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青空の下にて

5.

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「――戦争です」


 奈落から這い出た魔物の呻き声のような声が執務室に響く。部屋の真ん中には、床に座り込んで目を白黒とさせ、混乱し切って目に涙を浮かべている我らが愛しい隊長。そして、彼を抱き込むようにしゃがみこんでいるのは、第3部隊隊員隊長強火保護者の中でも特に隊長を幼子のように甘やかしている隊員。
 アリアは虚空を見上げ、遠慮なく溜息をつく。


「ナヨン」
「戦争です。こんなになるまで隊長を虐めるなんて、余程酷いことをされたに違いありません。戦争です。皆殺しです。赦せません」


 ナヨンと呼ばれた青年は、込み上げる憤怒に身体をぶるぶると震わせながら、尚も強く愛しい隊長を抱きしめる。普段なら鬱陶しそうに跳ね除ける隊長も逃げることなくそのままでいるのを見ると、相当心に深い傷を負ったらしい。しかしアリアは知っている。このナヨンという男、隊長を抱きしめたいだけであることを。
 とはいえ、アリアとて愛してやまないこの幼い隊長がどうしてこれほどまで動揺しているのかは知る必要があった。

 レーネ・フォーサイスは、およそ17歳の少年とは思えない程達観した性格をしている。本当ならば、まだ魔法学園の生徒として、毎日を呑気に過ごしていただろうに、優秀すぎた少年は大人にならざるを得なかったのだ。騎士団の一員として大人の汚い謀略や忖度、収賄を目の当たりにしてきた少年はいつしか他人に興味関心を抱くことをしなくなり、無意識に他人と一線を置くようになった。ーーだからこそ、ここまで動揺している姿を見ることはほとんど無い。
 本人は人当たりもよく、努力も怠らない素直な子どもだっただけに、こうして周りが保護者と化したのだが。

 抵抗されないことをいいことにすりすりと頬ずりをしているナヨンに苛々としながらも、アリアは隊長の目の前にしゃがみ込む。涙に濡れ、きらきらと輝く翡翠の目がアリアを見上げた。


「隊長」
「――――な、なんか国王に会っちゃって」
「それは先程半狂乱で『国王がぁああああ!!!』と叫ばれていたので知ってます」
「せ、接吻された」




 は?




「戦争よ」
「副隊長」
「戦争ね。うちの隊長に接吻ですって?ヘイデル国王が?うちの隊長の貞操が犯されたも同義だわ。戦争よ。赦せないわ」
「副隊長落ち着いて」
「なんか、舌もいれられて、口ん中舐めまわされた……!」
「「「「戦争ですね」」」」


 舌も入れられた?????


 べそべそと落ち込む隊長をここぞとばかりに慰めようと集まる第3部隊。その流れで吹っ飛ばされたナヨンは不愉快そうにアリアの横に戻ってくる。アリアは自分のこめかみが嫌な音を立てて盛り上がっているのを感じたが、この怒りを到底抑える気にはなれなかった。

 うちの隊長は控えめに言っても顔が良い。質のいい茶葉をふんだんにミルクで煮詰めたような淡い茶色の髪の毛はさらさらと光を含んで流れ、見た者が思わず触れたくなるような不思議な魅力を称えている。日の下で日々訓練をしているとは思えない程白い、肌荒れ一つない顔に収まる翡翠の瞳は、この世の闇なんて一切含まずに輝いているのだ。しかし、本人曰く焼けない肌が嫌らしい。年頃の女性であるアリアにはそれが羨ましくてしょうがなかった時もあったが、余談である。
 とにかく何が言いたいかというと、うちの可愛い隊長殿は、とにかく女性にも男性にも非常に受けがいい。決して中性的ではないが男臭くもないその容姿はあらゆる層の人間を引き付ける。

 一つ問題があるとすればそれは。


「……色事に関する知識が足りなすぎる上に拷問方面だけに偏ってるんですよねぇ、うちの隊長。可愛いからいいんですけど」
「心を読まないでくれる?ナヨン」
「すみませーん。生まれつきなもんで」


 チクチクと嫌みの応酬を続けるアリアとナヨンと、隊長を囲む部下たちとの温度差。部下たちがこちらを見ないようにしているのには2人も気付いている。

 そう。レーネ隊長は色事に全く興味がない。彼の実家であるフォーサイス家の長男にして現当主の兄が、とにかくレーネにそういった人間の性的な知識を与えないよう徹底したからだ。そして、我々も。少しでも隊長に色目を使おうとした愚物が現れようものなら、隊長の目に触れる前に切って捨てて二度とその顔を衆目に晒せないように徹底して叩き潰して来たのに。
 ヘイデル国王め。自分が寵愛する騎士に顔が似ていなければ、毛ほどの関心だって寄せなかっただろうに。隊長を誰かの代替えにしようとする男なんかに絶対に隊長は渡さない。


「尽く邪魔してやるわ」
「勿論」


 アリアとナヨンはそう固く決心し、刻み込むように深く頷いた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ナヨン(23)
 フィオーレ王国近衛騎士団第3部隊隊員。生まれつき人の心の声が聞こえる『呪い』を持って生まれた為、幼くして家族に捨てられた。普段は耳栓をしている為、視力と気配だけで敵と戦う。第3部隊はレーネのことしか思考にない為うるさくなくて好きなので、耳栓は外している。彼自身もレーネのことしか興味が無い。レーネ強火オタク。
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