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2 花嫁と痴話喧嘩

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   気がつくと学園の医務室のベットの上だった。
   そして、なぜか、僕のすぐ目の前に見知らぬ少年たちがいた。
   少年というには、だいぶ大人びたその二人は、どこかで見たことのある二人だった。
  ああ。
   さっきの新入生たち。
   思い出していた僕のことを、その二人は、心配そうな顔をして覗き込んでいたが、僕が正気づいたことに気づくと、真剣な表情をして彼らは、言った。
   「大丈夫か?我が花嫁よ」
   「はい?」
    僕は、瞬きをした。
   何を、彼は、言っているんだ?
  「こら、お前が、いきなりそんなことを言うから、花嫁が驚いてしまったじゃないか」
   黒髪の整った顔つきをした背の高い少年が、隣にいる茶髪の眼鏡をかけた優しげな印象の少年を横に押しやろうとしながら言った。茶髪の少年も、負けずに、黒髪の少年を小突きながら言った。
   「お前も、同罪だ!」
   二人は、僕の前で睨みあった。
  「き、君たち、やめなさい!」
    僕は、慌てて起き上がると、二人を止めに入った。
   「君たち、何?どうして、争っているの?」
   「それは」
   二人が、ほぼ同時に言った。
   「こいつが俺の花嫁を横取りしようとしてるから!」
      「とりあえず」
   僕たちは、場所を学園内のカフェテラスへと移して、話し合うことにした。僕は、殺気だっている二人に、にっこりと微笑みかけて言った。
   「まず、自己紹介からしてみようか。僕は、田中  真弓。この学園の国語の教師だよ」
   「俺は、滝本   天音。でも、それは、仮の名で、本名は、剣の王、ケイレス」
   黒髪の強面っぽい少年が名乗った。
   はい?
   僕は、少し、笑顔が強ばるのを感じた。
   「俺は」
   次いで、茶髪に眼鏡の少年が名乗った。
   「五月  奏。本当の名は、剣の王、スレイアス」
   「ええっ?」
   何を、この二人は、言っているんだ?
   僕は、慌てて、両手で二人の口許を押さえて、二人を黙らせた。
        彼らが、今、名乗った名は、僕が書いている小説『神々の地と二人の剣の王』に出てくる主人公たちの名前だった。そして、それは、この世界で禁じられている書物だった。
   僕は、二人に静かに言った。
  「それは、ここで、口にしては、いけないこと、だよ」
   「ああ?」
   滝本  天音、こと、ケイレスが不服そうに僕を見下ろして言った。
   「何だ?それ」
    「お前の名など、花嫁は、口にしたくもないのだ。理解しろ。愚か者め」
   五月   奏、別名、スレイアスが、鼻で笑うのを見て、滝本くんが憎々しげに言った。
   「お前も、それは、同じだろうが。間抜けが」
   「なんだと!」
   「ま、待ちなさい!二人とも」
    僕は、二人の間に割って入った。
   「その・・君たちだって、知ってるんだろう?ここでは、そういうのは、禁じられているんだってこと」
      僕は、小声で二人に言った。二人は、僕に顔を寄せてきいた。
   「そういうのって?」
    「だから」
    僕は、少し、いらっとしながら言った。
   「ファンタジー小説、だよ」
   「小説、か」
    滝本  天音が、渋い顔をした。
   「確かに、そんなものもあったな」
   「お前、大ファンじゃん」
    五月   奏がにやついて言った。
   「特に、自分が女といちゃついてるとこがお気に入りなんだよな」
   「誰が、いちゃついてるんだ!」
    おんな?
   僕は、二人の話に、首を傾げた。
    なんだ、それ?
   僕は、二人の会話を黙って聞いていた。
   「まったく、この世界は、ろくなとこじゃねえ。男しかいない世界って、なんだよ」
    滝本   天音がぶつぶつ言うのをきいて、五月   奏が、バカにしたような顔で笑った。
   「女の尻ばかり追いかけてるお前には、ちょうど、いいんじゃないか?女神セナも味なことをする」
    「俺は、お前と違って、男の尻を追いかける趣味はないからな」
   「貴様!俺を、愚弄するのか!」
    五月  奏が、滝本   天音のブレザーの制服の胸ぐらを掴んでいるのを、止めながら、僕は、言った。
   「やめなさい!二人とも」
    僕は、言った。
   「よくわからないけど、とにかく、ここで、そんな話は、してはだめだ。来た早々、放校処分になりたくなければ、ね」
       「学校なんて、どうでも、いいんだ。俺は、あんたが手に入りさえすれば、それでいい」
    滝本  天音が、突然、僕の腕を掴んで僕を引き寄せて、僕の肩を抱いて言った。すると、それを見ていた五月   奏が無理矢理、僕を滝本  天音から奪い取ってぎゅっと強く抱き締めて言った。
   「これは、俺のもの、だ!手を出すな、天音!」
   「お前こそ、人のものに手を出してんじゃねぇぞ!奏!」
   二人は、何を、言ってるんだ?
   僕は、なんとか、二人の手を逃れて言った。
   「僕は、誰のものでもないよ。それに、君たち、そのリング・・君たちは、パートナー同士だよね?」
   「ああ?」
    二人は、お互いが手首にはめている銀色のリングをじっと見つめて、信じられないほど嫌そうな顔をして見せた。
      「最悪、だ」
    「まったく、な。何で、よりにもよって、お前とこんなことになってるんだ」
    お互いに、相手を見るのも嫌だというように顔を反らしている二人を前に僕は、考えていた。
   ケイレスとスレイアス、か。
   僕の書いているファンタジー小説の中に出てくる二人の主人公たちは、長年にわたって憎しみあい、いがみ合っていた。
   二人とも、剣の王を名乗り、世界の覇権を争って戦い続けていた。
    そういえば。
    滝本  天音は、ケイレスのイメージにぴったりだし、五月  奏は、スレイアスのイメージそのままだった。何より、二人の瞳。ケイレスの金色の瞳に、スレイアスの天上の青といわれる碧眼まで、二人は、二人の王に似ているのだった。
        だが。
   僕は、頭を振った。
   そんなわけが、ないじゃないか。
    あれは、空想の中の話にすぎない。
   二人とも、たぶん、本当に、『神々の地と二人の剣の王』のファンなんだ。
    そう思うと、僕は、なんだか胸が熱くなった。こんな若者たちが禁じられた物語であるにもかかわらず、僕の書いた物語を読んで、ここまで、その世界にのめり込んでいるんだ。
   僕は、心底、感激していた。
   だけど、こんな公衆の面前でそれを口に出して争うなんて、危険すぎる。しかも、二人は、パートナー同士だというのに、まるで、本当に憎しみあっているかのようだった。
    まさか。
    僕は、思った。
   そんなわけは、ない。この世界において、リングの交換は、もっとも、神聖で、尊いことだった。
    「君たち、痴話喧嘩なら、もっと、目立たないところでしてね」
   僕は、二人に理解をしめしてにっこりと笑った。二人は、口々に、文句を言っていたが、それも、きっと、すぐに収まるに違いない。なにしろ、二人は、パートナーなのだから。
        物語の中のケイレスとスレイアスは、確かに、犬猿の仲だったんだけどね。
   僕は、ふっと笑った。
   「本当、仲がいいほど喧嘩する、か?二人とも」
    二人が衝撃を受けたみたいな表情を浮かべているのを、僕は、不思議な気持ちで見つめていた。
   「なんだ、こんなところで、早速、生徒たちと交流か?」
   僕が振り向くと、征一郎が立っていた。僕は、少し、ほっとして言った。
   「征一郎」
    僕の親しげな様子を見て、二人の少年の顔つきが険しくなった。だが、僕は、かまわず征一郎に向かって、立ち上がって近寄ると彼を見上げて言った。
   「さっき、僕が倒れたとき、迷惑かけたんじゃないかと思って」
   「いや」
    征一郎は、優しく微笑んだ。
   「お前が倒れると同時に、この二人が駆け寄ってきて、そして、どっちがお前の解放をするかでもめ出したから、俺が、お前を抱いて、医務室まで運んだ。それより、もう、大丈夫なのか?真弓」
        「ああ」
   返事をして、僕は、頬が赤らむのを隠せなかった。僕は、できるだけ、素っ気なく言った。
   「お陰さまで、なんともないよ。たぶん、寝不足だったんだと思うよ」
   「なら、いいんだが」
   征一郎が僕の肩をそっと抱いて、滝本  天音と、五月  奏に向かって、笑いかけた。
   「あまり、こいつに絡んでやらないでくれよ、君たち」
   「何だと!」
  滝本  天音が身を乗り出したのを、五月  奏が押さえて言った。
   「すみませんね、あんた、誰?」
    「津宮、だ。君たちの物理の教師だ」
   「津宮、先生、ね」
   五月   奏が、にっこりと征一郎に笑いかけて言った。
   「それじゃ、俺たちは、これで、失礼します。あの、津宮先生」
   「なんだ?」
    きいた征一郎のことを冷ややかな目で睨み付けて、五月  奏は、言った。
   「くれぐれも、真弓に手を出したりは、しないでくださいよ。さもないと」
    「さもないと?」
    征一郎が、背中が凍りそうな声を出してきいた。五月  奏は、動じることもなく、にやりと笑った。
   「あんたのこと、どっかで見たことあるんですよ、俺。真弓に、正体ばらされたくなければ、おとなしくしてろよな」
    五月  奏の言葉に、すぅっと征一郎は、目を細めた。
   「それは、怖いな。気を付けるようにするとしよう」
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