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学びの庭にて
32.
しおりを挟む無事にすべての魔物を討伐し終えた俺が、元の世界へと戻される。それと共に魔物のせいで負った頬の擦り傷も消えていくのを感じながら、闘技場に降り立った。ーー静まり返っている。
どうやら、彼らの許容量以上の衝撃を与えてしまったようだ。開始前は俺をボコボコにしてやれると大歓声を上げていた癖に、戻ってきたら滅茶苦茶白けている。ちょっと悲しい。お子様方には刺激が強すぎたか。でもそんなんじゃだめだぞ。本当の戦場なら魔物の死体に加えて人間の死体だってごろごろ転がっているんだから。
1人だけ大盛り上がりで俺に手を振っているナヨンが物凄く目立っている。その横に座るノアは、遠目では表情こそ変わらないが、少なくとも楽しんでくれていなかったことだけはわかった。引かれてしまっただろうか。
それにしても、ナヨンはなんであそこにいるんだ。対人との関わりに不安を抱きやすい彼は、基本的に命令以外で他人と関わろうとしない。穢れた大人たちばかりと関わってきたからこそ、ノアの様に心が綺麗な人間に、新しい生物を見つけたような新鮮さを味わっているのだろうか。
仲よくなってくれたら嬉しいけど、ナヨンが俺達から離れていくなら引き剝がそう。
『……あーー、これで模擬戦闘を終了する。―――おい、お前ら弱く設定したか?クソっ』
実況の男が拡声魔具を切り忘れてしっかり失言しているのを聞きながら、観衆に一礼して入って来た扉へと向かう。まばらに上がる拍手のなんと物悲しいことか。形ばかりの祝福ならいっそしない方がいいと思うのは俺だけだろうか。
カツン、カツン、と俺の靴音が廊下に響く。そろそろ鎮痛剤の効果が切れてきた。早く荷物を預けたノアの所に戻りたい。預けられた時の、預けられる理由が分からなくて疑問符でいっぱいだったノアを思い出してクスリと笑う。
薄暗い廊下を通り抜けようとした俺は、人の気配にピタリと足を止めた。そして、壁に背を預けて立っている1人の青年を見つめる。
けだるげに明後日の方向を見つめていた青年は、俺の足音が止まったのを確認すると、ゆっくりと俺の方へと目を向ける。無言のままの青年の、ぶらりと力なく垂らされた手に紫の魔核がついた指輪に目を止めた俺は、騎士式の礼をとり、口を開く。
「――お初にお目にかかります。フィオーレ王国近衛騎士団第3部隊隊長――そして、フォスフォフィライト王立魔法学園高等部2学年2組在学翡翠階級のレーネ・フォーサイスです」
「……初めまして。フォスフォフィライト王立魔法学園高等部3学年1組在学紫階級、そして現生徒会会長のテオドーレ・ダイヤモンドだ」
壁から背を離し、すらりと姿勢よく立ち上がった生徒会長は、冷めた表情を一切崩すことなく俺に一礼を返した。あのルキナ殿下の上司ともいえる人間で、この学園で理事長の次に権力を有している人。そんな人物の突然の登場に、俺は目を見張る。俺からいつか出会えればと思ってはいたが、まさか相手の方から来てくれるとは。――なんにせよ、好都合だ。
俺は努めてにこやかに微笑む。
「俺に、何か御用でしょうか」
「あぁ、ロバル・フィオーレが鈍色で随分ひどい目に合っているようだから、一応報告が必要かと思ってな」
ロバル・フィオーレ。フィオーレ王国第3王子。俺の護衛対象。
俺は相手のあからさまな挑発にニコリと笑顔1つで返す。そして、内心で目の前の男をビンタしておくことを忘れない。なーにが報告だ。アリアから毎日聞いてんだよクソが。調子乗んなよ。
馬鹿王子の階級である鈍色階級は、この学園における権限が一切ない。奴隷のようにパシリとして働かねばならなかったり、集団リンチをされても合法だったりーー性処理という名のレイプだって咎められない。こんなことが許されるのかとも思うが、実際許されているのだから恐ろしい話だ。理事長曰く、「最下層の人間がいるからこそ、人は努力をする」らしい。やりすぎだろ。
流石にレイプはアリアたちも止めているらしいが、それ以外は放任だそうで。俺がいくら言っても耳を貸さない。反抗期である。
かといって俺が助けたらまたお仕置きだ。翡翠階級の俺にもう1度手を出させることは避けなければならない。
「部下から報告は受けておりますので。我が殿下が庶民のように働かされていると」
「あぁ。これを機に国民の気持ちが理解できるようになればいいな」
「……」
いっらぁ。
としたが、顔には出さないように口角を無理やり上げる。お前如きに心配されなくても大丈夫ですが?
無言で返す俺に何を思ったのか、生徒会長はカツン、カツンと足音を立てて近づいてくる。そして、俺と片足一歩分ほどの場所に近づいてくると、俺の顎を指でつまんで無理やり上げさせた。
「『幻影結晶』は楽しめたか?」
「……会長様が創られたんですね」
「あぁ。俺もお前と同じ風属性だからな。魔具を作るとなるとどうしても風との親和性が上がる。感謝してほしいな。教授に闘技場で『お前を魔物100匹の餌にする』と言われて自作のとっておきを出してやったんだ」
成程。生徒会長の実力は伊達ではないらしい。魔具を作ることができるということはつまり、『魔法詠み』ができるということ。さらに使い手が少ない風魔法の使い手ともあれば、理事長もさぞ大事にするだろう。正直普通ならば確実に『死んで』いたので素直にお礼を言うと、生徒会長は少しだけその白銀の目を見開いて、無表情を崩した。
そして、俺の耳についているピアスを撫でる。くすぐったくてピクリと身体を震わせてしまった俺に1度手を止めたものの、それでもまだ表情といえる表情の浮かばない彼は、再度フニフニと耳たぶを摘まんだ。
「……食堂で見ていた。いい魔具だ。性能もいい」
「あ、りがと、うございます。――あの、手を離し……」
「今回のくだらない戦闘を企画した教授数名は理事長が然るべき処分を下す。二度とこのようなことがないようにする」
「いや、だから手を」
耳裏を擽られるように撫でられ、びくりと震えた俺が思わず手を振り払おうとすると、「紫に手を上げるつもりか?」と単調な声で脅してくる。少しばかり殺意を込めて睨みあげるが、男は何故か王様によく似た表情でニタリと嗤った。初めて見た表情が不穏すぎる。
そして彼は、所在無げに彷徨っていた俺の両手首をそれぞれ掴むと、腕ごと俺を壁に押し付けた。鎮痛剤が切れかかっているため、両腕を上げるだけでも鈍い痛みが走る。呻く俺を真顔に戻った生徒会長がガン見してきた。キモくね?なんだこいつ。
抵抗しようと思えばできる。風属性の人間は肉体はそれほど育たない特徴があるから、目の前のこいつも魔法特化型のはずだ。だけど、抵抗すればあることないこと告げて俺を降格させてこようとするに決まっている。王様と同じタイプだ。弱みに付け込んで人を追い詰めて遊ぶタイプ。
かといって殺気で気絶させようにも、謎に慣れてやがる。
所謂壁ドンスタイルで俺を固定した生徒会長は、無表情で俺を見下ろすと、再度口を開いた。
「今度――」
「隊長から手を離してヨ。殺すヨ」
俺の耳元に唇を寄せ、何事かを囁こうとした生徒会長の声を、聞き慣れた声が遮る。生徒会長越しに俺と目が合った救世主――ユズ・コトノハがにこにこと可愛らしく微笑んだ。しかしそのこめかみには青筋が浮かんでいるし、生徒会長の首に毒々しい色に染まった短剣が突き付けられている。
生徒会長は数秒ほど硬直していたが、ゆっくりと俺の両腕を開放すると、両腕を上げた。いっそ怪しい程素直だ。ユズが「離れろ」と低い声を出すと、それにも大人しく従った。
広い廊下の反対側の壁まで下がった生徒会長を警戒したまま、ユズが俺の方に駆け寄ってくる。そして、肩に掛けた可愛らしい鞄から出した水筒で、薬を飲ませてくれた。
「どうせ隊長のことだからもう鎮痛剤なくなっちゃったデショ~。安定剤はまだあるよネ~?」
「あとちょっとだけある」
「――…容量守ってヨ~……」
太眉をしょんぼりと下げて呟くユズの頭を撫でれば「そんなんで騙されないヨ!」といいつつも擦り寄ってくる。可愛い。優秀なユズが作った鎮痛剤が早速効果を発揮してきたらしく、全身を襲っていた鈍痛が徐々に引いていくのを感じた。ふぅ、と溜息を吐く俺にユズが抱きついてくる。可愛い。
対面から此方を見つめている生徒会長の表情からは、何も読み取ることができない。しかし、隙をついて攻撃してくるような意志は感じられないので取り敢えずは放置だ。
「ネェネェ隊長、さっきカッコよかったヨ」
「え、マジ?やったぁ」
「最近隊長楽しそうだよネ」
「まぁな―、ノアのご飯が美味しいんだよね」
「フィオーレ王国にいる時より?」
じ、と見上げてくるユズを見下ろして、その柔らかい焦げ茶の髪の毛をふわりと撫でる。生徒会長がじ、と俺の目を見つめているのを感じつつも、俺は微笑んだ。ユズの顔が歪むのには、気付かないふりをして。
「フィオーレ王国に仕えることが最上の喜びだよ。今も――これからも」
「―――ッ、そっか、……そうだよネ」
生徒会長から「今度来い」と言われてお洒落な封筒を渡されたのだが、捨ててもいいだろうか。セスと合流したユズがぶんぶん手を振って(セスも小さく手を振ってくれた)遠ざかって行くのを見送って、闘技場の外で待ってくれていたノアの所へと走り寄る。俺が近づくと、その周囲にいた生徒たちがあからさまに距離を取ってくるのに若干の苛立ちを感じつつも目の前に立つと、彼はパチパチと数度瞬きをした。
何となく目を合わせづらくて俯く俺の傍に、ノアが近づいてくる。そして、彼は俺の両頬に手を添えると、持ち上げて無理矢理目を合わせた。キョロキョロと目を泳がせる俺に何を思ったのか、ノアは温かな目を緩ませる。
「お疲れ様。レーネ」
「あ、うん。…………引いた?」
「殺し」を笑って行うことができる俺に。明らかに同年代の人間とは違うその姿に。
へら、と情けない笑顔を浮かべる。同い年の生徒たちのそんな目は見慣れているけれど、それに傷付かない訳ではない。「人間じゃない」「化け物」なんて言われ慣れているけれど言われて嬉しいわけじゃない。大体、俺でそうなら、騎士団長なんかどうなるんだ。神か?……それはそう。
ノアはじ、と俺の目を見つめながら、ムニムニと俺の頬で遊んでいる。んぶ、と唸る俺にクスリと微笑んだ彼が、数刻とも思える沈黙を終わらせた。
「引くわけない。凄かった。自分の未熟さにも気付いた。レーネの部下がお前の勝利を一切疑わないのを見て嫉妬した。俺もお前を信じられたら良かったのにな」
「……嬉しいよ、信頼も、心配も」
「そうか?」
「うん――ふへへ」
両頬に当てられたノアの手に俺の手を重ね、だらしない笑い声をあげた。
「なんだこれ」
「……さぁ?、祈祷でもしてんじゃねぇか?」
「へぇ……?」
不思議な文化だな。
俺は、口を抑えて周囲に蹲る生徒や顔を覆ってうつ伏せに倒れている生徒、あるいは仰向けに倒れている生徒(虚空を見つめて微笑をうかべ、血を吐いていた)たちの横を通り過ぎて、ノアに背を押されるまま馬車に乗った。
――――――――――――――――――――
テオドーレ・ダイヤモンド(18)
フォスフォフィライト王立魔法学園生徒会長。3学年1組。世界的にも稀な白銀の目を持つ青年。基本的に無表情だが、感情を表に出すのが面倒なだけで重い過去があるとかではない。理事長のお気に入りで『魔法詠み』ができる。風属性のレーネの為にこの度自作の風ブースト幻影結晶を用意した功労者。風紀委員長と死ぬほど仲が悪い。レーネにお手紙を渡せてご満悦。ルキナ曰く『ド天然お馬鹿』。
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