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青空の下にて
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しおりを挟む俺が生まれ、そして育ってきたフィオーレ王国は、その昔は長い歴史を持つ強国であった。周囲の小国を軒並み占領して植民地とし、長きにわたって多大な富と繁栄を得てきたフィオーレ王国だったが、戦争を重ねれば重ねるほど、当然恨みや憎悪を買う訳で。
百年前ごろから強大化してきた隣国のヘイデル王国が、フィオーレ王国の植民地の民を唆し、革命への応援という形で戦争を仕掛けてきたのが五十年前。それからというもの、フィオーレ王国とヘイデル王国は絶え間なく戦争を繰り返している。
しかし最近になって、徐々に戦況は悪化し、フィオーレ王国は敗北を重ねるようになっていった。何しろ、ヘイデル王国はとにかく戦争が上手かったのだ。向こうの騎士団は非常に優秀な指揮官がいるらしく、フィオーレ王国騎士団は何度も何度も苦渋を飲まされる羽目になった。
そして遂に。
「この度は、停戦協定に同意してくださったこと、か、感謝いたします。近年の両国の衰退は顕著であり、この度の停戦協定、り、両国にとって必ずや利益となりましょ――」
我が主人、第3王子の噛みまくりの口上を聞き流しながら、俺はぼんやりと周囲に目を向ける。上座に悠然と座る王族の皆様と、それに対面するように立ち、敬礼する俺達フィオーレ王国一行。
そして、俺達を左右から囲むようにずらりと並んでいるヘイデル王国の貴族や騎士。彼らの目には、ガタガタと震える第3王子への軽蔑、侮蔑がありありと浮かんでいた。
まぁ、無理もない。
元々フィオーレ王国が不利に立ったのだって、当代の陛下が無能すぎるのが悪いのだ。権力だけを笠に着た傲慢な王族には、国民や騎士団だってかなり不満を抱えている。
まして、こんな不利な条件で停戦協定を結ぶなんて。
「御託はいい。第3王子殿、ヘイデル王国へようこそ。貴殿には我が息子、ルキナの側妃として学園に共に通い、花嫁修業をしてもらう。よく学び、よく仕えることを願っている」
「ひ、ヒィ」
あからさまな嘲りを含んだ国王の言葉に、周囲からどっと笑いが上がる。正妃や王子も上品に――されど嘲笑を含みながらくすくすと嗤っている。要約すれば、性奴隷としてがんばれよ、と言われているようなものだ。
ついには腰をぬかし、涙さえ浮かべてみっともない声を上げる情けない我が主の姿に、俺は思わず大きな溜息を吐いた。
静寂。――視線が集まる。
「――貴様!!一介の騎士の分際で溜息など、陛下への不敬に当たるぞ!!!」
貴族の1人が俺を指さしながら憤慨したように叫ぶのを皮切りに、周囲の雑魚共がわぁわぁとここぞとばかりに罵詈雑言を浴びせかけてくる。俺は、それら全てを無視して第3王子を庇うように前に立ち、真っ直ぐ上座の王族を見上げた。
流石に、完全に敗戦国としてここに来た訳ではないのに、この待遇はあんまりではなかろうか。……というのは建前で、第3王子はともかく、護衛としてついてきただけの俺達までこんな扱いをされてはたまったものではない。
ここにいるフィオーレ王国の騎士は全員俺の部隊の部下なので、なんとしてでもそれなりの安寧を手に入れておく必要があるのだ。
「恐れながら発言させていただきます」
「貴様!!不敬ぞ!!!」
「――良い。名を名乗り、兜を取れ」
尚も三下っぷりを見せつけて騒ぐ貴族を一声で黙らせた国王は、何故か随分と機嫌が良い。先程までの冷徹な無表情に微笑みすら浮かべて俺を見つめている。ーー何故だか、それがどうにも嫌な予感を掻き立てた。
しかし、俺とて譲れないものがある。なんとしてでもヘイデル王国を自由に観光して、美味しいものをたくさん食べたい。あわよくば海とか見たい。
俺は兜を外し、蒸れから解放された顔を振って少ししっとりした髪をどかし、一度小さく新鮮な空気を吸いこんだ。
何故か、再び謁見室から一切の音が消え去っている。
「寛大なお言葉感謝いたします。私はフィオーレ王国近衛騎士団第3部隊隊長、レーネ・フォーサイスでございます。
……お言葉ですが、我が主を敗戦国の捕虜を扱うが如き対応、護衛騎士として許し難いものでありましたので発言させていただきます。ーー此度はあくまで停戦協定。両国の立場に事実上の上下はないと理解しておりましたが」
……静寂。
何故か、幾ら返事を待っても一向に反応しない王族貴族達を見上げ、俺は首を傾げる。
「……あの、」
「ーーーーセレネ?」
ポツリ、と聞き覚えのない名が、謁見の間に異様に響く。
俺を凝視したまま呟いた国王や、王族の皆様の顔は、歓喜と驚愕に濡れていて。
何故か、それに酷く寒気がした。
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