人違いです。

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学びの庭にて

47.

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[XXX月X月XX日。
 理事長に襲われて気絶して起きたら殿下が襲われてて、助けて気絶して起きたら殿下もノアも第3部隊の皆も癒者も誰も救護室にいなかった。流石にショックだ。でも、殿下に漸く騎士として認められた。嬉しい。殿下を救い出せて良かった。]




 日記帳の1頁分をそう締めくくり、閉じる。そして、机の上に置かれた鞄の中にしまい(ノアが持って来てくれた)、窓の外を覗いた。俺が占拠している1番窓際の寝具からは、翡翠校舎の中庭の様子がよく見える。美しい夕焼けが俺の心の高揚を投影くれているような気がして、知らず笑みが零れた。

『ロバルと一緒に理事長に謝罪に行ってくる。ロバルを寮まで送って迎えに行くのでくれぐれも1人で行動しないように。  ノア』

 寝具に備え付けられた机に置かれた手紙を見つめ、小さく息を吐く。俺が預かり知らぬところで物凄く仲良くなっているんだが、ノアは一体何者なんだ。『ロバル』って。俺はとてもじゃないが殿下を名前では呼べない。

 何とも激動の1日だった。ーーけれど。
 ここまでの流れ全てがきっと、理事長の策略なのだろう。ラルム先輩が俺を呼び出すことも、俺が助けることも、殿下が俺を認めることも。本当に底知れない人だ。巧みに操られているようでムカつく。
 しかし、いくら実力主義とはいえ、殿下は仮にも停戦協定中の敵国の王子だ。理事長も彼が真摯に謝罪したとあれば、流石に無下に扱うことはできない――はず。多分。兎にも角にも彼等の検討を祈ることしか俺には出来ない。


「……」


 しかしなんというか、驚くほどに暇である。だからといって、最近ノアを怒らせすぎている節があるのでこのまま帰寮する訳にもいかないし、『魔力増幅薬』の過剰摂取の影響か倦怠感がいまだ身体に残っているし、大したことも出来ない。
 まぁ副作用と言えど、流石にサファイア教授に取り上げられた安定剤程のものではない。が、基本的にあらゆる薬に関して飲みすぎは良くない。『魔力増幅薬』なんて本来魔力を失いかけて死にかけた時に最後の手段として用いるものなので、今日みたいに一日に4本も5本も飲むような代物ではないのだ。そもそも高いし。
 今回のことで使った貯蓄分、経費で落ちないかな。なんて、取り留めもないことを考えながら外を見つめていると、いつの間にか日はどっぷりと沈んでしまっていた。


 ーーコン、コン、コン

 静まり返った部屋に控えめなノックの音が響く。特に敵意などは感じられなかったので小さく返事をすると、ガチャリと部屋の扉が開く音と共に、2人の人の気配が入ってきた。そして、見覚えのある顔が近付いてくる。


「……会長様、会計様」
「失礼する」
「やっほ~体調どう?」
「このような姿で申し訳ございません」


 いつも通り真顔の生徒会長と気怠げな笑顔の会計の姿に頭を下げれば、彼等は鷹揚に頷き、その辺に置かれた椅子を会長が2つ引き摺って来て座った。
 どうやら今日俺に話があるのは会計の方らしい。暫しの沈黙の後、彼は波のようにゆらゆらと揺れる群青色の瞳で俺の手を見つめ、意を固めたように息をついた。そして、小さく小さく言葉を紡いでいく。


「最近、呪いの研究をしてるって理事長から聞いたんだけどぉ~目の隈ってそのせい?」
「……まぁ、そうですね。それだけが原因ではないですが……。でもそれに関しては自己満足でしていることなので、会計様がお気に病まれる必要はありません」


 むしろ、彼の繊細な部分に踏み込んで許可もなく研究を始めた俺の方こそ、配慮が足りなかったと思う。その事を謝罪すると、会計は驚いたように目を見開いた。だってそうだろう。人の身体的特徴の悩みを聞いて、それをあけすけに調べられて何も思わない人は少ないはずだ。本当に、配慮が足りなかった。反省。
 しゅんとして頭を下げる俺と、慌てる会計の謝罪の応酬を遮ったのは、意外にも会長だった。彼はオロオロと言葉を手をさ迷わせる会計の頭を撫で、透き通った声で喋り出す。



「ドライは、お前を心配しているだけで、怒っているわけではない。お前はドライがそんな狭量な人間だと思っているのか」
「、いえ、そう言う訳では……ただ、会計様の意向をお聞きした上で研究を開始すべきだったと……」
「それが余計な世話だと言っている」


 はぁ~~~~~~?????
 こめかみに青筋が浮かびそうになるのを何とか押し留め、ニコリと笑顔を形作る。口角がヒクヒクと動くの位はどうか許して欲しい。
 人が誠意を込めて謝罪しているのに何なんですかこの餓鬼は(年上)。せっかく殿下に認めてもらえた幸福感で一杯だったのに、此奴のせいで台無しになーーりはしないけれど。本当に人の神経を逆撫でする言葉が王様にそっくりで非常に嫌いだ。

 すると、部屋の空気がどんどん悪くなっていくのを察したのか、会計が苦笑して会長の頬を摘んだ。不意をつかれた会長が、尚も続けようとした言葉を止め、会計の顔を覗き込む。


「あーもう、会長は言葉選びが致命的に下手すぎんだよなぁ~……。なぁお前、ホント勘違いしないであげてねぇ。会長はお前にも気に病んでほしくないだけなんだぁ」
「はぁ……」
「でも、会長が言ってくれた事も本当。オレはお前がオレの為……だけではないと思うけどぉ、呪いを治療する方法を探してくれて、嬉しかったよ~」


 父上がオレを愛してくれているかも、と思わせてくれて嬉しかった。オレが長生きできる未来を想像させてくれて嬉しかった。
 そう歌うように告げる彼の頬には、微かに朱がさしていて。静かに会計の言葉を聞いていた会長が、彼を柔らかく見つめている。


「オレ、卒業した後の自分の未来なんて、考えたこともなかったんだぁ。きっとその頃にはもう、オレは立って歩くこともままならなくなるし、物置小屋みたいな離れの中で、人知れず死んでいくんだって確信してた」
「会計様、」
「だけど、理事長からお前の話を聞いて、初めて自分が騎士になる未来、魔法士として父上の役の立つ未来、生徒会の皆と旅行に行く未来を想像したんだぁ~……本当に幸せだった」
「……素晴らしい事ですね」


 それはそれは美しい夢の話だ。胸に手を当てて、幸せそうに目を閉じる会計に、俺も知らず微笑みを浮かべていた。
 努力家で優しい会計が、未来の希望を見出せるようになったことは、素晴らしい事だ。努力にはそれに応じた成果があって然るべきで、彼は未来を手に入れるに足る努力を損なわなかったのだから。
 ーーこの人は、幸せになるべき人だ。絶対に、治療法を見つけ出す。

 決意を改め、ぎゅっと両手に力を込めた。まだ力の入りきらない身体に苦笑が漏れる。
 すると、俺たちの様子を静観していた会長が、そんな俺の手に手を重ね、覗き込んでくる。感情の見えない白銀の目と目が合った。


「俺は、ドライの話を聞くことはできても明確な未来を示してやることは出来なかった。諦めたように生きるドライを見ていることしか出来ない自分が、情けなかった」
「会長、俺は受け入れてくれただけで十分、」


 会計が慌てたように声を上げる。しかし彼はそれを手で制し、俺に頭を下げた。


「レーネ・フォーサイス。生徒会長として、俺の会計の心を掬い上げてくれたこと、感謝する。ドライはお前騎士団の隊長だからこそ、信じることが出来たんだ

「ーーーー俺、だから……」


 目を見開く。
 騎士団の隊長だからこそ、信じることができる。その言葉に、胸が大きく揺さぶられるような感覚になる。呆然と繰り返す俺に彼は真顔で頷き、尚も続けた。


「どうか、俺たちに手伝えることがあれば教えて欲しい。俺はドライに長生きして欲しいが、お前にも健康でいて欲しい。自分の体調を蔑ろにするようなことはやめてくれ」
「オレからも頼むよ~お願いレーネ」


 そう言って頭を下げる2人の姿を、ぼんやりと見つめる。彼らは、騎士としての俺を信じて、希望を見出しているのだ。それは、なんと光栄なことだろうか。

 それに。生徒会役員に頭を下げられて、了承しなかったら、また理事長が襲来してくるじゃないか。

 俺はクスクスと漏れる笑いを抑えることはせず、頷く。理事長が認める彼らの頭脳は、十分活用出来るはずだ。


「此方こそ、会長様方のような知識豊富な方に手伝っていただけるのならば、百人力です。ーーこれから、どうぞ宜しくお願いいたします」


 風が祝福する【声】を聴きながら、微笑んだ。











「ただいま、レーネ。体調はどうだ」
「遅いよノア。体調は良好」
「良かった。ーー良かったな、認めてもらえて」


 漸く戻って来たノアは、その陽だまりの様な瞳で俺を優しく見つめ、頭を撫でてくれる。やっぱり、ノアの手が1番安心するなぁなんて思いながら、俺は頭をその手に擦り付ける。
 そして、「頑張ったな」と微笑む彼を見つめ、俺もゆったりと微笑み返した。


「……うん、うん。おれ、頑張っッ、た……」


 一粒の雫が零れて消えた。














「知識豊富……百人力…………」
「ブフゥッッ、良かったね会長~認めて貰えてたねぇ!


 ……今日は良い日だねぇ」








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