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第1章 奈落へ

1ー12 モゲモゲの人形

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 1ー12 モゲモゲの人形

 俺が40階層へと降りる日。
 朝飯の後、チヒロが小さなモゲモゲの人形を俺に手渡した。
 「やる」
 「なんだ、これ?」
 俺は、チヒロに訊ねた。
 チヒロは、薄汚れた顔を真っ赤にして小声で告げた。
 「お守り、だ」
 はい?
 俺が目を点にしているとチヒロは、さっさと逃げるように奥の部屋に去ってしまった。
 俺は、モゲモゲの人形をぶら下げてポカンとしていた。
 このモゲモゲの人形は、普通、旅に出る恋人のために女が小さな藁の人形に自分の髪を忍ばせてお守りとして渡すものだ。
 なんで、チヒロが俺に?
 キョトンとしている俺にクルスが笑いを堪えながら言った。
 「いいじゃないか、チヒロなりにお前を心配してるんだろ。受け取っといてやれよ」
 はぁ?
 俺は、仕方なくそのモゲモゲの人形を腰に下げている剣の塚にぶら下げた。
 いや。
 こんなのつけてると、まるで、俺のことを心配している恋人がいるみたいじゃないか。
 俺は、必要最低限の荷物をまとめた小さな皮の鞄をかつぐと40階層へと旅立った。
 奈落は、大きな縦穴の周囲に魔族やら魔物が住む町が点在している。
 俺たちが住んでいる場所は、37階層にあるザナンの町と呼ばれる町だ。
 そこから次の大きな町までは、40階層まで降りなくてはならない。
 普通は、40階層に行くには数週間かかるが、俺は、数時間で行ける。
 俺は、龍人だからな。
 最下層から37階層までジャバロックがきたように俺は、精霊魔法で奈落の空洞を飛んで40階層までワープすることができるのだ。
 俺は、37階層の奈落の空洞に面した崖の端へと歩いていくとそこからポン、と下へと飛び降りた。
 うん。
 何度やっても気味が悪いな。
 なんだか、魂が地獄へと引き寄せられていくような感覚だ。
 俺は、スピードを増していくのを感じていた。
 そろそろ40階層ぐらいだなと思って俺は、腰の剣を抜いた。
 それは、クルスにもらったものだが、なんでもかなりの業物なのだという。
 俺は、剣を40階層付近の壁に突き刺すと落下していく自分自身の体を止める。
 腕にぐん、と体重とか重力やらがかかって剣がきしむ。
 俺は、反重力のイメージをする。
 すると、俺の体がふわりと浮かんだ。
 俺は、近くの壁にある空洞へと飛び移った。
 薄暗い穴のどこかから声がきこえた。
 「兄さん、すごいねぇ。奈落を飛んでくるなんて」
 目をこらすと岩壁のそばに女が一人、腰を下ろしてキセルをふかしていた。
 女は、魔物の一種のようだ。
 俺は、剣を握る手に力をこめた。
 俺の殺気を感じたのか女は、にぃっと笑った。
 「物騒な兄さんだねぇ」
 俺は、油断なく身構えていた。
 女は、一人のようだ。
 こんな場所にふさわしくないヒラヒラした薄絹をまとい、岩壁にもたれて座っている。
 だが、ここは、奈落の40階層だ。
 ただの女が一人でいていい場所じゃない。
 女は、ふふっと笑い声をあげると俺に向かって言った。
 「おっかないこと」
 「どっちが、だ?」
 俺は、剣を構えたまま女にじりじりと近づいていった。
 女は、近くの岩にポンとキセルを叩きつけると声を強めた。
 「やめときな、兄さん。死にたくなければね」
 ごうっと女から立ち上った殺気に俺は、身動きできなくなる。
 やはり、ただの魔物じゃない!
 女は、ゆらりと立ち上がると俺に近づいてきた。
 「おや、おや。お守りかぇ?」
 俺が持っている剣にぶらさがっているモゲモゲの人形を見て女が微笑んだ。
 「兄さん、心配してくれるお人がいるんならなおさら命は大事にしないとねぇ」
 
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