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学びの庭にて
51.
しおりを挟む[XXX年X月XX日。
闘技大会に第1王子殿下が視察に来るらしい。第1部隊隊長も。殿下が変わりつつあることを何とか隠さないといけないが恐らく無理だ。流石に、敵国で殺しはしないと信じたい。俺への仕置きだけで終わることを祈る。
あと半年ほど、ヘイデル王国で為すべきことをする。後美味しいもの一杯食べてあわよくば観光したい。なんか『つり』っていう海でする遊びがあるらしい。]
「なんで庶務殿がいるんだ」
「「何お前、僕達がいちゃダメなの?ウザッ、死ねば?」」
なんでこう、ノアは生徒会の面々にだけ喧嘩腰なのだろうか。訓練場へ集合した途端、一触即発といった空気になるノアと庶務の双子の間に慌てて入り、距離を離す。そして殿下に「生徒会庶務で宰相殿のご子息です」とだけ囁いた。
何故庶務がここにいるかというと。先日、会計越しに庶務のもとに俺宛ての荷物が届いている、という旨の言伝を貰っていたのだ。そこで、ラルム先輩づてに庶務の親衛隊長に連絡をし、今日、それを持ってきて貰ったという訳だ。実際、彼らの傍に控える親衛隊長の手には厳重に封がされた荷物が握られている。
本当は俺の方から庶務の方へ伺う予定だったのだが、会計から特訓の話を聞いたらしい彼らが、「直接持っていく代わりに見学させろ」と言って来たので有難くそうさせて頂く事ににした。ちなみに、名前当てゲームは貴重な1回目をしっかり消費した。
余程生徒会が苦手であるらしいノアは、小さく舌打ちをして顔を逸らす。庶務は舌を出してひとしきり煽ると、満足したのか豪奢な椅子に座った。椅子は周囲に控えている親衛隊長が用意していた。
兎にも角にも、漸くまともに訓練ができる状況になったので、俺は場の空気を切り替えるように、パンッと手を打つ。視線が集まるのを感じつつも、ニッコリと「これ以上騒ぐなよ」と圧を込めて微笑んだ。
「火属性の優秀な魔法士の方々に伺って回ったのですが、やはりカスーーんん"ッ"、初心者でも扱える魔法で条件を満たすものはありませんでした。文献も探しましたが同様でした」
「「今カスって言った?」」
「で、考えたのが『付与魔法』です」
『付与魔法』とは、文字通り武器等に魔法を付与して、威力を上昇させたり魔法効果を与えたりする魔法である。例えば剣を振るった際、風の威力で剣速を上げたり、風の刃を飛ばしたりといったような。
魔法の中で比較的初級に位置するが、そもそもの運動神経がないと話にならないのが難点。
「付与魔法なら魔力もそこまで消費しませんし、火属性は付与魔法との相性がいいという文献があったので。殿下――ロバル様は小柄なので、武器は短剣はいかがでしょうか」
「……ボク、使ったことないよ?」
「大丈夫です。俺の部下にも短剣を得意とする者がいますから、ここ以外でも練習できます」
暗に「頑張るって言ったよな?」と圧を含ませて微笑むと、殿下はヒクっと口元を震わせながらも微かに頷いた。ちなみに短剣を得意とする部下はユズである。セスも得意ではあるが、彼には会話スキルと煽り耐性が備わっていないので殿下のお相手は不向きだ。
それに、短剣を使えるようになれば、もしもの時に絶対為になる。俺がいなくなって、忠義の欠片もない部下たちが命令通りに殿下を護るとは思えない。その為、室内で襲撃された時に短剣で戦えるようになっておくのは非常に大事なことだ。
これも本来ならば、小さい頃から訓練を受けるはずなのだが、ーー理由は言わずもがな。
俺はあらかじめ用意しておいた短剣サイズの木剣を殿下へと渡す。殿下が興味津々といった様子でしげしげとそれを眺めるのを穏やかに見つめ、微笑む。それは昨日、勝手に備品の木剣を折って削って作ったものです。ごめんなさい。
とりあえず基礎訓練や体力づくりはノアに任せることになっているので、一旦教師役をノアに代わって貰い、俺は庶務を引き連れて柱の陰へと移動した。
「お待たせいたしました。本日はわざわざご足労頂きありがとうございます」
「「うん、許してあげる。……理事長から昨日の夜、連絡をいただいたよ。あと半年で国に帰るんだね」」
心なしか、寂しげにも見える表情で此方を見上げてくる双子に、曖昧に微笑むだけに留めておく。彼らの様子に何となく癖で頭を撫でようとしてしまい、慌てて手を止める。
というのも、彼らの背丈はうちの双子にそっくりで、勝手に親近感を覚えてしまうのだ。実際にはうちのは筋肉なんてほとんどないような華奢な体型だが、庶務は健康的な体型という、割としっかりした違いはあるのだが。ほぼ同じ位置に頭があると、どうしても手が動いてしまう。
彼らは手を所在無げに彷徨わせる俺に首を傾げたが、何も言うことはなく俺の両隣に移動する。そして、俺の両腕にしがみつくように抱き着くと、ニッコリと愛らしく笑って俺を見上げた。
「会長達も知ってるけど、生徒達には言わない方がいいんだね?ちなみにオズワルド・サファイアも知ってるよ」
「そうですね。どちらにせよ闘技大会で殿下の方から仰られると思うので。 ……今、ノア達に無駄な心労を与えるのは気が引けますし」
アルンかトルンかどちらかの――取り敢えず右手側の庶務に静かに問い掛けられ、眉を下げる。流石の情報伝達速度である。四日後はサファイア教授との定期面談の日なので、色々質問されるのだろうなぁ。彼には心配ばかりかけて本当に申し訳ない。どうか幸せになってくれ。
ぶらぶらと俺の両腕を揺らして遊ぶ無邪気な双子に何となく絆されてしまって、クスクスと笑みが零れた。彼らも自己中心的で我儘ではあるが、悪い子たちではないのだ。そして強い。流石はマーヴィン殿のご子息だ。彼も王様の訓練相手を務めたりしているのを幾度か見たことがある。実際かなり強かった。
回想の海に潜っていこうとする俺を見つめていた双子が、俺越しに見つめ合って、二ィ、と怪しく嗤う。そして、柔らかく天使の如き可愛らしい微笑みを浮かべて俺を見上げた。
「「今度、僕たちの部屋に遊びに来ない?楽しませてあげる」」
考えに耽っていた俺は、突然の申し出にパチパチと数度目を瞬かせる。しかし、沢山魔法書とかあるよ、と言われてしまえば気になってしまうのが魔法士の性。
俺も彼らに柔らかく微笑み返し、快諾しようとした
ーーその時。
「「駄目だよレーネ」」
「…………だから、普通に登場してくれ」
唐突に目の前に姿を現したうちの双子が、前後から俺にハルバードと大剣を突き付けて低く呟いた。ちなみに前がシャロンで後ろがシャル。
寸分違わず喉元に突きつけられたハルバードの磨かれた刃先に、俺は深い溜息を吐く。俺の前後左右を2対の双子に挟まれている図は、さぞ愉快な光景だろう。
庶務の2人も、最初こそ驚いて警戒していたものの、俺が大した抵抗を見せないのを見て警戒を解いたのか、俺の両腕に先程よりも強い力でしがみ付いた。そして右手側はシャロン、左手側はシャルを見つめてニヤニヤししていた。対してシャルとシャロンは、深紅の瞳をどろどろと苛立ちに濁らせて、それぞれ双子を睨みつけている。
俺は、「やはり身長が同じだ」と、どうでもいいことを再確認しながらも、ちらりと訓練場の方を見つめる。備え付けられた時計によると、昼休憩はそろそろ終わりを迎える。その為既に殿下とノア含む生徒の姿はない。恐らく俺のようにサボり散らかす訳にはいかないノアは、先に教室に戻ったのだろう。
俺も、そろそろ講義にちゃんと出ないとサファイア教授がしょんぼりする。この前5回彼の講義を連続で休んだら「もしかして俺のこと嫌い?」と泣かれた。
「レーネから離れろ餓鬼」
「「お前たちも餓鬼じゃん」」
「レーネの腕ごと切り落とすよ」
俺を置いてけぼりにして物騒な会話をしている双子達に、再度溜息が漏れる。
今から空を飛んで向かえば、まだ講義には間に合う。そう結論付けた俺は、現実逃避を終え、庶務から離れるように手を揺すった。すると、存外素直に離れてくれる。
それを見ていたシャルとシャロンも、俺に刃先が当たらないように武器を下げた。可愛い奴らめ。俺は、しゃがみこんで、シャルとシャロンを1回ずつぎゅうっと抱きしめて愛らしい彼らを堪能し、庶務を見上げた。
「庶務様方、俺の部下が失礼を」
「「本当にね」」
「「レーネにくっつくお前らが悪――むぐ」」
双子の減らず口を両手で塞ぎ、俺は冷や汗をかきながらにっこりと微笑んで誤魔化す。胸元にしまってある通信魔具が、通知の振動を伝えてくる。恐らくノアだろう。
「恐れ入りますが、これから講義がありますので、そろそろ失礼いたします。御二人はいかがされますか?」
「「僕達は講義は自由参加だから。いいよ行って」」
「ありがとうございます」
俺は俺達の会話がぎりぎり聞こえない位置に待機していた(シャルとシャロンが出てきても無反応だった。優秀である)従順な庶務の親衛隊長から荷物を受け取り、一礼する。鷹揚に手を振ってくれる彼らに微笑みかけ、その場に置いていくことになるシャルとシャロンに「頼むから攻撃するなよ」と釘を刺し、空へと浮かび上がった。
そして、先程から何度も震えている通信魔具を起動させる。優しい優しい低音に、自然と笑顔になる。
『――無事か?』
「うん無事。今から向かうよ」
『そうしてやれ。教授が俺の隣にレーネがいないのを見て落ち込んでっから』
「あー、急ぐ」
『それに、俺もレーネと一緒の方が楽しいからな』
「―――うん」
ごめん。
シャルとシャロンは、レーネに一等可愛がられている自覚がある。レーネは昔から小さな子どもが大好きだったから。まだレーネが壊れる前、彼はよく孤児院や教会に寄付がてら遊びに行っていた。それができなくなってからは、心の穴を埋めるように、シャルとシャロンを可愛がるようになった。
だから、シャルとシャロンにとって、目の前に立っている類似品は、初めての脅威だった。実際、レーネもこいつ等に絆されていたし。浮気だ。
しかし、戦慣れしているシャルとシャロンがいくら殺意を込めて睨みつけても、彼らには大して効果がないようで。むしろ、ニヤニヤと此方の苛立ちを煽るように嗤っている。シャルとシャロンは、お互いが武器を持つ手に力を入れるのを感じた。チャキ、と軽い金属音が同時に鳴る。
すると。『しょむ』と呼ばれていた類似品が、同時に瞬きをし、口を開いた。
「「まるで下手な職人に作られた人形みたい。表情も碌に動かない粗悪品だね」」
シャルとシャロンが見世物小屋の奴隷だった過去を知っているわけではあるまいに。的確に地雷を踏み抜いてきた類似品の言葉に、決して感情豊かでないシャルとシャロンの胸がグラグラと荒れ狂うのを感じる。
シャルは、大剣を苛立たし気に地面に数度叩きつけ、類似品に近づいた。彼の傍に立っている護衛らしき男が警戒するように前に出る。
「俺たちはレーネの優秀な武器だ。お前ら如き雑魚に見下されるような存在じゃない」
「そう。レーネは私たちに『自分を誇れ』と言った。私とシャルを馬鹿にするな」
鮮烈な殺気に、双子の前に立った男がビクリと震えるのを冷たく見据え、シャロンも吐き捨てるように呟く。レーネは、自分とシャルを人として認めてくれた。もう、シャルとシャロンは人形じゃない。
しかし、悪辣な双子は、シャルとシャロンの言葉を聞いて、何が面白いのかげらげらと声を上げて嗤う。笑い声も、角度も、全てが同じ彼らの方が、シャルとシャロンにはよっぽど不気味に見えた。
「「レーネ、レーネ、レーネ!!!レーネの操り人形じゃないか!!レーネが言うから人間。レーネが言うから優秀。レーネがいなくなったらまた物言わぬ人形に戻るだけじゃないか」」
「レーネはいなくならない」
「「脳内お花畑かな?ーー人はいつか死ぬ。僕達は自分で決めて自分で動く。邪魔はさせない。
お前ら、結局何ができてるの?」」
声を揃えて罵倒してくる類似品の言葉に、シャルとシャロンは同時に大きな深紅の瞳を見開いた。そして、同時に唇を噛み締める。
だって、レーネを止めて、嫌われたくない。レーネを傷付けたくない。そう呟いたシャルに、シャロンも頷いた。エーレに聞いた「俺にお前たちを殺させるな」という言葉は、彼らを含む第3部隊の皆の心に深く突き刺さったのだ。
殺されるのが嫌なんじゃない。ただただ、これ以上レーネの負担になりたくなかった。
しかし、そんな彼らの呟きすらも、目の前の類似品には可笑しなことらしい。
「「お前達が勝手に怖がっているのを、レーネの所為にするんだぁ」」
「「……」」
「「レーネの部下だからどんな面白い奴なんだろって思ってたけど、……大したことないね」」
嘲笑を含ませて吐き捨て、シャルとシャロンの返事を待つことなく去っていく類似品は、振り返るタイミングも、角度も、歩調も、全てが一緒で。
まるで1対の人形の劇を見ているようなのに、彼らはシャルとシャロンの目に、驚くほどに『人間らしく』映った。
シャルとシャロンは、同じタイミングで顔を見合わせる。お互いの全く動かない表情を見つめ、同時に溜息を吐いて、同時に地面にしゃがみ込んだ。
「「本当は、長生きして欲しい。生きたいって言って欲しい」」
内緒話をするように囁く彼らの幼い声だけが、人っ子一人いなくなって閑散とした訓練場の廊下に寂しく響く。
シャルとシャロンは、かつてずっと檻の中でそうしていたように、身を寄せ合って壁に背を預けた。こうして、2人でどんな苦痛も、永遠とも思える奈落も耐えてきたのだ。
奈落の底から掬い上げてくれたのは、レーネだった。美しい翡翠の目で、醜いと何度も揶揄されたシャルとシャロンの白い髪と深紅の瞳を見つめ、褒めて抱きしめてくれた。
「頼りないね、私達」
「レーネの言葉のままに動く人形だね、俺達」
「レーネの言葉のままに動く限り、助けられないのに」
「……『見世物小屋の操り人形』のままだったね」
「……何にも変わってなかったね」
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