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青空の下にて
8.
しおりを挟む異常なほどに静まり返った部屋。その中に、1人分の喋り声だけが響き渡る。
「ふふふ、そういう訳で、これからはここに毎日ルキナ様が来てくれることになったから。お前たち、くれぐれも粗相だけはするんじゃないよぉ」
ふくよかな頬を限界まで緩ませているロバル・フィオーレとは反対に、アリアたち第3部隊の隊員たちは全員表情が抜け落ちてしまっている。
先程、茶会から帰ってくるはずの隊長を迎えようとした隊員たちが出会ったのは、至上の幸せを味わったと言わんばかりの殿下と、ヘイデル王国第1王子。待ちに待った隊長の姿はそこにはなかった。問い詰めたアリアたちに告げられた言葉は、想像を絶する悪夢のような。
『お前たちの隊長殿は、停戦協定の期間中、俺たちヘイデル王家に貸し出されることになったからそのつもりで。これは契約書だ。万が一お前たちがなにかしようものなら、魔法契約に則って君たちの隊長は永遠に父上の奴隷になる』
『そ、んな、ふざけた契約、隊長が許すはずがーー増してや停戦協定中に、』
『契約に署名をしたのはロバル殿だよ。隊長殿は反対していたようだが』
『むぅ、だってアイツ、ボクの王位継承権が低いからって馬鹿にしたんだもん!!』
言葉を失ってしまったアリアを嗜虐的な目で見つめ、第1王子は殿下の肩を抱いて引き寄せた。キャッと小さく叫んで照れる殿下を殺してやりたい。
隊長は、他にも騎士団に入団したとき、隊長になった時、護衛騎士になった時にもフィオーレ王国と魔法契約をしている。今回の契約はそれらの契約とはいわば対立するものであり、強制的に結ばされたそれの負荷のせいで、意識を失ったという。そのままヘイデル国王に連れられ、本宮に。
「隊長、隊長が、」
「ナヨン、落ち着きなさい」
「あぁぁぁ、隊長隊長隊長隊長隊長隊長隊長隊長隊長、ーーーーーー助けに行かないと」
殿下を部屋において退室した瞬間、ナヨンが悲痛に声を震わせ、両耳を手で覆った。顔色は真っ青で、目はゆらゆらと焦点を失っている。声にこそ出してはいないが、他の隊員も似たようなものだ。シャルとシャロンなんて、剣を抜き身で持っている。副隊長であるアリアだって、見た目こそ平静を装っているが、内心では既にヘイデル王国を更地にしていた。
ナヨンは、レーネにその能力を見初められ、第3部隊に招待された。そして、それまで相手の心の声が聞こえる『呪い』を使って諜報の仕事ばかりさせられていたナヨンの疲弊した心を癒した。自傷が癖になっていたナヨンのそばに毎日寄り添い、人間不信になっていた彼が、もう1度人を好きになれるように昼夜声をかけ続けた。当時のアリア含む他の隊員の嫉妬っぷりは今思い出しても酷かったと思う。
そんなわけで、ナヨンはレーネにひどく依存している。ぶつぶつと隊長が、隊長が、と呟くナヨンを抱きしめ、彼の懐から耳栓を取り出してつけてやると、ようやく少し落ち着いたのか、一点を見つめたまま一言もしゃべらなくなった。
「副隊長。もう俺たち、限界」
抜き身の大剣を握りしめながらアリアを見上げるシャル。
「俺たちはレーネのそばにいたいだけ。レーネがそうしろというから第3王子に従ってるけど、これ以上どうして従える?俺たちなんて、元々フィオーレ王国になんて恨みしかないんだ。レーネが傷つくなら全部殺す」
「そう。私とシャルはレーネの為だけに動く」
シャルとシャロンの言葉を皮切りに、他の隊員も隊長への思いの丈を叫び、もうこりごりだと叫ぶ。離宮の防音機能がしっかり働いていてよかった。でないと、ここにいる全員反逆罪で殺される。
アリアとて彼らと気持ちは変わらない。今この瞬間、隊長がどんな目に遭っているのかと考えるだけで心が狂いそうだ。アリアたちの神様を、なんとしても取り返さなければ。あの方は他人の代わりとして使い潰されるような人じゃない。
同僚の悲報を聞く度に、唇を噛み締めて黙祷を捧げていた隊長を知っている。遺体も残らなかった彼らの家族の為に、金銭的な補償を提案していたのも、我儘な王族にとってそれが叶わなかったのも知っている。騎士団の親友が死に、自分も戦場で戦わせてくれと泣き叫び、騎士団長に止められていたのも。
そんな彼だからこそ、これ以上、人間の嫌な部分を見て欲しくないのに。
「ーー今間者を走らせるのは危険だわ。向こうだって、暫くの間は絶対に私たちの動きを監視しているはずよ。もう少しだけ皆我慢して頂戴。必ずや隊長を救います。監視の目が緩んだ隙に、間者を騎士団長のもとへ走らせなさい」
「了解」
「ナヨンは嫌かもしれないけれど、馬鹿王子のそばで第1王子の心を読み続けて。ヘイデル国王は第1王子を信頼しているから、隊長や監視の情報を漏らすかもしれない。しんどいと思うけれど……」
「了解」
隊長、待っていてくださいね。必ず、必ずヘイデル王国から、フィオーレ王国から救い出して見せます。
そしたら、またいつもみたいに「アリアはカッコよくて可愛くて綺麗で……凄いなぁ」って、褒めてくれますよね。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
シャル&シャロン(年齢不詳)
フィオーレ王国近衛騎士団第3部隊隊員の双子の合法ロリショタ。『不老』の呪い持ちで、気味悪がった親に売られた。ずっと見世物小屋で育ってきたが、色々あってレーネに見世物小屋ごと潰された際に救い出された。見世物小屋で培った軽やかでアクロバティックな動きと、幼いころからの度重なる薬物投与によって得た強靭な肉体を武器に、シャルは大剣、シャロンはハルバードをもって全てを殲滅するレーネの兵器となった。
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