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学びの庭にて
23.(※)
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――ヒュン――ビシィッッッ!!!
「グ、ぅッッ――、ァ、ぐ――ッッ"、…は、ァ」
王子愛用の鞭が風を切り、全裸の俺の身体へと叩きつけられる。何度も何度も何度も何度も繰り返されるそれに、痛みに耐性のある俺でも思わず呻き声を漏らしてしまう。鞭の先は肉を抉るために棘の付いた瘤がついていて、それが振りかざされるたびに俺の身体から血がぽたぽたと床に零れ落ちるのだ。絨毯退けといて良かったまじで。
「おらっ!おらァ!!なぁ!!!調子乗ってたなァ!!誰がボクよりも上だって⁉ふざけやがって――」
「づゥ、ッッ!!!――申し訳、っ"、ござ――ませッッ"」
お仕置きと鞭打ちだけは人並み以上の馬鹿王子は、どうすれば俺が苦痛と羞恥に顔を歪めるのか周知している。身包みを剥がせ、四つん這いの獣の恰好をさせて、ご丁寧に俺が息継ぎをしようとした瞬間を狙って鞭を振りかぶるせいで、時折我慢しきれずに悲鳴が零れ落ちる。
第3部隊の皆とは寮館の前で別れ、寮部屋で消灯まで時間を過ごし(同室者は帰ってこなかった)、消灯と共に殿下の部屋へと向かった。訪れた俺を出迎えたのは、いかにも一般人と言った顔の塩顔の少年だった。驚いた顔の彼に軽く挨拶をし、中で待ち構えていた殿下のもとへ行こうとした俺を「駄目だよ」と止めた彼は、もう眠っただろうか。無理矢理通り過ぎてしまったのは申し訳なかったから、折を見てまた謝らなければ。
防音魔法がかけられているからと言って、部屋に響き渡る鞭の音が抑え込めているかはわからない。睡眠の邪魔になっていなければいいが。
「――――ガ、は、――ッッァ"、」
「……どこまで調子に乗れば気が済むのぉ?お前」
そんなことを考えていたからだろう。集中の途切れた俺に気付いたらしい馬鹿王子が、思いっきり俺の腹を蹴り上げてきた。別に抵抗しようと思えばできるような隙ばっかりの攻撃だが、そんなことをしてもお仕置きが伸びるだけなので大人しく受けて吹っ飛ぶ。鳩尾を強打される激痛と、腹を搔き回されるような嘔吐感にえづくが、こいつの私室で嘔吐するわけには行かないので必死にこらえた。すかさず振ってくる鞭が、横向きに倒れた俺の脇肉を抉り取る。
荒い呼吸を繰り返す俺の肩を踏みつけ、仰向けに転がした馬鹿王子と目が合う。ぐりぐりと肩を皮靴の硬い踵で抉られ、腹を何度も何度も鞭打たれた。
そして、俺の前髪を掴んで無理やり頭を持ち上げ、グッと顔を近づけてくる。ブチブチッと嫌な音が鳴る。
「ひ、――ぅ"、う"、」
「ねぇ、ボク何か難しいことを命令した?ただボクに従い、平伏し、敬意を払い、心から仕えよと言っているだけだよね。奴隷でも理解できることをどうして理解できないの。お前の部下も揃いも揃って生意気だし、あんな野蛮な奴らを雇ってやってるだけ感謝の心はないわけ?」
豪雨のように降り注ぐ激痛に霞む思考を必死に繋ぎ止めながら、呪文のように「申し訳ございません」「その通りです」を繰り返す。そうしていれば、この屈辱の時間もいつかは終わるから。
俺の呻き声と、鞭が肉を抉る音と、馬鹿王子の怒りの言葉ばかりが響く部屋。
この中にいるのが俺だけで良かった。大好きな彼らが、主人のこんな言葉を聞かずに済んで良かった。ーーーーに、こんな無様な事をさせずに済んで良かった。王様にこんな惨めな姿を見せずに済んで良かっーー
あ、でも、王様は俺に興味無いんだった。
焦点がぶれる。ひぐ、と悲鳴をこらえた俺を見つめ、殿下がニコリと嗤って――俺の陰茎を思いっきり踏みにじった。
「―――――――ーーー!!!!!!!」
急所への攻撃にびくびくと痙攣する俺を殊更愉しそうに眺める殿下。こらえることができずに響き渡った絶叫が部屋の空気を震わせた。生理的な涙が浮かび、思わず目を瞑って強烈な痛みに耐える。足りない酸素を補おうとはくはくと口を開けると、さらに追い打ちをかけるように鞭の攻撃が降りそそぐ。
「あ"、あ"、ぁ"、!!…ッが、ぅ、ぁーー」
「あはははははは!!!!!いいねいいね、こんなお前を見たらあの馬鹿理事長も考えを改めるだろうねぇ!!!」
大声で嗤いながら鞭を振りかぶる殿下に身体が自然と逃げを打とうとするが、理性がそれを押しとどめて殿下が鞭打ちやすいように身体を投げ出させた。
いま、何時だろうか。
ーービシィッッ!ーーバシンッッ"!!ーー
「ぁ"ッ"、……あ、も、」
「も、しわけーーぁぐ"ッッ"」
「も、ごめ、な、ぁ"――ああ"ァ"ッ"、ごめ、」
途切れそうになる意識をそのたびに痛みに呼び起されながら、ひたすら玩具のように謝罪を繰り返す俺のなんと惨めなことか。
ここ最近はずっと王様と一緒にいたから、この奈落の底に落ちたような時間を忘れかけていた。人としての矜恃なんて与えて貰えない、屈辱の時間。
最初は余裕で抵抗して逃げ出し、訴え出たこともある。だけど、尊敬する騎士団長が「それでも忠義の騎士か」と俺を叱責したから。尊敬する第1部隊隊長が「俺たちは王家にただ従っていればいいんだ」と俺を教育したから。これはきっと正しいことなのだ。この時間を素直に受け入れ、出向き、抵抗しないことが、忠誠なのだ。
「ボクの言うことが全て正しいよね?」
「は、い」
「もう生意気なことはしない?」
「はい」
「お前はボクの所有物だよね?」
「はい」
息も絶え絶えに返事をする無様な俺をドロドロと濁った目で見つめ、仰向けに転がる俺の顔の近くにしゃがみこむと、殿下は諭すように何度も質問をなげかける。
その全てに何も考えられないまま肯定の返事をすると、殿下はようやく満足したようで、ニコリと微笑んで俺の頬を撫でた。びくり、と思わず震えるが、殿下はニコニコと穏やかに言葉を続ける。
「偉いね、レーネ。良く頑張ったね」
「ーーぁ、」
「痛くしてごめんね。ちゃんと受けてくれてありがとうね」
ボロリ、と涙が零れるのを殿下が拭い、頬に口付ける。そして、俺の体を抱き起こすと、血が着くのも厭わずに抱きしめ、頭を撫でてくれた。
奈落のような時間の後、殿下はこうしていつも俺を労い、俺が我慢したことを喜んでくれる。俺が忠誠を示した事を喜んでくれて、俺の忠義を認めてくれる。
殿下の労いが、乾いた砂漠に甘露が降るように浸透する。
「じゃ、ボクはもう寝るから。掃除してね」
「は、い」
「そんなものが忠誠?」
貧血と激痛による目眩と吐き気を堪えて、すやすやと眠る殿下を起こさないように掃除をし、あちこち抉れて肉が見えている身体の上から騎士服を着込んで外に出た俺を出迎えたのは、殿下の同室の塩顔青年だった。
ソファに足を組んで座り、退屈そうに欠伸をする彼。どうやら睡眠の邪魔をしてしまったらしい。
「さわがしく、て、申し訳…ございません」
お辞儀をするとただでさえ服が擦れて痛いのに抉れた腹筋に力が入ってもう尋常ではない。無理。死ぬ。
努めて笑顔を保ちつつ退室しようとすると、涼やかな声が俺を引き止めた。
流石に殿下の御友人となるであろう彼を無碍にする訳にも行かず、足を止める。塩顔青年はつまらなさそうに一言目の言葉を繰り返した。
「……殿下に身も、心も捧げるのが、忠誠です」
「反吐が出ますね。俺は陛下に敬意を持ち、忠誠を誓っているけど、陛下があんなことをしようとすれば抵抗しますよ。だってそんなものは間違っているから」
「……それだけですか」
それだけなら失礼します。そう言い捨てて部屋を出る。待て、と声を掛けられたが、今度こそ足を止めることは無かった。
ガチャリ、と浴室の扉の鍵を指輪をかざして閉め、蛇口を開いて水を流し、服を脱ぐ。案の定血で汚れた騎士服から赤く濡れた水がじわじわと流れ出した。
その様子をぼんやりと見つめ、しゃがみこむ。頭上から降ってくる水が蚯蚓脹れのようになった傷口に染み込んで激痛を与えてくるが、何処か感覚が別のところに言ってしまったように何も感じなかった。
「…………まちがってる?」
マーヴィン殿は、王様を愛して仕えていると言っていた。塩顔青年は、王様に敬意を持っていると言っていた。王城にいる誰も彼もが王様を称え、彼を尊敬しているのだと幸せそうに笑っていた。
わからない。敬意?愛?そんなものなくても彼らが王家であるのなら従うのが義務だ。王家が無能でも悪いことをしていても、彼らが王家であるのならそれは正しいことだ。第3部隊の仲間たちを愚弄されるのは腹が立つが、それも王家である殿下が言うなら仕方ない。
『レーネ。王家は何をしてもいいんだ。分かるな?』
「…………ほら、まちがってない」
外に人の気配がする。俺の同室者となる生徒が帰ってきたらしい。夜遊びは良くないぞ。俺もかぁ。
ざぁあ、と降り注ぐ水の音が心地よくて目を閉じる。外からがんがん、と扉を叩く音が微かに聞こえたが、水の音を邪魔されたくなくて両耳を塞ぎ、冷たい床に寝転がる。一際酷い患部に水が直撃するが、不思議と痛みはなかった。
「ーーい、早ーーけろ、ーーおい、聞こーーーか?」
ふわふわする。
このままに何処かに行けたらいいのに。ねぇ。
ーーガチャリ。
鍵の音。
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