人違いです。

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青空の下にて

6.

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「――え、」
「だぁかぁらぁ、これからルキナ様とお茶会するんだけど、レーネも呼べってうるさいから来なよ」


 嫌です。と断れたならどれほど良かっただろうか。
 先日、この目の前のクソ王子のせいで溜まっていた第1王子や国王への手紙の返事を書いたのだが、そこに「どうか俺ではなく婚約者である第3王子殿下をお誘いください」という旨をクソ丁寧に書いて送ったことを思い出す。因みにその時に遭ったおぞましい記憶は俺の中でということで処理された。ナヨンにそういう風に思い込めと言われた。実際すっきりした。

 セレネ・ブライトと似ている俺を誘い出すことに必死になっているらしい彼らは、その返事を見たからか、第3王子をうまいこと懐柔する方向へと転換したらしい。最近は第3王子がよく離宮からヘイデル王国の王族が過ごす本宮の方に出かけることが増えた。
 俺はと言うと、以来、第3王子の護衛を直接行うことなく離宮に籠ってヘイデル王国にいる我が国の間者と魔具で連絡を取り合い、情報交換をする日々を送っている。俺の第3部隊は非常に優秀な人材を揃えているので、俺がいなくても第3王子の身柄の安全は保障されているのだ。

 しかし、この度痺れを切らしたらしい向こう側が、直々に俺を指名してきたようで。


「……お断りしてもよろしいでしょうか」
「駄目に決まってんじゃん!!ルキナ様のお願いなんだから」
「…………………謹んで、お受けいたします」


 俺の背後に立つアリアから迸る殺気が恐ろしかった。










「あぁ、フォーサイス殿、よく来てくれた。初対面の時から貴殿のことは気になっていたんだ。是非とも座ってくれ」
「このような崇高な場へご招待頂き、恐悦至極にございます。ですが、私は一介の護衛騎士の身分ゆえ、王家の皆様と同じ席に着くわけには」


 お茶会の場である庭園の中央に造られた白基調のテラスの門をくぐる。作法を完全に無視して案内された席に着いた馬鹿王子を白い目で見つつ、その斜め後ろに立った。テーブルの対面には、輝かしい笑顔を顔に乗せた、ヘイデル王国第1王子のルキナ・ヘイデルがすでに座っている。


「レーネ。私の前では素で話せとあれほど言ったろう」
「…………申し訳ございませんが、覚えがございません」
「ーーほう」


 そして、その横にはヘイデル国王も何故か座っている。愉悦を隠そうともせずにニヤニヤと嗤う国王の言葉を目を合わせることなく断り、「お前いつの間に抜け駆けしてんの」と意味の分からないことを囁いてくる馬鹿の言葉も聞こえなかったふりをした。
 この第3王子、自分の目的を完全に見失ってやがる。


 お茶会はつつがなく進んでいく。

 テーブルには繊細な細工が凝らされた美しいお茶菓子がふんだんに用意されており、これまた美しい装飾のティーセットが真っ白なテーブルクロスの上を輝かしく彩っている。ポットからは芳醇な紅茶の香りが俺の所にまで届いており、空っぽの胃を酷く刺激した。白を基調に固められたテラスに優れた容姿のヘイデル王家父子。俺たちさえいなければ、一見すると、こここそが理想郷であるかのように勘違いしてしまうかもしれない。
 しかし、実際はべらべらと聞かれてもないことを喋り続ける生き恥殿下と、適当に頷いて相槌を打っているだけの第1王子。そして無言で俺を見つめ続ける国王と絶対に目を合わせんとする俺。――奈落かここは。

 あれは夢あれは夢あれは夢。嫌なことがあった時は心の中で3回そう唱えて心を鎮めるといいですよ、とはナヨンの弁。対して効果はなさそうだった。


「――はは、ロバル殿のお話は非常に興味深いものばかりだね」
「ほんとですか!?じゃあ、今度二人で――」
「でも、俺は折角フォーサイス殿が来てくれたのだから、彼の話が聞きたいな」


 割と序盤から全く話を聞いていなかったが、俺の名前が聞こえたので、ちらりと視線を上げる。わくわくとした顔で此方を眺めるヘイデル王と王子とは反対に、不愉快そうな顔を隠しもしない我が主。この様子では、今夜は彼の気が向くまで鞭打たれることだろう。
 とはいえ、恋する第1王子たっての望みなら流石に断れないのか、馬鹿王子は重い口を開いた。


「あ、あ―、彼は……ボクが14の時から護衛騎士として雇ってやっているんですよぉ。前までのと違って不敬にもグチグチ小言を言ってきたりしないあたりは使い勝手のいいやつなんです。でも本当、皆さまがそこまで興味をもたれるほどの奴じゃないんですよ?ただのつまんない男です」


 ……おいてめぇこの餓鬼(※一歳違い)言いたい放題言いやがって。王子じゃなかったら殺してるぞとっくに。
 自分の護衛騎士を誇るどころかぼろくそに言ってくるあたり、この男のフィオーレ王国の王子としての矜持は育まれなかったらしい。別にこの男に認められたいとは思わないが、仮にも歴史ある我が国の王族にここまで言われるのは少し、心に来る。一応これでも王国に忠誠を誓っているのだから。
 そんな俺の心中を察したのか、第1王子は苦笑して尚も続けようとする馬鹿を制した。


「あはは、ロバル殿、自国の騎士をそんな風に言っては可哀想だ。たとえ今の騎士団が、今回の停戦協定を結ぶに至ったきっかけだとしてもね」


 ここが戦場だったら、速攻首を撥ねてやるのに。俺の苛立ちを敏感に感じ取っているらしいヘイデル父子はニヤニヤと悪辣な笑みを零している。

 本当に国を愛しているのなら、今の言葉を聞いて憤慨するべきなのに。


「そうなんですよぉ!!ほんっと、役立たずばっかりで!」


 ぎち、と歯が軋む音で、我に返る。あぁ、駄目だ駄目だ。尊敬する騎士団長や第1部隊隊長ならこんな、こんなこと――こんなことで、殺気だったりしない。彼らなら、笑って鷹揚に返すはずだ。まだまだ子どもだなあ。
 背中に固定している両手をぎちぎちと握りしめることで、殺意や憤怒――そして、落胆を抑え込む。

 
 いくら王国のために尽くしたって、王族がこんなんじゃ報われない。近衛騎士たちは王族のこのありさまを痛いほど知っているが、戦場で、最前線で戦う騎士たちは、それすらも知らないのだ。ただ王家を信じ、毎日毎日毎日命を賭して国を護るために戦い、死んでいく。フィオーレ王国は永遠なり、と叫びながら。

 自然と視点が下がり、美しく磨き上げられた大理石を見つめる。


 良かった。アリアたちがいなくて良かった。これ以上失望する必要なんてない。


 ――あぁ、惨めだ。 







「ならば、其方が我が国に滞在するーー規約では3年間。彼を私に貸していただけないか?」



 冷涼な声が響いた。


 
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