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青空の下にて
17.
しおりを挟む王様の顔を見れないまま、呆然と固まる彼からそそくさと離れた。走って双子の背後に回り、シャロンを抱きしめたまましゃがみこんでしまう。湯気が出そうなほど赤くなっているのだろう俺の顔をみたシャルが、無表情で布を取りだし口周りをごしごしと拭いてくる。それは意味わからん。
ちらりと横目で王様たちの方を見る。驚愕、といった表情で石のように固まってしまった王様と、彼の顔の前で手をぶらぶらと降って「生きてる?」と変な質問をするツヴァイ騎士団長。宰相は『素晴らしいです』と書かれた紙を掲げている。
ーー5分後。
ツヴァイ騎士団長に何度か頬をぺちぺちと叩かれた王様が、ようやく意識を取り戻す。その頃には俺もすっかり顔の熱は引き、今度はシャルを背後から抱きしめていた。シャロンは背後から抱きついてきている。
王様の金の目がブレる。
「陛ーー」
「セレネ?」
ぽかん。と口が開いている。気がする。今度は俺が石のように固まってしまったのを見た騎士団長が、慌てた様子で王様の背中を引っ叩く。割と痛そうな音がしたが大丈夫だろうか。とはいえ、その衝撃で今度こそ意識を取り戻したらしい。王様が、狼狽している。
反対に、俺の心はどんどん冷えていくのがわかった。心が凍るって、こういうことを言うのだろうか。
そうだ。俺はセレネ・ブライトの代替品。そんなこと、最初からずっと知っている。だけど、直接「セレネ」と呼ばれたことは無かったものだから、馬鹿馬鹿しくも動揺してしまった。
最近は、少しばかり「レーネ」自身を見てもらえているような気が、していたのだけれど。
「レ、ーネ」
「……なんですか?」
「すまない」
「あはは。最初からそういう前提だったじゃないですか」
違う。なんて、普段から毅然とした様子を崩さない王様とは思えないほど狼狽える姿が面白くて嘲笑する。そして、脇に挟み込んだ双子の武器を抱え直し、姿勢を正す。
笑え、笑え、わらえ。騎士の矜恃にかけて、傷付いた顔なんて見せるんじゃないぞ、レーネ。気遣わしげな視線を寄越す宰相殿と騎士団長にニコリと微笑みかけ、口を開ーーかずに閉じた。
ーーん?
いや、そもそも別に傷付くこともなくないか?俺はこいつに対して微塵も好意を持ってはいないし、そもそもこいつしか悪くない。代替品扱いをされることに対してむしろ怒ってもいいのではないだろうか。
あれ、なんで俺、一瞬傷付いたんだ?敵国の王様相手に認められようなんて思って いなかったし、これからもそうだ。別にレーネ・フォーサイスとして見てもらうことを望んでないぞ。
さてはこれも魔法契約の負荷か?勝手に思考が「サイラス・ヘイデルに認めてもらう」方向に持っていかれている。恐ろしい罠に引っかかるところだった。危なすぎる。
目を伏せたまま硬直する俺を、シャルとシャロンが見上げてくる。シャルと目が合った。頷く。
「ーーやっぱり謝れ」
「「レーネ?」」
うん。普通にムカつくわ。ブチ切れそう。
自分の感情を完全に理解したと同時に膨れ上がるような苛立ちが喉元まで込み上げてくる。馬鹿みたいに罵詈雑言を飛ばしてやりたかったが、俺にも矜恃があるのでそんな無様な真似はしない。
おろおろと俺を見つめる3人を見返し、俺は鼻で笑ってやった。
「レーネ、」
「いやそもそも俺が陛下にとってレーネでもセレネでもどっちでもいいんですよ。陛下が俺をどう思っていようと俺には関係ない。魔法契約のせいか、俺が陛下に認められたいみたいな感じになってたみたいですが、それはお互いに勘違いですので。ですけどまぁ、目の前で他人の名を呼ばれるのも不愉快なのでそれは謝罪を要求します」
「すまなかっ――」
「あーーいいですいいです」
息を着くことなく言葉を吐き出し、目だけで睨みつける。
体裁上ニコニコと嗤ってはいるだろうが、ビキビキとこめかみが鳴ってるのが自分でもわかる。簡単な謝罪だけで終わらせると思ってんのかふざけるな。これを機に強請って強請って強請りまくるに決まってんだろうが!!!
俺は立ち上がって此方に歩いてこようとする王様を手で制す。かちん、と魔法でもかけられたようにその場にとどまる王様に、俺の方から近づいてやる。双子に離れるように促し、俺は王様の目の前に立ち、彼を見上げた。ツヴァイ騎士団長が「はわわ」と謎の言語を呟き、両手で口を押えている。
「言葉だけの謝罪なんていりませんから、陛下に謝罪の気持ちがあるなら、俺に少しくらい自由を返してくださいよ」
「……何が望みだ」
「王城内でも第3部隊の隊員と自由に合わせてください。今回シャルとシャロンが来てくれて気付いたんです。俺、彼らがいないと駄目になるって」
俺は気付いていない。その瞬間王様がシャルとシャロンを睨みつけ、2人は王様を見てニタァ…と歪な笑みを浮かべていたことを。それを見た騎士団長が「三角関係を外から見るほど楽しいことってないわね」と呟き、宰相殿が「仕事したい」と考えていることを。――最後は知ってた。
王様が俺を見下ろす。手を差し伸べてこようとするのを一歩下がって避けると、心なしか彼の背後にずぅん、と暗い影が見えた。
この現場に飽きたらしいシャルとシャロンが抱っこをせがんでくるので、シャロンを抱っこしシャルをおぶる。王様の視線が痛いが、彼は今俺よりも下なので関係ない。べぇ、と舌を出してやる。
流石に魔法契約の内容を変えるのは抵抗があるらしい王様が、俺の胸に収まるシャルをじぃい、と見つめ、熟考する。しかし、しばらくした後、かなりーーかなり嫌そうに、頷いた。眉間の皺がすごい。それでも美麗な顔が崩れないのもすごい。
「ーー………………わかった。許そう」
「本当ですか!」
「しかし、会うだけだ。情報のやり取りなどは一切許さん」
ふっ、馬鹿め。情報なんて、ナヨンがいれば俺が口で伝えなくても筒抜けだ。関係ない。十分すぎる報酬に、思わず口角が上がる。シャルとシャロンも嬉しそうに俺の首に擦り寄ってくれる。彼等が突入してくれたおかげで、学園での護衛や第3部隊との再会も叶う。ご褒美あげよ。
俺は、ゆるむ顔を抑えることなく王様を見上げた。何故かまたまたガチガチに固まってしまった(これもセレネに似ていたか?)王様に首を傾げつつ、礼を言う。
「十分です。ありがとうございます」
「ーーあぁ」
「まぁ、ありがとうございますって言うか元々別にこんな契約無かったんですけどね。勝手に持ってこられただけで」
「マーヴィン、待たせた」
無視された。
宰相殿につつかれ仕事に戻った王様と、「いいもの見たわ」とニヨニヨする騎士団長を置いて、執務室を出る。シャルとシャロンと手を繋ぎ(武器は返した)、王城の廊下を悠々と歩く。
ああ、いい日だ。
「「みんな待ってる」」
「ああ、会いに行こう」
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