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1ー11 もう、どうなってもいいのかも。

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 1ー11 もう、どうなってもいいのかも。

 辺境伯が立ち去るとキーンがほぅっとため息をついた。
 「いい人に出会えてよかったですね、ラムダ様」
 「ああ」
 僕は、頷くとベッドから出ようとして足をおろした。
 しかし、すぐにキーンに止められた。
 「無理はされないでください、ラムダ様。まだお疲れなのですからしばらく安静にされてくださいませ」
 「でも、いつまでも辺境伯に甘えているわけにはいかないだろう?」
 僕は、しかたなくベッドに戻りながらキーンに訊ねた。
 「僕たちが行くはずだった屋敷は?」
 「それが」
 キーンが言葉を濁した。
 「ラムダ様がお休みの間にちょっと見てきたのですが酷いボロ家でとても人が住めるようなところとは思えません」
 なんですと?
 キーンは、にこにこしながら白磁のティーカップを差し出した。
 ほのかにお茶のいい香りが辺りに漂う。
 僕は、カップを受け取ると一口飲んだ。
 美味しい。
 「これは、この辺境伯領で作られた紅茶だそうですよ。ほんとに裕福な、いい土地のようでよかったです」
 キーンが安堵した様子で微笑んだ。
 「ここは、素直に辺境伯のご厚意に甘えさせていただきましょう、ラムダ様」
 「でも」
 「大丈夫です、ラムダ様」
 キーンが僕ににこりと笑いかけた。
 「メイソン辺境伯は、ラムダ様をどうこうしようとは思っておられない様子ですし」
 「・・・本当に?」
 僕が訊ねると、キーンが力強く頷いた。
 「間違いなく本当です!私の勘はよく当たるんですからね」
 そうかもしれない。
 僕は、少し口許が緩むのを感じた。
 確かに、昔からキーンの勘には助けられてきた。
 今度も、きっとキーンの勘ははずれないだろうし。
 ただ。
 僕は、あやうんでいた。
 僕の魔力の味を知った人々は、みな変になってしまう。
 それほど、僕の味は甘美なのだろう。
 あのヤマトもそうだった。
 僕と魔力交換をしたために僕の魔力の味に溺れてしまった。
 そして、それ以上の魔力交換を拒んだ僕を陥れた。
 メイソン辺境伯がそうではないなんて言いきれない。
 僕は、もう二度と僕の味に溺れた人にかかわり合いたくはかなった。
 だけど。
 僕は、さっきの辺境伯の指先の感覚を思い出していた。
 それは、それでいいのかもしれない。
 王都の人々に蔑まれ見捨てられた僕だ。
 もう、どうなってもいいのかもしれない。

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