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番外編
君がいるだけで。
しおりを挟む(ノア+レーネ)
※学園編での物語ですが、時系列的に本編とはレーネの心的状態に矛盾が生じます。あくまでifとしてお楽しみいただければ幸いでございます。
「ノア」
「ん?」
「……何言おうとしたか忘れた」
俺がそう言って惚けると、ベンチに腰掛けて昼餉を広げ始めていた彼は「なんだそれ」とクスクスと笑った。そして、ぼんやりと広場の風景を見つめている俺の顔を覗きこみ、日の光を反射してキラキラと煌めく黄金色をゆったりと細める。
少し前のめりになるノアをチラリと見下ろすと、楽しそうに微笑んだ彼と目が合う。
「思い出せよ。気になる」
「んー、すっかりさっぱり忘れた」
「いーよ。いつまででも待ってやるから」
そう囁くように呟いたノア。何処までも甘く優しいその声に、周囲のベンチに腰掛けていた生徒達がときめいたように胸に手を押さえるのが視界の端に映る。でも残念、言われているのは俺なので。
なんとなく彼等が気に食わなくて、心の中で盛大にマウントを取りながら差し出されたサンドウィッチを咀嚼する。いつまででも待つ、と言ってくれただけあって、それ以降特に違う話題に行くでもなく、ノアは静かに俺の言葉を待ってくれている。
俺の言葉を、待ってくれる人がいる。その事実がどうしようもなく嬉しくて、知らず頬が緩んでいく。次第に何故か楽しいような気分になってきて、俺はクスクスと仄かな笑いをこぼした。
「なぁに笑ってんだよ」
「んー、幸せだなーって」
そんな俺のだらしない声を聞いた途端、ノアは直様嬉しそうにぱちぱちと目を瞬かせ、俺の頭をワシワシと撫でてくれる。俺は、その優しさだけを煮詰めたような手つきの心地よさにに目を閉じて、擦り寄るように彼の肩に頭をのせた。すると、彼も忍び笑いを漏らして俺の頭に更に被せるようにして頭をのせてくる。
お互いに寄り添うようにもたれ掛かった俺たちには、自然と周囲からの視線が集まって来ていたが、そんなことはどうでも良かった。ノアがいれば、いい。
食べかけのサンドウィッチを敷布を乗せた膝に置き、ノアの手を享受する。ーーああ、言いたいこと、思い出した。
暖かい空気に絆されて、次第に眠くなってきたのかシパシパと目を瞬かせているノア。彼の方を向き、その荒い指先を両手で弄りながら、小さく内緒話をするように呟く。
「ノアが俺のものだったらいいのにな」
「んー?」
「ねえノア、もしフィオーレ王国とヘイデル王国が仲良くなったらさ」
それは、ありもしない未来の話。
「俺のものになって」
ずっと、一緒にいてほしい。
彼の目を見ないようにしながら無責任な理想の話をする俺を、ノアは静かに見つめている。
絶対に実現することのない夢。俺はフィオーレ王国の人間で、ノアはヘイデル王国の人間。戦争を繰り返す2つの国が仲良くなる日は、来るのだろうか。
いつかーー何十年何百年先にでも、そんな日がこればいいと思う。そう思えるようになった。それは、横に座る彼と、王様のお陰だ。
俺が固執する狭い世界から連れ出して、新しい外の景色を見せてくれたノア。彼が、他の人にも同じように優しくするのは、なんとなく気に食わない。
ぷくっと頬を膨らませ、彼の分厚い掌を頬に添える。すると、黙って俺の話を聞いていたノアが、殊更優しい仕草で俺の頬を摘んだ。びくりと震えて彼の方を見上げると、俺よりも幾分座高の高い彼が、陽だまりのような黄金色を美麗に輝かせて俺を見つめていた。そのあまりにも優しい瞳に、ふわふわと心が温められていく。
「バーカ。やだよ」
「え、」
「俺はお前の部下になりてぇわけじゃねえからな。他の奴と同等になる気はねぇよ」
背もたれから身を起こし、ショックに固まってしまった俺の両頬にふわりと優しく手を添えた彼は、溌剌とした明るい笑みを浮かべると、俺の額にぴたりと彼の額を添える。そのまま身体を引き寄せられ慌てて落ちそうになったサンドウィッチを手で掴んで、なんとか事なきを得た。……あ、ソース手についた。
思わずジロリと近くにあるノアの目を睨み上げるけれど、彼はものすごく楽しそうにケラケラと笑っていて。憎めないその笑みに俺までなんだか面白いような気分になってしまって、思わず笑い声を上げてしまった。
ポカポカと暖かい広場に、のどかな風が吹く。葉の紅葉と月の光が美しい季節。ノアのおかげで、この季節が好きになったよ。
ああ、あったかいなぁ。第3部隊の皆以外で、新たにこんなに近くにいても安心できる人が現れるなんて夢にも思わなかった。他の人だったなら、多分咄嗟に斬り殺してしまっているだろうな。
「俺は、レーネの中の唯一になりたいよ。たった1人の特別だ」
「ノア……」
「だから、ぜってぇ他に親友なんて作るなよ」
甘やかな彼の独占欲が、俺の渇いた心を満たしていく。そら恐ろしい程の充足感が俺を包み込む。ーー逆らうことなく目を閉じた。
どうか、安心してほしいと思う。そんなこと言われなくても。俺にもう、彼以上の友人なんて出来るはずもないのだ。
俺は彼の鍛え上げられた身体からゆっくりと離れ、元の位置に戻ってサンドウィッチを頬張る。そして頬を緩めた。やっぱり酢漬けの野菜よりも、生野菜の方が美味しい。モグモグと咀嚼する俺を何処か呆れたように見下ろした親友。しかし食事は鮮度第一であると知っているからか、彼もすぐに用意した昼餉に手を伸ばした。無言の空間に、周囲の会話の声だけが心地よく響いてくる。
キラキラと美しく輝く青い空を見上げ、息を吸う。そして、一瞬たりとも雲些細な動きすら見逃さないようにじぃいっと見つめた。そのまま視線を下げ、広場で対話を楽しむ生徒達、勉強をする生徒達をぐるりと見回し、最後に隣に座るノアを見つめた。微笑みかければ、微笑み返してくれる人。
胸が詰まるような苦しい感覚がして。ーーああ。
この、尊くて美しい光景をいつまでも覚えていたい。
沢山の偶然が折り重なって出会った人々。彼等との時間を、いつまでも忘れないで大切にしたい。
俯いてしまった俺を心配するように覗き込んでくるノアに、苦笑を返す。すると、彼は何処か複雑そうに唇を噛み締めた。
「ノアー」
「なんだ?」
「俺が帰っても、俺よりも大切な友人作らないで……」
ああ、酷い事を言ってしまった。目を見開いたノアに、俺は自嘲的に唇を噛み締める。だって、俺は彼に何を言われようと、この先長く生きていくであろう彼を置いていくのに。まるで枷を嵌めるような事を言ってしまった。
慌てて「ごめん、忘れて」と笑みを作って彼の顔を見上げると、ーーぷくうっと頬をこれでもかと膨らませたノアと目があった。
え、何それ……可愛い……。え……?」
「口に出てんだよ!!可愛くねーわ!」
「いやいやいや……君それ何処で覚えてきたの……?可愛すぎるよ……」
「うるせーーー!!!そんなことよりだな!!」
俺の両頬をつまみ、サイドに引っ張られる感覚。いひゃい。
思わず涙目になる俺を見つめ、彼は美しい陽だまりを輝かせて、告げるのだ。
「俺は、お前だけの親友だ!だからお前も俺以外に親友なんて作るんじゃねーぞ!!」
俺だけの。ーー俺だけの、特別。
台風のように激しく押し寄せてくる多幸感に、顔中の表情筋が機能を失っていくのがわかる。にへら、とだらしない笑みを浮かべて頷いた俺に、ノアも漸く納得してくれたようで。満足そうに頷くと、摘んでいた両頬を優しく撫でて離した。そして、食後ののクッキーを差し出してくれる。
如何にも美味しそうにキラキラと輝くそれを受け取り口に入れると、紅茶の風味がふわりと口の中に広がった。わあ、美味しい。練り込まれているらしい果実との相性も素晴らしい。思わずキラキラと目を輝かせると、照れたように頬を掻いたノアが、またしても何処か乱雑な仕草で頭を撫でてくれた。
この感触も、忘れたくないなあ。
「ふふ、ふ」
「何笑ってんだよ」
「んーん、俺、ノアが生きてるだけでなんだって出来そうな気がする」
『なら、国裏切って俺んとこ来いよ』なんてほんの微かな声が、風のざわめきに混じって俺の耳に届く。が、きっと彼は聞かせるつもりはないのだろうから、俺も聞こえないふりをしてやるのだ。
モグモグと箱の中に詰められたお菓子を遠慮なく食べていく俺の姿を、ノアは立てた膝に肘をついてぼんやりと見つめている。ベンチに足を立てるなんてノア以外なら無作法を咎めるところだけど、ノアなら許す。可愛いから。
宝石箱のような箱の中身がすっかり空になってしまった所で、ノアが優しい手つきで俺から缶奪い取った。そして淀みない手付きで広げたカップや敷布等を片していく。その動きをなんとなく目で追いながら、俺は静謐に微笑んだ。
まるで、運命のようだと思う。
「ノア、君は俺の運命かもしれないね」
思った事をそのまま口にすれば。
「あ?決まってんだろ?俺の運命の相手もお前だよ」
そう言って、陽だまりのような彼は、優しく笑ってくれるのだ。日の光を背後に立つ彼の姿があまりにも眩しくて美しくて、俺は彼に抱きつくことで、仄かな淋しさを隠すのだった。
ああ、なんて近くて遠い。
「……………なんだあれ。ーーーなんっだあれ」
「言いたいことはわかるぞ」
周囲の惨状をまるで気にする事なく去っていった彼等は、いい加減責任を取るべきであると思う。
一般生徒その100位の位置に君臨するモブであると己を自覚している青年は、目の前で地面に突っ伏している友人を見つめ、深い溜息を吐いた。言うまでもないことだが、突っ伏しているのは彼だけではない。周囲には友人と同様に地面に突っ伏している者を始め、血反吐を吐いて呻いている生徒や鼻血を垂らして虚空を見つめている生徒たちなど様々だ。これはひどい。
その原因を作った張本人たちは、一切そんな惨劇を気にする事なく自分たちの世界であったが。ーー生徒その100は知っている。少なくとも、ノア・シトリンは敢えてやっている。此方に見せつけている。
「もうさぁあ?よくね????フォーサイス様もこっちに来ちゃおうぜ??俺たち大歓迎よ?あああ無理、フォーサイス様が虐げられるとかまじで無理耐えられない今のうちにあの鈍色王子殺しとく??」
「錯乱すんな。……てか、律儀にフォーサイス様呼びなのな。呼びにくくねーの」
「前レーネ様ってなんも考えずに呼んだらシトリン様にエグい目で見下された挙句滅茶苦茶マウント取られた」
わぁ。
相当怖かったのだろう。当時のことを思い出したらしい友人が突っ伏したままガタガタと身体を震わせている。
「……あれで付き合ってないだもんなぁ……人間って不思議だ」
「俺の中ではもう付き合ってるけどな」
「それは知らんがな」
相互依存もいいところだと思うが、そういう訳でもないのだから本当に不思議である。お互いに自立しているからこそ、清き友情として成り立っているのだろうか。
ーーまあ。
「なんにせよ、推せることだけは確かだな」
「それな??????」
うん、とりあえずお前は鼻血拭け。
ガバッと身を起こした友人のベタベタな顔をみた生徒その100は、呆れたように息を吐いて手巾を差し出すのだった。
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