上 下
155 / 176
第15章 魔王国

15ー1 聖樹

しおりを挟む
 15ー1 聖樹

 クロノフさんは、わたしを王城の庭へと案内してくれた。
 そこは、すごく静かで清浄な場所だった。
 精霊たちがふわふわと飛び交っている。
 クロノフ様は、わたしを一本の大樹のもとへと導いた。
 「これは」
 わたしは、その木に精霊が集っているのを見た。
 この木がこの場所を浄化し、聖別しているのだ。
 「聖樹?」
 「わかりますか」
 クロノフさんが懐かしそうに聖樹の幹を撫でた。
 「この木は、かつて精霊国よりもたらされた聖樹の生き残りなんです」
 クロノフさんが低いよくとおる声で話した。
 「あなた方のいた大陸では、聖女が柱と呼ばれるものを守っていますね?つまり、あなた方がいた大陸は、聖女によって瘴気やら汚れというものから守られています。この暗黒大陸では、それが聖樹なのです。我々の大陸では、聖女の代わりに聖樹が世界を守っているのです」
 「そうなんですか」
 わたしは、そっと手を伸ばして聖樹へと触れた。
 聖樹から突然、誰かの記憶のようなものが流れ込んできて。
 わたしは、驚いて手を離す。
 「これは?」
 「あなたには、聖樹の記憶が見えるのですね」
 クロノフさんが微笑んだ。
 聖樹の記憶?
 「聖樹には、その木がそこで過ごした時の記憶が残されています。それを読み取ることができるのは、『光の乙女』だけです」
 クロノフさんがわたしの手をとりそっと聖樹へと触れさせる。
 「この木の記憶の中にすべてが残されているのです」
 聖樹からわたしの中へと膨大な時間の流れの中でのこの木の記憶が流れ込んでくる。
 遡っていく記憶の中には、ルチアーノ様とよく似た黒髪の獣人とわたしとよく似た銀色の髪の獣人がこの木の下で出会い愛を育んでいった記憶もあった。
 二人は、とても幸せそうで。
 やがて二人には子供ができて。
 それは、青銀色の綿毛のような癖毛の赤ん坊だった。
 二人は、この子供を愛し育てていたが、ある日、この木の下で悲劇が起きた。
 銀色の髪の人と赤ん坊が一緒に聖樹の下で過ごしていたとき、突然、現れた刺客が銀色の髪の獣人の女を殺して赤ん坊を連れ去った。
 銀色の髪の人は、最後まで赤ん坊を守ろうとしていた。
 しばらくして黒髪の男の獣人が戻ってきた。
 その人は、どうやら戦場から駆けつけたばかりのようで。
 姿を変えてしまった番を抱き締めて涙を流していた。
 それからは。
 もう、ずっとその男の獣人は、聖樹のもとを訪れることはなかった。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私が豚令嬢ですけど、なにか? ~豚のように太った侯爵令嬢に転生しましたが、ダイエットに成功して絶世の美少女になりました~

米津
ファンタジー
侯爵令嬢、フローラ・メイ・フォーブズの体はぶくぶくに太っており、その醜い見た目から豚令嬢と呼ばれていた。 そんな彼女は第一王子の誕生日会で盛大にやらかし、羞恥のあまり首吊自殺を図ったのだが……。 あまりにも首の肉が厚かったために自殺できず、さらには死にかけたことで前世の記憶を取り戻した。 そして、 「ダイエットだ! 太った体など許せん!」 フローラの前世は太った体が嫌いな男だった。 必死にダイエットした結果、豚令嬢から精霊のように美しい少女へと変身を遂げた。 最初は誰も彼女が豚令嬢だとは気づかず……。 フローラの今と昔のギャップに周囲は驚く。 さらに、当人は自分の顔が美少女だと自覚せず、無意識にあらゆる人を魅了していく。 男も女も大人も子供も関係なしに、人々は彼女の魅力に惹かれていく。

俺に王太子の側近なんて無理です!

クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。 そう、ここは剣と魔法の世界! 友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。 ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

ぽっちゃり令嬢の異世界カフェ巡り~太っているからと婚約破棄されましたが番のモフモフ獣人がいるので貴方のことはどうでもいいです~

碓氷唯
ファンタジー
幼い頃から王太子殿下の婚約者であることが決められ、厳しい教育を施されていたアイリス。王太子のアルヴィーンに初めて会ったとき、この世界が自分の読んでいた恋愛小説の中で、自分は主人公をいじめる悪役令嬢だということに気づく。自分が追放されないようにアルヴィーンと愛を育もうとするが、殿下のことを好きになれず、さらに自宅の料理長が作る料理が大量で、残さず食べろと両親に言われているうちにぶくぶくと太ってしまう。その上、両親はアルヴィーン以外の情報をアイリスに入れてほしくないがために、アイリスが学園以外の外を歩くことを禁止していた。そして十八歳の冬、小説と同じ時期に婚約破棄される。婚約破棄の理由は、アルヴィーンの『運命の番』である兎獣人、ミリアと出会ったから、そして……豚のように太っているから。「豚のような女と婚約するつもりはない」そう言われ学園を追い出され家も追い出されたが、アイリスは内心大喜びだった。これで……一人で外に出ることができて、異世界のカフェを巡ることができる!?しかも、泣きながらやっていた王太子妃教育もない!?カフェ巡りを繰り返しているうちに、『運命の番』である狼獣人の騎士団副団長に出会って……

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

念願の異世界転生できましたが、滅亡寸前の辺境伯家の長男、魔力なしでした。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリーです。

悪役令嬢は毒を食べた。

桜夢 柚枝*さくらむ ゆえ
恋愛
婚約者が本当に好きだった 悪役令嬢のその後

【完結】異世界で急に前世の記憶が蘇った私、生贄みたいに嫁がされたんだけど!?

長船凪
ファンタジー
サーシャは意地悪な義理の姉に足をかけられて、ある日階段から転落した。 その衝撃で前世を思い出す。 社畜で過労死した日本人女性だった。 果穂は伯爵令嬢サーシャとして異世界転生していたが、こちらでもろくでもない人生だった。 父親と母親は家同士が決めた政略結婚で愛が無かった。 正妻の母が亡くなった途端に継母と義理の姉を家に招いた父親。 家族の虐待を受ける日々に嫌気がさして、サーシャは一度は修道院に逃げ出すも、見つかり、呪われた辺境伯の元に、生け贄のように嫁ぐはめになった。

処理中です...