人違いです。

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学びの庭にて

22.

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 所変わって講堂内。

 隣に立つ馬鹿王子からの視線が痛い。視線で人が殺せるというのなら俺は間違いなく死んでいるだろう。

 にっこにこで楽しそうな理事長と、フィオーレ王国への警戒と騎士団が生徒になることへの混乱でいっぱいの生徒たち。俺たちが立っている舞台から長方形に広がる講堂の席に所狭しと座っている。壁も2階席、3階席、4階席とびっしり生徒で埋まっているあたり、相当な人数がいそうだ。
 フィオーレ王国では学園に通うことができるのは貴族以上の階級の者のみだったので、ここまでの規模ではなかった。集合体恐怖症なら多分気絶しそうな風景が広がっている。


「我が国とフィオーレ王国は停戦協定を結んだのは皆知っているよね。まぁその関係で、今回フィオーレ王国の第3王子君と、近衛騎士団の部隊長であるレーネ・フォーサイス君が3年間この学園に編入することになる。皆仲よくしてあげてね!じゃあ、一人ずつ自己紹介してもらえる?」

 
 当然主人である馬鹿王子に先に自己紹介してもらう必要があるため、ちらりと目配せする。途端「お前なんでこっち側学生なんだ」と思念で伝わってきそうなほど不機嫌な顔と目が合う。きっと俺の目は死んでいると思う。顔色も。「お叱りなら後ほど幾らでも」と囁けば、嗜虐の色がチラついた。
 ちなみに舞台裏には俺の可愛い部下たちが控えている。あの野郎ども、俺が学生として編入する手筈になったことを知っていて黙っていやがった。道理で俺の護衛の担当の場所と時間が偏ってると思ったんだ。直前に修正させるのも申し訳ないと思って何も言わなかったのに、俺の優しさを利用しやがってぜってぇ許さん。1週間無視してやる。ーーいや、それは多分俺が寂しくなっちゃうから2日。

 馬鹿王子が一歩前に出て拡声魔具を持つと、ざわざわと喧騒に満ちていた講堂内が一気に静まった。静寂を自分への関心だと受け取ったらしい馬鹿はニタニタと楽しそうだが、反対に俺の顔色は蒼白だと思う。
 自己紹介の文章はアリアがあらかじめ作成して俺が確認しておいたから恙なく終わるはずだ。大丈夫。


 ――そう信じていた時もありました。


「ボクはフィオーレ王国第3王子のロバル・フィオーレだよ!お前たちに言っておくことは3つある!
 まず、ボクは最強の王族なんだから会話をする時はボクの下僕を通してボクの時間を奪う許可を取ること。
 次に、ボクは誰よりも偉いんだから、ボクが通る時は平伏すること。
 最後に、ボクはルキナ様の婚約者だから、ボクのことを好きになっても諦めること!」


 シーーン。


 という音が聞こえそうなほど。音一つなくなった講堂内を、恐ろしい空気が抜けていく。にっこにこだった理事長の笑顔が消え、生徒たちが完全に真顔になり。俺は白目を向き、一周まわって笑顔で天に召されかけた。

 しかし、当の本人が尚も言葉を続けようとするのを見て息を吹き返す。慌てて止め、お仕置き覚悟で拡声魔具を無理矢理取り上げる。
 俺は怒鳴り声を上げる馬鹿を無視して拡声魔具を口に近づけた。


「――というのは冗談で。改めまして、此方はフィオーレ王国第3王子のロバル・フィオーレです。異国の学園ということもあり、文化の差やお互いの様々な思いがあるかと思われますが、どうか寛大に受け止めていただきたく思っております。停戦協定に則り、良き関係を築けるよう私共も尽力いたしますので、どうぞよろしくお願いいたします――と言うつもりだったのですがちょっと間違えてしまったようでぇ~!!」
「…………あ、そうなの?僕、てっきりここで戦争を始めたいのかなって思っちゃった!ごめんね?」
「とんでもございません!」


 あはは。うふふ。

 だらだらと冷や汗を流しながらを終えてにこやかに微笑む俺と、薄紅色の目をギラギラと光らせる理事長との攻防。生徒たちは完全に馬鹿王子に対して敵意しかなくなったようで、俺の横でぎゃあぎゃあと喚く王子を白い目で見ている。
 この空気で俺の自己紹介とかなんかの罰か?と思うが、しない訳にもいかないので前を向く。……うぅ、視線が痛い。


「私は、フィオーレ王国近衛騎士団第3部隊隊長を勤めております、レーネ・フォーサイスでございます。年齢が17ということで、この度特別に理事長からこの学園で学生として過ごすまたとない機会を頂戴いたしました。何度も戦を交えた両国の軋轢は一度捨て、一人の学生として皆様と良い関係を築いていけるよう、殿下と共に尽力いたします。私は2年間学生として過ごし、残りの1年を部下と同じく護衛騎士として過ごさせていただくことになって――」
「堅苦しい。つまんない。やり直し」
「エッ」


 馬鹿王子の狼藉を精一杯なかったことにしようとつらつら語っていると、すっかり飽きてしまったらしい理事長に遮られてしまった。そして「もっと子供らしくて可愛げのある自己紹介をしてくれる?」と難題を与えられる。

 子供らしい自己紹介って何だろうか。思わず救いを求めるように舞台裏を見れば、シャルとシャロンが2枚の紙を掲げて真顔で此方を見つめている。俺は、そこに書いてある内容をちらちらと確認しながら口を開いた。


「……レーネ・フォーサイスです。えー、趣味は?……趣味?趣味は……ないです。好きな食べ物……甘い物です。嫌いなのは脂っこい肉です。好きなものは第3部隊。嫌いなものは楽しくないこと……?」
「うーん下手だけど可愛かったからいいや」


 人の自己紹介を下手とか良くないと思います。

 趣味なんて言われても娯楽を思う存分楽しんだことがあまりないからよくわからない。まぁ、とりあえず満足して貰えたようなので安心して魔具への魔力供給を切った。

 少し落ち着いたらしい馬鹿王子に「後で鞭打ちだから」と囁かれる。
 すると、その小さな声を敏感に聞き取ったらしい理事長がにこやかに微笑み、彼の拡声魔具を起動させた。理事長が前に出ると、生徒たちがきらきらと顔を輝かせて彼の言葉を雛鳥のように待ち構える。そこかしこから小さな歓声が上がるのが聞こえた。
 資料には容姿の良い生徒や教師には『親衛隊』と呼ばれる集団が付くと書いてあったが、理事長にもそれは存在するらしい。本当は歓声を上げたいだろうに、理事長の言葉を待つために口を両手で固く塞いでいる生徒も何人もいる。


「はい、自己紹介終わり。食堂にはあっさりした御飯も沢山用意してあるから安心してね!」
「……ありがとうございます」
「うんうん、じゃあレーネ君は階級は翡翠。王子君は透明。たとえ学園外での身分格差があってもここでは王子君よりレーネ君の方が上だから、王子君は立場を弁えようね。……まぁ、嫌でもわかる日が来るよ。明日にでも」


 最高級の教育を受けているだろう王子の指輪が透明という事実に、講堂内が大きなざわめきに包まれる。殊更楽しそうに嗤う理事長は、しっかりと馬鹿王子に釘を刺し、俺に柔らかい笑みを浮かべた。
 あからさまな差別に王子の顔が憤怒と羞恥に赤く染まる。

 無茶を言うなぁ、と思う。そう簡単に王子に対して反旗を翻し威張り散らすことなんて出来るわけがない。俺はフィオーレ王国に仕える運命なのだから、その代表たる王家に従うのは当然のことで、彼らが有能か無能かなんて関係ないのだ。曖昧に微笑み返すと、理事長はす、と一度だけ目を細めた。

 じゃあこれで解散。早速明日から講義に合流するからよろしくしてあげてね。
 そう言って集会を切り上げた理事長は、今度は俺達に一瞥もくれず、舞台裏に引き下がったのだった。



 ざわざわと生徒達が好き勝手に喋り出す。或いは即座に講堂を出て行き、或いは殿下の前に跪いた俺を興味深そうに眺め。


「殿下、お伝えできておらず申し訳ございません」
「本当にお前は生意気だね。――消灯後ボクの部屋に一人で来な。お仕置きだよ。とびっきり痛めつけてやる」
「……御意に」


 あーあ、登校日初日から欠席かなぁ、これは。

 俺は目をふせ、力なく嗤った。
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