったらしい。ユズは軽やかな足取りで会計の横へと移動すると、彼の隣の机に腰掛け、その美しい足をブラブラと揺らす。おい会計見んな。
「滅亡したから奴隷として巡り巡ってフィオーレ王国に来たんだヨ~。性奴隷も経験したし、薬師なのに沢山人を毒薬で殺したし、人の人生一杯狂わせてきたんダヨ~」
「そ、う……」
「でも、アタシは隊長に出逢えたから、それ全部どうでも良いんだヨ。辛かった記憶も、失った物も、隊長と引き換えだと思えば何も要らないノ」
か、か、可愛い~~~~~~。この子俺の子なんです。
ユズの愛の言葉に涙ぐんでいた俺は、薬草を切るナイフで思いっきり自分の手を切りつけてしまい、情けない悲鳴を上げた。痛い、痛すぎる。切れ味良すぎだろ誰のナイフだ。俺のだ。
会計とユズはそんな俺をしれっと無視して、話を続けている。
「会計クンはどうしたいノ?」
「オレはぁ、呪いを解いて、父上に……名前を呼んで欲しい。見て欲しい……」
「ウン。わかったヨ。患者が求める薬を作るのが、アタシの存在価値。どうか任せてヨ~」
悪い呪いは治しちゃおうネ。
ニッコリと笑って会計の薄っぺらい両手を握るユズに、会計が大きく目を見開く。その群青色の目がゆらゆらと波打つように揺れるのを見て、俺も知らず笑みを深めていた。
俺はボタボタと流れ落ちる血液を手巾で拭い、それを食魔花の開いた口の中に投げ入れながら、会計に声をかける。
「幸せになるべきです。会計様は」
「……うん、お前もねぇ」
ちなみに、魔物に人間の魔力が通った血液を与えるとその分強くなるので、推奨されていない。良い子も悪い子も真似しないように。
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