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学びの庭にて
41.
しおりを挟む「なんでアンタ入れてるんだ!?!?!?」
「やだなぁオズ。君有る所に僕有りってね」
「うるっさ!!!!」
八角形の構造になっている研究室。その中央に紙を広げて座る俺を囲むようにぐるぐると部屋を回って鬼事をするサファイア教授と理事長に、思わず溜息が漏れる。うるせぇ他所でやれ。
初めて教授に呼び出されてこの部屋を訪れた際、『魔法詠み』の力を貸してくれと言われて創ったのが、理事長専用魔法結界。理事長がサファイア教授の研究室に入る事が出来ないと言う用途が限定されまくった魔法だった。何故そんなものが必要なのかと首を傾げた俺に、理由は言えないのだと言って『どげざ』のお手本をも見せてくれた彼は、矜恃があるのかないのか本当に謎である。
正直、俺と同様『魔法詠み』を習得している理事長相手に通用するとは思っていなかったが、彼の心の安寧の為に言うのは止めておいたのだ。しかしこの調子だと言っといた方が良かっただろうか。遂には理事長に捕まり、後ろから抱き締められながら顔を青ざめさせて悲鳴を上げる教授を見上げて心の内で謝罪をしておく。
すると、ボロボロの椅子に腰を下ろし、膝の上にサファイア教授を乗せて腹に腕を回して拘束している理事長と目が合った。優雅を体現したような理事長とボロボロの椅子は到底似合わず、ちぐはぐしたような印象を与える。
久方ぶりの最高権力者との対面に、俺は取り敢えず居住まいを正した。
「やぁレーネ君。久しぶりだね。楽しんでるかな?」
「お久しぶりでございます。非常に実りのある生活をさせて頂いております」
「オズと随分仲良くなっているみたいだね?」
あ、これ牽制だ。
何言ってんだアンタ、と暴れるサファイア教授の口を手で押さえ、どこか威圧感を感じる微笑みを浮かべた理事長に「生徒として大変良くして頂いております」とにこやかに返してまた論文へと向かう。俄然どうでも良くなった。彼も俺の簡素な返答で満足したのか、そんな俺の態度を特に咎めることもなくサファイア教授にちょっかいをかけ始める。
それにしても。がりがりと思いついた魔法式を用紙の端っこの方に記入しながら唇を噛み締める。
たかだか数週間で結界を攻略されたのは、少し癪だ。『魔法詠み』を習得した年月では俺は到底(年齢的な意味でも)彼に勝つことはできないし、そもそも魔法士としての実力が違いすぎる。そう分かってはいても、やっぱり悔しいものは悔しい。――そんな俺の気持ちを察したのか、理事長は愉快気に薄紅色の瞳を細めて柔らかに告げた。
「気にすることない、君の結界はとっても素敵だったよ!この僕が数週間もオズの寝顔を観察できなくなる日が来るなんて、
――どうしてやろうかと思ったもの」
「――え」
非常に優し気な声で、非常に不穏な気配のする言葉を吐いた理事長に、思わず命令式を書く手を止め、顔を上げる。先程とは違って魔法で言葉を閉ざされた教授のシャツの釦を外し、中に手を突っ込んでまさぐっている彼と目が会った。培った経験が危険を知らせてきたような気がして、俺はおもむろに論文や魔法書を纏め、紙から降りてそれをくるくると巻き上げ始める。そして、立ち上がって埃を払うと彼らにお辞儀をした。
「お前、俺を見捨てる気か」と言いたげに教授が蒼白な顔で俺を睨みつけているが、無視だ。誰だって自分の身が一番可愛い。
「俺は用事を思い出したのでこれで失礼してもよろしいでしょうか」
「へぇ、理事長である僕よりも優先することがあるんだ」
「………………」
ニコッ――と年齢にそぐわない若々しい顔を傾げ、横に流してリボンで結わえた灰がかった茶色の髪の毛をサラリと揺らした理事長に、既に扉へと後退り始めていた足を止める。
理事長の膝に乗った(正しくは乗らされた)サファイア教授のシャツの釦は既にすべて外され、彼の筋肉質とは言えない薄い腹が見えていた。時折横腹あたりを撫で上げられてはびくりと震える彼は、顔を真っ赤にして恥じ入っている。ーー流石にやり過ぎではないだろうか。
理事長は、眉を顰めて足を止めた俺に「うんうんそうだよね。出ていくわけないよね!」と煽るように笑うと、教授の腹から手を離し、代わりに土魔法で出現させたのであろう植物の太い蔓の様なもので、逃げ出そうとした彼を再度拘束しなおした。そして、その巨大な植物は何故か、俺の両足首にも蔓を巻き付け始める。――あー、属性の相性まで最悪とか。いよいよ嫌な予感しかしない。
ギチリと両足を締め付ける感触に、普段は眠っている疼きが首をもたげ始めるのを感じる。理事長に逆らう訳には行かないので首を振って何とかもう一度しまった。俺まで階級落とされてたまるか。
蔓は徐々に足首から太ももへと上がってきて、早くも俺の腹部にまで到達している。
理事長は優雅な足取りで俺に近づくと、俺の両手から諸々の荷物を奪い、サファイア教授の本で溢れた机の上に乗せた。サファイア教授は、彼の身体をまさぐる蔓に痛めつけられているのか、時折涙声を上げている。
俺は、サファイア教授から目を逸らし、目の前に立つ理事長を睨みあげた。
「お仕置きを教授にするのは勝手ですが、見世物のように生徒に晒すのはいかがなものかと。サファイア教授の名誉や矜持をそこまで傷つける程、彼は悪いことをしましたか」
「…………成程、そうなっている訳ね。レーネ君は、僕がオズにしていることは、君が王子君から受けた拷問と同等のものだと」
「何か違いますか」
だって、サファイア教授は嫌がっている。先程だって逃げ惑っていたし、そもそも嫌じゃなければ俺に結界なんて頼まないだろう。無礼を承知でそう返すと、彼は薄紅色の目をスゥ、と細めた。ゾクリと嫌な汗を背中を伝う。蔓は既に俺の両腕を拘束し、首にまで及んでいる。
普段笑っている人の真顔って、どうしてこうも恐ろしいんだろう。表情を消した理事長は、太い蔓に全身を拘束され、身体ごと持ち上げられて空中に浮いた教授へと近づいた。教授が救いを求めるように理事長を見上げるのが痛ましい。蔓の魔法なのか、彼の服はどろりと溶け落ちてしまっていた。
彼はただ、俺を思いやって手伝ってくれていただけなのに、こんな矜持を壊すような辱めを受けなければならないのだ。申し訳なさで、反吐が出そうだ。
「オズ。僕が君にしていることは拷問なんだって。僕、君にキモチがいいことしか、したことないよね?」
「ン、んん…ふ、ぐ、ぅ」
「ねぇ、聞いてる?夢中になってないで答えなよ」
「ひ、ぁ、……ぅ……は、い」
「ほらね?これは、彼も納得して受けている愛の営みだよ。オズは照れ屋だからつい反抗的になってしまうんだ――へぇ、レーネ君、そういうことしちゃうんだ」
唇を噛み締めて辱めに耐えていたサファイア教授が、息も絶え絶えに理事長に返事をするのを見て。
『王族の言うことは、全て受け入れろ』
俺は、自分と彼を重ねてしまった。
理事長はサファイア教授から目を離し、風の刃を彼の首筋に添えた俺を恐ろしいほどの無表情で振り返る。彼の透き通るような瞳には、両手を頭上で蔓に拘束され、爪先だけで漸く立って彼を睨みつけている無様な俺が映っていた。
ちなみに、この段階で既に俺は逃げる為に魔法で蔓を攻撃しようとしているのだが、この蔓が非常に厄介で、俺の魔力がどんどん吸われては攻撃魔法を無効化していくのだ。漸く出した牽制の刃も、蔓に邪魔さえてすぐに溶けて消えてしまった。
理事長が再び俺のもとへと歩いてくる。そんなことよりも、俺は本格的に苦し気に喘ぎ始めた教授のことで頭がいっぱいなのだが、理事長はそれを許さぬとばかりに俺の顎を掴みあげて自分へと視線を向けさせた。おそらく香水の甘い香りと魔力不足が重なって、意識が朦朧とし始める。俺は舌を噛み、激痛で無理矢理意識を引き戻して彼を睨みあげた。
「僕に刃を向けるということがどういうことかわかっているのかな?」
「世話になっているきょうじゅ、が理不尽な、仕打ちをうけているのにッ…、平気でいられますか――ッあ、ぐ」
蔓が、仕置きとばかりに俺の身体を締めあげてくる。ついには爪先が地面から離れ、俺の身体もサファイア教授と同様に宙に浮いた太い蔓に胴体や足を支えられ、腕が引きちぎれるような痛みこそなくなったが、圧迫感や浮遊感に吐き気が増した。くそ、こんなことなら不敬とか以前に最初の段階で無理矢理逃げればよかった。
理事長はふむ、た逡巡した後、自分よりも高い位置に浮かんだ俺をさも愉快そうに見上げる。何か面白いことでも見つけた子どものように薄紅色の瞳を輝かせる彼に、酷く嫌な予感がした。
彼がパチン、と指を鳴らす。同時に、この研究室を俺が張ったものなんかよりうんと高性能の結界が包んだ。――防音、侵入防止、逃亡防止、気配遮断。これほど沢山の機能を加えた結界を、指1つで。実力の差を痛感する。
もう、彼が満足するまで、俺達は逃げることができない。
「レーネ君は、随分偏った教育が為されているようだから、優しい僕が今回、君に教えを捧げようじゃないか。
まず。君の中で、性行為とはどういうものなのかな」
「拷問です」
「そこから違う。性行為は、決して痛くて屈辱的な行為じゃない。気持ちよくて、互いに本心を曝け出して相手の愛を確かめ合う行為だ」
気持ちいいことは、知っている。王様に拷問されかけたとき、最後の方の俺は恥ずかしくも快楽を得てしまっていたから。気持ちいいことは、苦しいことだ。だから、性行為は拷問によく使用される。
そう冷たく返した俺に、理事長は殊更愉しそうに嗤った。そして、もう1度指を鳴らす。
「――――ッやめ、」
「……へぇ、レーネ君は着痩せするタイプなんだねぇ。綺麗な筋肉だ」
「ふざけ、ないで、ください」
ふざけてなんかないさ。そう呟いた彼の指の音と共に、俺は意識朦朧と喘ぐサファイア教授の隣まで移動させられる。蔓がズルズルと身体を這う感触が酷く気持ちが悪い。
「レーネ君に、快楽を享受して愛を知る術を、教育者の長たる僕が教えてあげよう。性行為が拷問、と決めつけてしまう浅はかな知識しか持たせてもらえなかった君に、愛のある行為を教えてあげようじゃないか!」
「おれは、アンタに愛なんて、ない…!」
「関係ないさ」
安心しなさい。痛いことや酷いことは一切しないよ。何せ僕はオズを愛しているからね、オズが可愛がっているレーネ君を傷付けるようなことはしない。それに、僕だって、優秀な君のことは気に入っているんだよ。
陛下のものじゃなかったら、この学園の教師として、永久に留めて置きたいと思うくらいにはね。
俺の耳元に口を寄せ、「愛されることを知りなさい」囁いた理事長の顔は、本当に愛しいものを見るかのようなとろりと甘い色を称えていて。先程の教授並みに顔を白くさせているであろう俺の頬に、小さく口付けを落とした。
「クソ、はなせ、――――ぁ、あ?」
「さぁ、まずは、オズと同じくらい気持ち良くしてあげよう」
どくん、と心臓が跳ねた。
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