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青空の下にて
16. (※)
しおりを挟む先程までの穏やかな時間は一体どこへ行ってしまったのでしょうか。
執務室の中はピリピリと張りつめた空気で満たされている。一人豪奢な椅子に座り、温度のない目で俺たちを見つめている王様。その背後に控える宰相殿。陛下と俺たちの間に立って殺気を消さない瞳孔ガン開き騎士団長。そして対面する俺。俺の腰に左右から抱きついているシャルとシャロン。言わずもがな瞳孔はガン開きである。文官や騎士は外に出された。
かれこれ10分ほど無言の膠着状態が続いている。シャルとシャロンの武器は、契約の関係で王様に危害を加えることができない俺が没収した。騎士団長に渡そうとしたが「いらないわ」と何故か一蹴された。
「彼らは?」
王様の厳格な声にびくりと震える。俺の震えを敏感に感じ取った双子の殺気が広がる。双子の殺気を敏感に感じ取った騎士団長が剣に手をかける。……成程、これは俺が感情を無にしなければならない感じか。
「この子たちは俺の――フィオーレ王国近衛騎士団第3部隊の隊員です。見てのとおりまだ幼くて、契約の事情などを把握できていなかったのか、俺に会いに来てしまったみたいで。陛下に手を加えようとした訳ではありません。騎士の名に掛けて誓います」
「「レーネを苦しめるなら殺ムグッ――」」
「ゔんん"ンッ"ッ"――俺を苦しめるなら転がって駄々をこねると言っています」
俺の必死の言い訳を一言で台無しにしようとしやがった双子の口を塞ぎ、適当に言い訳をしておく。ちなみに双子の実年齢は見世物小屋にいた期間だけでも恐らく40を超えているのだが、子どもということにしておいた方が何かと都合がいいので基本内緒にしている。
死んだ魚のような目で積み上がった書類を眺めるマーヴィン宰相には申し訳ない。仕事止めてごめん。でも双子を殺させるわけにはいかないんです。
白々しい俺の言い訳を聞いた王様は疲れ切ったようにため息を吐いた。
「レーネが呼んだわけではないんだな?」
「「レーネって呼ぶなムグッ」」
「え"ふっッッ"ッ"呼んでないです」
「…………まぁいい」
まだもごもごと何かを言おうとする双子の口を両手で塞ぎ殊勝な顔をして頷いておく。それにしても、今日の王様が優しすぎて怖い。何か裏があるのでは、と思ってしまうがここで下手に発言して貴重な戦力であるシャルとシャロンを死刑にされてはたまらないので有難くお辞儀をしておく。ツヴァイ騎士団長が不愉快そうに眉を顰めたが、何も言うことはなかった。
王様に許してもらえたので、堂々とシャルとシャロンを抱きしめる。どこからかバリンッッッと何かが割れるような音が聞こえたが、今の俺には関係ない。2人の白く美しい髪の毛に顔をうずめ、スゥっと息を吸い込む。彼らもぎゅうっと抱きしめ返してくれた。
「うぁ――――……癒される……可愛い……」
「レーネ、俺たちが来て嫌だった?」
「なわけあるか。本当に会いたかった」
「私たちも。皆も会いたがってる」
久しぶりの再会に、どっと身体の疲れを実感する。信用できる人間が一人もいない状況というのは、随分俺に気を張らせていたらしい。力の限りに抱きしめる俺に応えるように力を込めてくる双子が可愛い。あ、でもそれ以上は骨が折れる。
俺から皆に会いに行く事は契約違反に当たるため、我欲だけで言うならば2人が逢いに来てくれたのは嬉しくて仕方がない。
「レーネ」
どうやら癒しの時間はこれで終わりらしい。不機嫌そうな王様の低い声に、俺はシャルとシャロンの頭を撫で身体を離した。2人は不満そうに口を尖らせたものの、大人しく元通りに両脇に収まってくれる。
俺が向き直ると、何故か先程よりも機嫌の悪い王様が双子を睨みつけている。理由は分からないが、気分が変わる前に話題を逸らすことにした。
「へ、陛下。我が主人の学園への編入の件なのですが、停戦協定に則る形でいいですか?」
「……まぁ、そうなるだろうな。仕方あるまい」
「「レーネ、学園ではずぅっと一緒にいようね」」
ーーバリンッッ
「?あぁ、勿論」
おや、随分素直だ。ありがてぇーーと言いたいところだが、彼を纏う空気がどんどん暗いものになっていく。思わずツヴァイ騎士団長と宰相殿に視線だけで縋ると、何故か2人とも死んだ目で俺を見ていた。なんでだ。
嬉しそうにぎゅうぎゅう抱きついてくる双子の頭を撫でる。ふへへ、と声を出すシャルと、気持ちよさそうに目を細めるシャロン。え……?俺の部下可愛すぎでは……?
冗談はさておき。じぃい、とこちらを見つめてくる王様をチラ見する。目が合う。目が合う。目が合う。
「……あの、陛下」
「なんだ」
「…………その、寛大な措置をありがとうございます」
「協定は無下にできん」
いや、魔法契約を勝手に結ばせている時点で充分無下にしているーーとは言えず。首を傾げることしか出来ない俺に、ツヴァイ騎士団長は死んだ目で微笑みかけた。
「……ホント、王サマの慈悲に感謝してちょうだい。普通なら当然死刑よ」
「勿論です」
「なら、何か王サマにお礼でもしてはいかが?」
ふむ。それもそうだ。俺を見上げる双子の頭を撫で、考える。部下の粗相は洒落にならないものであったし、それに加えて学園に護衛に向かわせてくれるなんて、急に神に洗脳でもされたのかと思う程の寛容さである。それならば、俺も流石に何かしなくてはならないだろう。
かと言って、拷問はされたくないし、下手なことを口にして後々に影響を与えられたくない。
あれ、お礼って、何をすればいいんだろう。
贈り物なんて、国王である彼なら大抵のものは手に入るだろうし。かと言って「お礼はお・れ♥」と「何でもします」だけは言ってはいけないと兄に再三言われたし。
熟考する俺をじぃいっと見つめる金の目にぞわぞわしてしまう。心なしか先程よりも少し機嫌が良くなっている。逆に左右に収まる双子の気配が不穏なものになっていくが気付かないことにする。余程嫌いらしい。俺も嫌い。
「…………」
めちゃくちゃ期待されている。が、本当に何も思いつかない。思わず助けを求めるように一瞥した先にいる宰相殿がーーなにか、紙を掲げている。
王様の背後に立っている彼の姿は王様には見えていない為、宰相殿の方向を見て固まる俺を不思議そうに眺めている。
『口 付 け を ど う ぞ。 今 す ぐ』
口付け。またの名を接吻。
ぼっと熱くなった顔を腕で隠すが効果はなかったようで。ツヴァイ騎士団長が不機嫌そうな顔から一転ニヤニヤとした普段の彼に変わる。そして双子の殺気が迸った。王様だけが不思議そうに自分の背後を振り返り(瞬間紙を隠した宰相殿の速さたるや)、また不思議そうに俺を見つめて首を傾げた。可愛くねぇんだよ!!!
騎士団長の「行っちゃいな!」みたいな合図がくそうざい。しかし、他に何か出来ることがあるかといえば、それもない。
接吻くらい、なら。既に何度かされてるし、変な意味にはならないよな?
俺は双子に手を離すように言い(不服不満、ともろに顔に出ていたが無視をした)、恐る恐る座っている王様に近づいて行く。
そして。
ーー王様が美しい目をこれでもかと見開くのを間近で見つめた。
「……ん、」
ーーフニ、
「こ、れでいいですか……」
恥ずかしくて、死にそうだ。
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