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青空の下にて
4.(※)
しおりを挟むサイラス・ヘイデル。ヘイデル王国を親子2代で世界中に名をとどろかせる強国へと導いた治世の天才。国民からの人望も高く、まさしく名君と呼ぶにふさわしい王だという。そんな相手に遠慮の欠片もなく剣を振りぬいてしまったことに冷や汗をかきつつ、いそいそと剣を鞘にしまう。このままでは俺が国王を殺そうとしていると勘違いされてしまう。
しれっと剣をしまい、何事もなかったかのように跪く俺から国王は一切目を離すことなく、下から上までじっくりと俺を検分した後、ニヤリと楽しそうに笑った。
「今朝は湿布なんぞしていなかったようだが」
視点は俺の頬に寄せられている。昼間に第3王子に鞭打たれた頬は、傷がえぐれて腫れあがってしまったものだから、適当にシップを貼っておいたのだ。湿布越しにでも赤くなっているのが分かるのか、国王は微かに眉を顰めた。
というか、俺は午前中離宮から全く出ていなかったのに何故朝の俺の状態を把握しているんだ。怖い。
「……少しばかり訓練が捗りすぎてしまいまして。身に余るお気遣い感謝いたします」
「フィオーレ王国の第3王子は随分やんちゃらしい」
「…………」
離宮に戻ったら、もう一度盗聴盗撮の検査をすることを決めた。部下に任せず今度は自分でしよう。
黙り込んだ俺から目を逸らすことなく、国王は噴水の縁に腰掛けた。艶やかな黒髪が月の光に濡れ、上品に輝いている。
そう言えば、第3王子が「ヘイデルの王城には、不細工は入れないんだって!!これってつまりボクは可愛いってことだよねぇ」なんて言っていたな。当時は何言ってんだこいつとしか思っていなかったが、もしかしたら本当なのかもしれない。――まぁつまりは、それほど顔が良いって言うことだ。黒髪に金の瞳が良く映えている。
国王は金の目をすう、と細め、俺を見下ろすとニヤリと嗤う。
「嘘はいけないな?」
いたって軽やかな口調ではあるが、その気配は全く軽やかではない。自分のやらかしに内心頭を抱えていた俺は、これが一国の王の威厳かぁ、なんて一周回って現実逃避に走ってしまう。玩具をいたぶるのを楽しむ幼子のようなきらきらとした瞳は、しかし酷く残酷な色をたたえている。
せめて罪に問われるのだけは勘弁してもらいたい。
「……申し訳ございません。しかし、恐れながら、我が国の王子の威厳を護りたいがための忠臣の小さな言い訳に過ぎませんので、どうかご慈悲をいただければと思います」
「物は言いようだな」
「……」
自分でも苦しい言い訳であるとはわかっている。
しかし、国王は寧ろ先程よりも気分を良くしたようで、クツクツと喉を鳴らして笑っている。「立て。身体を崩して良いぞ」と言われたので、有難く立たせてもらう。膝についた土を払い、腰に差した剣の位置を調整して国王を見れば、何故か国王を殊更楽しそうに口角を上げた。
「決して礼儀を損なう訳でもなく。かといって敬意を存分に表するでもなく。――誰にでもそうなのか?あぁ、思ってもいない口上はいらん。年相応に心のままに話せ。つまらん遠慮はお前の魅力を損なう」
「……私は」
「人称も変えなくていい。これから私と話すときは素で話せ。命令だ」
不思議な人だ。フィオーレ王国では、王族の前で素で話そうものなら速攻で処刑台に連れていかれる。でもまぁ、言葉を選んで話す必要がないのは正直かなり有難いので、その寛大な心に乗っからせていただく。
「俺はフィオーレ王国の騎士ですので、自国の民以外に敬意を払う必要性を感じません。それにここは敵陣地。警戒こそすれ好意を抱くことはないのが当然ですよね」
「――――、フ、そうだな。……性格は真反対だな」
俺を通して違う誰かを見る目。その目には、悲嘆と絶望、そして愛がありありと浮かんでいた。
「セレネ・ブライト殿と俺は、それほど似ていますか」
「……ほう、優秀な部下を持っている。――そうだな。容姿はまさに生き写しだ」
「ですが、俺はレーネ・フォーサイスです。全くの別人で、敵国の騎士。重ねて見ることはどうかお辞め下さい」
そう。俺はセレネにはなれないし、なる気もない。かといってこの顔を利用して王族に取り入るほどの忠誠心は持ち合わせていないし、それは第3王子の役目だ。
俺の言葉を聞いた国王は、何故か面食らった様子でパチパチと何度か目を瞬かせ、
そして。
――グンッ
「ちょッ――んんッ!!」
――ドサッッ
国王は所在無げに漂っていた俺の腕をつかみ、恐ろしいほどの力で引っ張ってきた。想定外の衝撃に俺は抵抗もできずによろめき、座っている国王を跨ぐ状態で膝の上に乗ることになってしまう。慌てて上から退こうとした俺の腰を両腕ごともう片方の腕で拘束するように抱き、掴んでいた腕を離したかと思うと俺の後頭部をつかんで思いっきり――接吻をかましてきやがった。この間およそ1秒。
抵抗しようにもこの人、えぐい力強い。なんで絶賛現役の騎士よりも力で勝ってるんだ。おかしいだろ。
なんて言うのは言い訳で。――俺は、経験したことの無い状況に完全に混乱してしまっていた。
国王は何度も啄むように唇を重ね、固く閉ざされた俺の唇をこじ開けんと舌で舐め上げてくる。思わずびくり、と震えた俺の目を見つめ、彼は目を細めた。
「は、何、――ん、んぅッ!」
「――おい、口を開けろ。作法も知らんのか」
「は⁉突然接吻してこられた時の作法なんて知らな――んンンン!!!???」
し、し、舌入れてきやがったこの男。俺の口の中を縦横無尽に荒し回る舌が気持ち悪い。上顎を舌で撫であげられると、心とは別に身体がぎくりと反応し、力が抜ける。
俺の身体が強ばったのを理解したらしい王は、腰の拘束を緩め、服越しに股関節を撫で上げてきた。そして、服の中にーーーー。
流石にこれはもういいのではなかろうか。もし駄目でも耳にピアスとしてつけている魔具でこの男の狼藉も録画できているし、これはもう、
ーー魔法を使っても。
ざぁ、と風が吹く。徐々に徐々に強くなって行くそれは、俺の意思を紡いで風の刃へと姿を変えていく。草花があり得ない力に煽られて地面から引き離され、宙を舞ってはぼとりぼとりと地面に落ちていく。いくつもの風の刃が国王の首へとその切っ先を向けて。
ようやく、国王は俺を手放した。
牽制のために魔法は解放したまま、とりあえず相手の手の届かないところまで脱出し、乱雑に口を袖で拭う。どちらのものとも分からない唾液がひどく気持ちが悪かった。
俺の魔力を感知したアリアたち部下がやってくるのも時間の問題だ。既に、ヘイデル王国の騎士たちが慌てた様子で此方に駆けてくるのが視界の端に映っている。顔を青ざめさせてぶるぶると震える俺とは反対に、国王はとっても楽しそうに悪辣な笑みを浮かべている。そして、まるで見せつけるかのように舌なめずりをした。
「な、んの真似です。俺はセレネ・ブライトじゃない」
「あぁ。そうだな。確かにお前はセレネじゃない。性格が真逆だ」
「なら、」
これまで以上の怖気が俺の全身を駆け巡る。
「あぁ。セレネはまるで、囲い愛でたくなるような可愛らしさだった。」
「お前は、屈服させ、恥も外聞もなく啼かせたくなるような可愛らしさだ」
「なぁーーレーネ」
そう囁くように告げた国王の目は、どろりと欲望に染まっていた。
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