春宮くんは靡かない。

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4. 春宮くんは貧乏人。

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 春宮 梓は貧乏大学生である。

 具体的には『麗明大学』という難関大学の理学部に所属する大学生(貧乏)だ。所謂難関大学という括りの中では中間くらいの難易度なのだが、『麗明大学』は校舎も綺麗で学内施設も整っており、非常に人気のある大学である。
 かく言う梓も第1志望の学校だった。奨学金制度も整っており、学園が認める成績優秀者になれば奨学金は返さなくても良くなるというそれに惹かれて入学した。

 とはいえ。


「梓、おはようー!今日も顔死んでんな」
「……はよ。課題で徹夜」
「うわぁー、俺やってもねーわ」
「俺もー。やってない奴の方が多そう」


 ルーズな友人達に囲まれながら、自分を維持するのは存外難しい。
 彼等のように適宜サボり自由に遊ぶ事もまた、「大学生」としての魅力だと思う。それを出来ずにいる自分は、本当に大学生として人生を楽しめているのか。

 無言で講義の準備を始めた梓に、げらげらと笑っていた友人達もいつしか気遣わしげな視線を寄越してくる。


「梓さ、サークルとか入んねぇの?もっと楽しもうぜ。折角の大学生なんだから」
「入らない。時間ない。金ない」
「そんな3段活用みたいな……。てか金ないの?あんな働いてんのに」
「妹と弟に仕送りしてるから」


 今年高校2年生になった妹と、中学3年生になった弟。我儘言いたい盛りの年齢の彼等は、今厳格な祖父母の家で窮屈な思いをしているのだ。
 そんな彼等にせめて、時折自由に遊ぶくらいのお金を、と。
 
 祖父母に生活費として3万。妹と弟にそれぞれ1万。月に彼等に渡している。


「……は、多くね?お前バイト代月どんくらいよ」
「大体9万。103万超えないように調整はするけど」
「生活費4万!?いやいや、家賃は?」
「……家賃2万」
「どんなボロアパートだよ!!!こわっ!!」


 なんだと。確かに壁は薄いし鍵は壊れているけれども。5畳くらいはあるし案外過ごしやすいのだ。それに大家さんも中々ルーズで良い人だし。
 そう言えば、友人達は何故かすっかりドン引きした様子で梓を見つめた。

 所謂「パリピ」に属する友人達は、何故か梓のような愛想のない人間のそばに居て心配までしてくれる。その事が嬉しくて、梓はほんの少しだけ頬を緩めた。


「あ、あずにゃんスマイル。なんで今?」
「何その通称……」
「激レアかつキュートだからついた。見てほら俺の手、梓のこと抱き締めたくて痙攣してるから」


 成程、ぶるぶると異様に震える友人達の手元を見つめ、梓は彼等と少しだけ距離をとる。彼等は「そんなあずにゃんも好き……」等と妄言を吐いて倒れていった。あずにゃん呼びやめてほしい。

 しかし、「とまぁそれは置いといて」と復活してきた友人は、殊更心配そうな表情で梓を見つめる。首を傾げれば何故か溜息を吐かれ、「そういうとこだよ」とよく分からない苦情を言われた。
 

「まじでさ、金なら貸すし家もルームシェアするくらいはできるからさ。しんどくなったら来いよ?」
「俺2人暮らし無理だわ」
「ねぇ梓くん?今そういう話じゃないよね?」
「ルームシェアっていうから……」
「聞いてくれるかなぁ???」


 ニッコリ笑顔で梓の両肩を掴んだ友人。

 
『俺の愛人にならないか』


 友人の姿が、昨日の「ヤバい奴」と重なって、梓は思わず身を捩る。昨日とは違って簡単に拘束は外れたものの、顔を上げると、彼等友人は不審そうな顔で梓を見下ろしていた。

 ーー傷付けて、しまっただろうか。俄に焦る梓だが、その考えは一瞬で払拭された。


「…………。ちょっと梓何だその反応」
「え?今あずにゃん怯え……?え?」
「梓、なんかあった?」


 次々と身を乗り出して迫り来る友人達。彼等の目には一様に心配の色が宿っていて、梓は柄にもなく嬉しくなってしまった。
 
 
「……あー、昨日、バイト先で」


 「愛人契約」を持ち掛けてくる男に出会ったこと。
 其奴にバイト終わりまで待ち伏せされ、道で壁に押し付けられて執拗に迫られたこと。
 何故か、自分の個人情報を把握していたこと。

 全てを話し終えた梓は満足気に息を吐いた。


「いやいやいや、なんでそんな余裕なん?家出よ?絶対ストーカーじゃんそれ。やばいよどうする『冬木』、俺らのあずにゃんが変態の魔の手にあわわわわ」
「落ち着け『秋穂』。なぁ梓、本当に大丈夫か……いや、大丈夫じゃないんだ。家も絶対にバレてるだろ?もし家に来られたら家賃2万のセキュリティで梓を護れるか?」
「鍵壊れてるから無理だな」
「うん引っ越して?」


 3人の友人こと、冬木、秋穂、夏海は心配そうに梓を見つめ、既に引っ越し先の住宅を決めようなんて話を始めている。しかし、2万以上の家賃の所だと梓は生活に困って飢え死んでしまうので、彼らには申し訳ないがこの先も引っ越すつもりはない。
 その事を伝えると、彼らは何故か梅干を丸ごと食ったかのような渋い顔になってしまった。

 真剣に会話している彼らには申し訳ないが、機能の男は不審者と言えど何故かやたら聞き分けは良かったから、きっと唯のおふざけだと思うのだ。
 「愛人契約」なんて男が男に持ちかけるものでもないし。


「……とにかく。マジでなんかヤバそうな奴がいたり気配を感じたら、直ぐに警察と俺達の誰かに伝えろ」
「優先順位とか決めといた方が良いんじゃなーい?」
「確かに。じゃあ冬木→秋穂→俺にするか。俺バイトあるし、冬木はバイトしてないだろ?」
「長期休暇で荒稼ぎするからな」
「じゃあそれで」


 ……。梓がぼんやりとノートに目を落としている間に、勝手に連絡網が決まっていた。とはいえそれは彼らなりの優しさと最大限の譲歩だと思うので、梓は有難く受け取ることにした。










ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

冬木(20)
梓の友人その1。1浪している。
テニサーに入っていて夜は飲み会盛り。長期休暇で荒稼ぎするタイプ。

秋穂(19)
梓の友人その2。
同じくテニサーに入っていて夜は飲み会盛り。塾講をしている。喋り方が緩い。

夏海(18)
梓の友人その3。
まだ誕生日が来ていない。
軽音サークルとテニサーを掛け持ちしていて3人の中では1番忙しい。カラオケでバイトしている。
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