転生したら本でした~スパダリ御主人様の溺愛っぷりがすごいんです~

トモモト ヨシユキ

文字の大きさ
上 下
10 / 28

9 恋する魔導書

しおりを挟む
    王都の衛星都市であるフリンクスの町は、クーナから馬車で一時間ほどのところにある手工業の盛んな町だとクリスが言った。
    馬車で町を通っている時に車窓から見える町の人々の着ている洋服には美しい刺繍が施されていた。
    「きれいな刺繍だな」
     俺が言うと、クリスが応じた。
    「しばらく男爵邸に留まる予定だから、ゆっくりと町の観光もできるぞ」
     「マジで?」
     少し浮かれ気味の俺にアークは、冷ややかな視線を送っていた。
   「ユウ、お前にはもっと別の仕事があるだろう?」
    「仕事?」
     「俺の妻としての仕事、だ」
      アークの言葉に、俺は、ぱちくりしていた。
    妻としての仕事?
    俺は、きいた。
    「なんだよ、いきなり」
   「いきなりじゃない。私のことをないがしろにして遊び呆けている場合ではないと言いたいんだ」
    「ようするに」
     クリスが俺に笑いながら言った。
    「もっと、自分にかまってくれってことだろう?」
    「な、何を」
     アークが真っ赤になって弁解しようと慌てている。
   「俺が言いたいのは」
    「はいはい」
     クリスがアークを制した。
    「心配しなくても、ユウは、浮気なんてしないって」
    はい?
   俺は、驚いてアークを見つめた。アークは、真っ赤になったまま、目をそらす。
   何?
   俺は、頬が緩んでくるのを堪えきれなかった。
  もしかして、この人、俺が他の奴にとられるんじゃないかって心配してたわけ?
   ばかじゃね?
     俺の笑いは、止められなかった。
   ニヤニヤしている俺を見て、クリスが言った。
   「はい、ユウは、もうニヤニヤしない。君は、プリンセスなんだぞ。プリンセスは、そんな笑い方しないんだからね」
    そ、そうなんだ。
    俺は、頬を引き締めようとした。
    だが、ニヤニヤ笑いは、なかなか消せなかった。
    そうこうしているうちに、馬車は、町の中心にあるガーゴリウス男爵邸の前へと到着した。
    御者は、馬車を馬車止めにつけ、ドアを開いた。
   まず、クリスとアークが馬車を降り、続いてディエントスとアルカイドが降りた。
   最後に俺がドレスに気を付けながらステップを降りようとすると、アークが手を差し出した。
   「どうぞ、プリンセス」
    「ほえっ?」
     俺は、思わず変な声を出してしまってから、はっとしてアークの方を見つめた。そして、彼の手をとるとゆっくりと馬車から降りた。
    ドレスと同じダークグリーンのヒールの高い靴をはいていた俺は、少し体がぐらついたが、すぐにアークが俺を抱き止めてくれた。
   「大丈夫か?ユウ」
    「だ、大丈夫。ありがと」
     俺は、頬が熱くなるのを感じて、慌ててアークから体を離した。
    なんだこれ?
     まるで、俺、恋する乙女みたいじゃん。
       俺たちは、すぐに中へと通された。
  屋敷の中には、すでに、たくさんの人々が集い、音楽が流れていた。
   舞踏場の入り口の付近でもう人々のざわめきが伝わってきていて、俺は、緊張で心臓が口から出そうだった。
    アークは、俺の手をそっと握ると、囁いた。
   「安心しろ、ユウ。お前には、俺がついてる」
    俺の心臓がとくん、と跳ねた。
    なんだ?
   このときめきは。
   俺は、ぶんぶんと頭を振った。
   しっかりしろ、俺。
   このアークは、俺の夫だけど、本当は、見かけだけの使えない男だぞ!
   というか、俺、こいつと出会ってから、こいつのカッコいいところなんて一度も見てないし。
    でも。
    俺は、アークの手を握り返した。
   ほっとけない奴、だ。
   俺たちは、扉の前に立った。
   静かに扉が開き、アークとクリスの名が呼ばれた。
   「王国騎士団長、クリストファー・エリオット様と、魔導師団長、アークラント・ダンクール伯爵」
    俺は、アークに手を引かれて歩き出した。
    まばゆいシャンデリアに照らされた舞踏場が一斉にざわめいた。
   クリスとアークに挟まれて歩いていく俺の姿に人々が注目しているのがわかった。
   特に、女の人たちの視線が痛かった。
   なんだろう。
   この敵意に満ちた視線は。
   クリスがそっと囁いた。
   「アークは、こう見えてもこの国の結婚したい男性No.1の男だからな」
    そうなんだ。
    俺は、クリスに訊ねた。
   「ちなみに、クリスは?」
    「私は、二番手だよ」
      マジで?
     俺は、心の中でちっと舌打ちした。
    じゃあ、俺、今、この国の女の人たちが狙ってる男のNo.1と2に挟まれてるわけだ。
   なんか、殺気すら感じるなぁ。
      俺たちを舞踏会の主催者であるガーゴリウス男爵が出迎えた。白髪混じりの茶色い髪の、なかなかの美男子であるガーゴリウス男爵は、クリスとアークに礼をとって言った。
    「私どもの開いた舞踏会にお出でいただき、感激しております、殿下、それに、ダンクール伯」
    「盛況なことで何よりだ」
      クリスが柔らかい物腰でガーゴリウス男爵に応じていた。しばらく、当たり障りのない会話が続いた後で、男爵は、いよいよ、興味津々にきいてきた。
    「で、こちらの美しいお嬢様は?」
    「彼女は」
   クリスは、咳払いをすると少し、声を高めて言った。
   「事情があって、詳しくは明かせないのだが、東方の国の姫君で、今は、我々の大切な客人であるユウレスカ・ホソカー姫だ」
    「ユウレスカ、です。よろしく」
     俺は、男爵へと手を差し出して微笑んだ。
    ガーゴリウス男爵は、ぽうっと頬を赤らめると俺の手をとりそっと口づけた。
   「なんと美しい。このような可憐な姫君をお招きでき、大変、光栄に思います。どうか、楽しんでお過ごしください、ユウレスカ姫」
    うわぁ。
   俺は、背筋が ぞわっとするのを隠して、そそくさと手を引っ込めた。
    よかった。
    淑女は、手袋をするのがしきたりだとメイドさんに言われて手袋してて。
    アークが俺の手をとって、さっと男爵の前から連れ去ると、窓際のアンティークな椅子へと俺をエスコートした。
    俺が椅子に腰かけるとアークは、通り掛かった使用人が持っていたトレーの上の飲み物の入ったグラスを取り、俺に差し出した。
    「ありがと」
    俺は、グラスを受けとるとこくっと一口飲んだ。
   甘い。
      俺は、ごくごくっと一気に飲み干した。
   クリスがぎょっとして俺に言った。
   「ユウ、大丈夫か?酒なんて飲んで」
    「大丈夫だよ」
    俺は、しゃっくりをしながら答えた。
   「これぐらいジュース、だよ、ジュース」
    「マジか?」
     クリスが俺からグラスを取り上げると、アークに言った。
   「もう、飲ませるなよ、アーク。一曲も踊らずに舞踏会を終わらせるわけにはいかないんだからな」
   「いいさ」
    アークが平然として言った。
   「どうせ、こいつの踊る全ての曲は、俺が相手をするんだから」
    そして、アークは、俺に手を差し出すとにっこり微笑んだ。
   「私と一曲踊っていただけませんか?ユウレスカ姫」
    俺は、なんだかふかふかしていたが、アークの手をとって微笑みを浮かべて見せた。
   「喜んで」
    アークは、俺の手を引いて舞踏場の中央へと進み出た。
   ざわめきが一層大きくなる。
   音楽が始まって、俺たちは、ステップを踏み出した。
   優雅に舞う俺たちに、ほぅっと人々が溜め息を漏らす。
   ざまみろ。
   俺は、心の中でべっと舌を出していた。
   これは、俺のものなんだよ。
      アークのリードは、完璧だった。
   うん。
    俺は、知らないうちに微笑みを漏らしていた。
    なんか、楽しくなってきた。
    曲が終わり、今度は、クリスが俺にダンスを申し込む。
   が、アークは、俺を離そうとはしなかった。
   次の曲も、その次の曲も、アークは、俺と躍り続けた。
   夜も更けて男爵邸の客室へと案内された俺に、アークは、キスしてそっと囁いた。
   「今夜、一番、美しかったのは、お前だ、ユウ」
    アークは、俺の頬に口づけした。
   「おやすみ」
    そして、アークは、俺とディエントスとアルカイドを残して部屋を立ち去った。
    「おやすみ、アーク」
     俺は、なんだかわからないけど高鳴る胸を押さえて立ち尽くしていた。
   なんだよ。
    俺は、溜め息をついた。
    何が、魔導師団長  ダンクール伯爵、だよ。
   俺にとっては、ただのアークじゃないか。
   ただの、アーク。
   ただの俺の、アーク。
   愛しい、男。
   ああ。
   俺は、胸元を両手で押さえて目を閉じた。
   俺、恋しちゃってるんだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

【完結】僕の大事な魔王様

綾雅(要らない悪役令嬢1巻重版)
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。 「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」 魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。 俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/11……完結 2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位 2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位 2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位 2023/09/21……連載開始

竜人息子の溺愛!

神谷レイン
BL
コールソン書店の店主レイ(三十七歳)は、十八歳になったばかりの育て子である超美形の竜人騎士であるルークに結婚を迫られていた。 勿論レイは必死に断るがルークは全然諦めてくれず……。 だが、そんな中で竜国から使者がやってくる。 そしてルークはある事実を知らされ、レイはそれに巻き込まれてしまうのだが……。 超美形竜人息子×自称おじさん

こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果

てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。 とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。 「とりあえずブラッシングさせてくれません?」 毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。 そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。 ※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

この道を歩む~転生先で真剣に生きていたら、第二王子に真剣に愛された~

乃ぞみ
BL
※ムーンライトの方で500ブクマしたお礼で書いた物をこちらでも追加いたします。(全6話)BL要素少なめですが、よければよろしくお願いします。 【腹黒い他国の第二王子×負けず嫌いの転生者】 エドマンドは13歳の誕生日に日本人だったことを静かに思い出した。 転生先は【エドマンド・フィッツパトリック】で、二年後に死亡フラグが立っていた。 エドマンドに不満を持った隣国の第二王子である【ブライトル・ モルダー・ヴァルマ】と険悪な関係になるものの、いつの間にか友人や悪友のような関係に落ち着く二人。 死亡フラグを折ることで国が負けるのが怖いエドマンドと、必死に生かそうとするブライトル。 「僕は、生きなきゃ、いけないのか……?」 「当たり前だ。俺を残して逝く気だったのか? 恨むぞ」 全体的に結構シリアスですが、明確な死亡表現や主要キャラの退場は予定しておりません。 闘ったり、負傷したり、国同士の戦争描写があったります。 本編ド健全です。すみません。 ※ 恋愛までが長いです。バトル小説にBLを添えて。 ※ 攻めがまともに出てくるのは五話からです。 ※ タイトル変更しております。旧【転生先がバトル漫画の死亡フラグが立っているライバルキャラだった件 ~本筋大幅改変なしでフラグを折りたいけど、何であんたがそこにいる~】 ※ ムーンライトノベルズにも投稿しております。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

婚約破棄された悪役令息は従者に溺愛される

田中
BL
BLゲームの悪役令息であるリアン・ヒスコックに転生してしまった俺は、婚約者である第二王子から断罪されるのを待っていた! なぜなら断罪が領地で療養という軽い処置だから。 婚約破棄をされたリアンは従者のテオと共に領地の屋敷で暮らすことになるが何気ないリアンの一言で、テオがリアンにぐいぐい迫ってきてーー?! 従者×悪役令息

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

処理中です...