上 下
46 / 85
第3章 神都の覇者

3ー12 決行

しおりを挟む
 3ー12 決行

 「そんなわけが!」
 俺は、苦笑いした。
 すべてを失った俺。
 家も、財産も、何もかもを義兄に奪われた。
 元婚約者のロウランすらも奪われて。
 一人だった。
 ずっと、孤独だった。
 俺は。
 生き残ることに必死で、誰かを愛することなんて二度とないと思っていた。
 なのに。
 俺は。
 俺は、胸の中にとどめていた何かが溢れそうになるのを懸命にこらえていた。
 あの小さなチヒロが、俺を狂わせる。
 俺は、認めたくなかった。
 それでも。
 俺は、あの子供のことを愛していた。
 自分の憎しみを、復讐を諦めるほどに俺は、チヒロのことを思っていた。
 俺は、机に顔を伏せて呻いた。
 知らなければよかった。
 気づかなければ。
 この思いに気づかなければよかった。
 俺は、チヒロの騎士だ。
 あの子を守らなくてはいけない。
 どんなものからも、チヒロを守りたい。
 あの子の幸いだけが俺の心を癒してくれる。
 だから。
 俺は、笑顔で生け贄になれるんだ。
 「リータ、このこと、チヒロは?」
 俺は、リータに訊ねた。
 リータは、答えた。
 「チヒロは、知らないだろうね」
 リータは、にやりと笑う。
 「あの子は、ね。自分の気持ちさえ知らないのさ」
 「どういうことだ?」
 俺の質問にリータは、答えた。
 「あんたたちは、同じなんだよ。お互いを思って、お互いを傷つけずにはいられないのさ。ただ、望めばそれですむことを。お互いにお互いが触れることもできずにいるんだよ」
 「それでも」
 俺は、リータに告げた。
 「俺は、自分の生きる道を変えることはできん」
 俺にできるのは、チヒロのためにカイロバーンたちとの約束を守ることだけだ。
 そうすれば、チヒロにとって安全で優しい居場所が与えられる。
 それからしばらく俺は、チヒロを避けて過ごした。
 屋敷をあけて、マイヒナのもとで暮らした。
 学園にも行かなかった。
 チヒロは、なんとかして俺に会おうとしていたが、ことごとく拒んだ。
 そして。
 カイロバーンたちとの約束の時がきた。
 カイロバーンたちは、俺がウルマグライン魔法学園を卒業するまで待ってくれるつもりだったらしいが、俺が頼んで約束の時を早めてもらった。
 俺は、カイロバーンと共に神族しか入ることを許されないこの神都ライヒバーンの深部へと案内された。
 「今ごろ、サイラスが君の従者のもとに赴いてその力を封じる魔道具をはずしているだろう」
 「コントロールできるのか?」
 俺は、カイロバーンに訊ねた。
 チヒロと繋がっている俺以外にチヒロの力を制御できる者はいない。
 カイロバーンは、俺に向かって首を振った。
 「我々に与えられた時間は、10分だ」
 10分間。
 それが魔法を解かれた神都ライヒバーンが持ちこたえられる限界だった。
 カイロバーンは、俺を長い白銀の通路の奥にあるこの神都ライヒバーンの中心部へと導くと目を閉じた。
 遠く離れても魂を同じくするカイロバーンとサイラスは、繋がっている。
 「時間だ」
 カイロバーンが目を開くと同時にこの神都ライヒバーンのすべてを制御している魔法核がその光を失っていった。
 チヒロの力が解放されたのだ。
 この数年でかなり力を増しているチヒロの魔法解除能力は、すぐにこの神都全体を機能不全へと導く。
 今、この神都ライヒバーンからすべての魔法の光が消え去った。
 カイロバーンは、停止した魔法核へと手を伸ばすとそれを開いた。
 中から長い銀髪を体に絡ませたまま眠っているカイロバーンたちによく似た美少女が現れた。
 カイロバーンは、彼女を愛おしげに抱き締めその裸の体にそっと持っていたローブをかける。
 そして。
 「ヘルレイザ-辺境伯、頼む」
 「おう!」
 俺は、上着を脱ぐとそのまま魔法核へと足を踏み入れた。
 そして。
 中からそれを閉じる。
 それと同時にチヒロの力を操りもと通りに封じていく。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

【完結】イケメン騎士が僕に救いを求めてきたので呪いをかけてあげました

及川奈津生
BL
気づいたら十四世紀のフランスに居た。百年戦争の真っ只中、どうやら僕は密偵と疑われているらしい。そんなわけない!と誤解をとこうと思ったら、僕を尋問する騎士が現代にいるはずの恋人にそっくりだった。全3話。 ※pome村さんがXで投稿された「#イラストを投げたら文字書きさんが引用rtでssを勝手に添えてくれる」向けに書いたものです。元イラストを表紙に設定しています。投稿元はこちら→https://x.com/pomemura_/status/1792159557269303476?t=pgeU3dApwW0DEeHzsGiHRg&s=19

【完結】父を探して異世界転生したら男なのに歌姫になってしまったっぽい

おだししょうゆ
BL
超人気芸能人として活躍していた男主人公が、痴情のもつれで、女性に刺され、死んでしまう。 生前の行いから、地獄行き確定と思われたが、閻魔様の気まぐれで、異世界転生することになる。 地獄行き回避の条件は、同じ世界に転生した父親を探し出し、罪を償うことだった。 転生した主人公は、仲間の助けを得ながら、父を探して旅をし、成長していく。 ※含まれる要素 異世界転生、男主人公、ファンタジー、ブロマンス、BL的な表現、恋愛 ※小説家になろうに重複投稿しています

過食症の僕なんかが異世界に行ったって……

おがこは
BL
過食症の受け「春」は自身の醜さに苦しんでいた。そこに強い光が差し込み異世界に…?! ではなく、神様の私欲の巻き添えをくらい、雑に異世界に飛ばされてしまった。まあそこでなんやかんやあって攻め「ギル」に出会う。ギルは街1番の鍛冶屋、真面目で筋肉ムキムキ。 凸凹な2人がお互いを意識し、尊敬し、愛し合う物語。

毒/同級生×同級生/オメガバース(α×β)

ハタセ
BL
βに強い執着を向けるαと、そんなαから「俺はお前の運命にはなれない」と言って逃げようとするβのオメガバースのお話です。

記憶の欠けたオメガがヤンデレ溺愛王子に堕ちるまで

橘 木葉
BL
ある日事故で一部記憶がかけてしまったミシェル。 婚約者はとても優しいのに体は怖がっているのは何故だろう、、 不思議に思いながらも婚約者の溺愛に溺れていく。 --- 記憶喪失を機に愛が重すぎて失敗した関係を作り直そうとする婚約者フェルナンドが奮闘! 次は行き過ぎないぞ!と意気込み、ヤンデレバレを対策。 --- 記憶は戻りますが、パッピーエンドです! ⚠︎固定カプです

猫が崇拝される人間の世界で猫獣人の俺って…

えの
BL
森の中に住む猫獣人ミルル。朝起きると知らない森の中に変わっていた。はて?でも気にしない!!のほほんと過ごしていると1人の少年に出会い…。中途半端かもしれませんが一応完結です。妊娠という言葉が出てきますが、妊娠はしません。

夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト

春音優月
BL
真面目でおとなしい性格の藤村歩夢は、武士と呼ばれているクラスメイトの大谷虎太郎に密かに片想いしている。 クラスではほとんど会話も交わさないのに、なぜか毎晩歩夢の夢に出てくる虎太郎。しかも夢の中での虎太郎は、歩夢を守る騎士で恋人だった。 夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト。夢と現実が交錯する片想いの行方は――。 2024.02.23〜02.27 イラスト:かもねさま

処理中です...