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学びの庭にて
50.
しおりを挟む『レーネは風属性だろう。何故火属性の魔法を聞く必要がある』
「質問に質問で返さないでいただけます?」
『お前、本当に遠慮しなくなったな……』
釈然としない。遠慮するなというから遠慮していないのに、なんで微妙な顔をされなければならないんだ。真顔のまま王様を見つめると、彼は大きく溜息を吐いて口を開いた。
『カス、というのはどの程度のカスだ』
「魔力量は中の中、頭脳は下の中、想像力は下の下。その名も殿下です」
『…………諦めろ』
「なんでですか!!酷いです魔力量は普通なんですよ何とかなるでしょ一個くらい」
『お前は王子を尊敬しているのか馬鹿にしているのかどっちなんだ』
尊敬はしてませんよ。忠誠を誓っているだけです。
しれっと宣った俺の言葉を聞いて頭を抱えてしまった王様を見つめ、首を傾げる。俺、尊敬してるなんて言ったことがあるだろうか。殿下の言うことは正しいとは思うが、尊敬に値する人間では絶対ない。ーーん?でも正しいならば尊敬もすべきなのか?よくわからないな。
だんだん混乱してきた。ので、考えるのを止めてノアが作ってくれたスコーンを半分に割る。酸味と甘みが絶妙のジャムをふんだんに塗り込み、生クリームを乗せて口に入れた。うん、美味しい。
食の幸せを噛み締め、もぐもぐと咀嚼する俺の顔を、何故か王様がガン見してくる。彼は左程甘い物は好まないらしく、いつも茶菓子は甘さ控えめなものだった覚えがある。今も、茶菓子すら用意されていない。勿体ない。
「なんです?」
『レーネは美味そうに食うな』
「美味しいので。似てましたか?」
『私もスコーンは比較的茶菓子の中でも好んで食べる。それは何処の店のものだ。』
俺の嫌みをサラリと無視してスコーンを凝視する王様を睨みつけたが、効果は今一つのようだ。残念ながらこれはノアの手作りなので、王様が手に入れられるものではない。得意げに「同室者の手作りです」と告げると、王様は大きく目を見開いた。そして何故か少し不機嫌そうな顔になる。
『随分と信頼しているようだな』と呟く王様の目には不穏な光が宿っている。敵意――とは少し違うような。あまり知らない気配だ。
確かに、俺が王様と2人で食事をした時も、必ず1口1口毒物の検査をしてから食べていた。だからこそ、通話を始めてから1度も魔具を起動させていないことが気になっていたのだろう。今だって、ノアが作った食事以外はちゃんと検査している。平和ボケしていると思われるのが癪で、そう告げると、王様は益々深く眉間に皺を刻み込んだ。
何となく険悪な空気になってきた為、俺は話を変えることにした。ーーあれ?そういえばサラッと話の内容が変わっている。
「火属性の人間で『魔法詠み』ができる方はいらっしゃいませんか」
『その同室者とは恋仲なのか』
「全っ然話聞いてないですね。違います。友愛ですよお互いに。凄く良い人なんです、料理が上手くて真面目で。俺を甘やかしてくれるんです。――そんなことより、」
『甘やかされるのが好きなのか』
「…………甘やかされるのがっていうか――褒めてくれるのが嬉しいですね。今までお世辞か皮肉か媚くらいしか部下と上司以外には貰ったことがなかったので。正当に評価されるのは嬉しいです」
俺、有能な子なので。
ふふん、と得意げに液晶を見上げる。何故か王様は片手だけで頬杖をつき、目を細めて俺の手元にあるスコーンを見つめていた。しかし、その金の瞳にはノアのような温かさは全くない。寧ろ、どこか怒ってすらいるような。
先程までは――それこそ彼が凝視しているスコーンの話辺りまでは、驚くほど機嫌が良いように見えたのに。どこで機嫌を損ねてしまったのだろうか。
彼を見上げたままぽかんと固まってしまった俺に何を思ったのか、王様は深く息を吐くと、温度のない冴え冴えとした金の瞳で俺を睥睨した。
そして、執務机の端から1枚の紙を取り、ひらひらと気だるげに液晶の前まで持ってくる。
「ーーーーーぇ、」
大きく目を見開く。
見覚えのありすぎる署名がされたその紙。はく、と呼吸が浅くなっていくのが自分でもわかった。
「それ、」
『あぁ。――良かったな。お前が妄信的に忠義を尽くすフィオーレ王国の第1王子からの書簡だ。第1王子が王の側近役を務めているらしいな。相変わらず』
第1王子、という言葉に、紅茶を持っていた手から力が抜ける。机の上にガチャンッと嫌な音を立てて落ちたカップには、大きく罅が入ってしまった。あぁ、後でノアに謝らないと、なんて関係ないことを考えながら、俺はカップの罅を呆然と見つめる。机を伝って太腿に滴ってくる紅茶の熱も、気にはならなかった。
第1王子。第1王子。――第1王子殿下。が、なんで、なんで王様に書簡を送るんだ。まさか闘技大会に来るのか。出国前での会議でもそんな予定はなかったはずだ。でも、もし変わってしまった弟を見たら。まずい。殿下が殺される。
落ち着け、落ち着け、と目を閉じ呼吸を整える。
それでもカタカタと細かく震えだす手が憎らしくて、握り締めた。そんな俺を、殊更詰まらさそうに見つめていた王様が、温度のない声で『此奴か』と小さく呟く。言葉の意味が分からなくて、顔を上げる。すると、鮮烈な殺意を宿した彼と目が合った。
既に、書簡は彼の机に置かれていて、書いてある文字までは見えない。――あぁ、寒い。
「なんて、……まさか、闘技大会に」
『ああ。視察だそうだ。此方としても断る理由もないからな。
……それともう1つ――第3部隊隊長レーネ・フォーサイスを、1年間でフィオーレ王国へ返還するよう、とのことだ。他隊員は、引き続き第3王子の護衛として当たらせる、と』
ゆっくりと、思考が冴えていく。
あぁ、終わりだ。微睡みのような穏やかな時間は、もうすぐで終わりを告げる。停戦協定から1年間、と言うことは、俺が2学年を修了するまで。そんな短い期間で研究は終わらない。
国に帰れば、毎日の処刑と殲滅、仕置きが待っている。きっと革命は避けられない。最早、対外的な余裕も見せられないほど、革命軍は猛威を奮っているのだろう。つまり、自分の寿命が近づいている。どちらが勝とうとも、俺は死ぬ。
ひく、と喉が鳴った。……あーあ、寿命短くね?成人は出来るかな、とか思ってたのだけど。まぁ良いけどさぁ。
異常なほど冷静に働いてくれる思考に、苦笑が漏れる。今は、短くなった期間の中で何が出来るのか、最大限のことをしなければ。
俺は一度大きく深呼吸をし、王様を見上げて努めて柔らかく微笑んだ。王様が眉を顰める。先程までの殺意はなりを潜めていた。
「わかりました。理事長には既に報告は行っていますか?」
『あぁ。今朝伝えた。部下には自分から言うか?』
「そうですね。今は少し気が立っているようなので、折を見て自分から伝えます」
『少し…………そうか』
今の彼らにそのまま伝えたら、限りなく高い確率で俺対彼ら全員の大乱闘が始まる。果てには国外逃亡まで踏み切りかねない。奴等ならやる。流石の俺でも彼ら全員と同時に戦ったら負ける。特にシャルとシャロン。
折を見て、と言いはしたが、折はいつ来るのだろうか。来ない気がする。
王様はまだ何か言いたげな様子だったが、疲れたので終わりにしてもらった。ーーあれ?
「あ、魔法」
もう1回起動させたが、無視された。畜生。
「ちょっと外出てくる」
「あぁ、もうすぐ夕餉ができるから早めに戻ってこいよ」
部屋を出て、前掛けを付けて台所から覗き込んで来たノアに断りを入れる。温かな黄金色の瞳に、あらぬ言葉を吐いてしまいそうになって、慌てて笑顔を作り、目を逸らして寮室を後にする。唐突に戻ってきた緩やかで穏やかな時間が、何故か酷く恐ろしかった。
涼しい夜風に当たる。遮蔽物のほとんどない夜空は、沢山の星々が輝いていて、非常に幻想的で美しい。俺は、ぼんやりと星空を眺めながら噴水に座り、小さく息を吐いた。
いつかくるとわかっていた終わりだけれど、いざその日がぐんと近づいてくると、何処か実感が湧かない。
ヘイデル王国はいい国だった。人々は温かくて、食べ物は美味しくて、街並みは美しくて、王様はーーよくわからない。けれど、決して悪い人じゃない。
「…………あと、半年」
例えばヘイデル王国に生まれていれば、どんな生活だっただろうか。美しい自然の中で、沢山の魔物を討伐して、人々の役に立っていただろうか。
フィオーレ王国の王に逆らえば、俺は死ぬ。逆らわなくても、革命で所謂保守派である今の王族が勝てる確率は著しく低いだろうから、俺は死ぬ。
俺、なんで死ぬんだろう。
ふと、そんな根本的な疑問が生まれる。自分の責任からの逃避のようなそれに、慌ててかぶりを振って思考を止めた。
「…………国民が幸せになれるなら良い。第3部隊の皆が長生きできるなら良い。ヘイデル王国との関係が良くなって、お互いを行き来出来るようになれば良い。会計様達が、ノアが、フィオーレ王国に旅行に来てくれたらーー」
でも、その時俺、もう死んでるんだ。
ぎゅうっと両手を握り締め、浅く息を吐く。ヘイデル王国に、学園に来たせいで、死ぬ覚悟が鈍ってしまっている。毎日が穏やかで楽しくて、殿下にも認めてもらえて。
来なければ良かった。敵国がこんなに素敵な国だって、知らなければ、物言わぬ傀儡のままでいられたのに。
握り締めた手を額に押し当て、頭痛を誤魔化す。息を吸うと、喉がヒクつくのが苛立たしくて、唇を噛み締めた。
「……死にたく……う、ぅ"ッ」
言えない。そんな権利ない。死ね。この思考ごと死ね。
びきり、と胸が痛んだ。
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