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11 新しい世界

11ー11 春になれば

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 11ー11 春になれば

 いよいよタリアさんが自分の肉体に別れを告げる日がやってきた。
 それは、雪がしんしんと降り積もる静かな日のことだった。
 朝から大公閣下とレイアさんがタリアさんにつきっきりで一緒の時間をすごしていた。
 肉体の核となる部分を取り出す手術の予定時間は昼過ぎごろだったが、二人は、なかなかタリアさんから離れようとはしなかった。
 「ほんとに、お父様も、お母様も、大袈裟ですわね」
 タリアさんは、笑いを含んだ声でわたしに話した。
 「これが今生の別れというわけでもありませんのに」
 予定の時間をだいぶ過ぎてからようやく大公閣下とレイアさんが部屋をでていった。
 ライナス先生が最後の診察をするとこの後の手術のために調合された気分を静めて深く眠らせるための薬をタリサさんに飲ませた。
 ライナス先生がちらっとわたしをみてから黙って部屋を出ていく。
 ううっ!
 先生の視線が痛い!
 いつか、すべてを話せるときがきたら、きっと何もかも話してきかせたい。
 わたしがどこからきたのか。
 そして、なぜ、こんなことが可能なのかを。
 ライナス先生が部屋を出て私と二人っきりになるとタリアさんが笑うように吐息を漏らした。
 「どうかした?タリアさん」
 わたしがきくとタリアさんは答えた。
 「あなたとライナス先生は、いつ、結婚するの?」
 はいぃっ?
 突然の思いがけない質問にわたしは思わず動揺が隠せなかった。
 「そ、そんなっ!しませんよっ!そんな」
 「あら、そうなの?」
 タリアさんは、わたしに訊ねた。
 「なぜ?あなたもライナス先生ももう立派な大人だし、2人は、はっきりと愛し合ってるってわかるのに?」
 あ、愛、ですか?
 わたしは、くらくらしてきていた。
 そんなこと、考えもしなかった。
 だって、ライナス先生は、3男とはいえお貴族様だし。
 どこの馬の骨とも知れない一般モブのしかも、先生よりもうんとサバを読んでも年上のわたしと結婚なんて!
 あり得ないし!
 「そんなことより心の準備はいい?目を閉じてゆっくりと10まで数えて」
 「はい、トガー様」
 タリアさんが目を閉じる。
 「だけど、失ってからでは遅いのよ、トガー様」
 ん?
 わたしは、だんだんと眠りに落ちながらも話し続けているタリアさんの手をとりながら答えた。
 「わかってるって」
 わたしはそう言うと、眠っているタリアさんのことを確認しながら話した。
 「わかっています」

 そして。
 タリアさんが次目覚めたのはその日の夕暮れのことだった。
 タリアさんは、目覚めるとすぐにその大きな手で枕元にいたレイアさんのことを抱き寄せた。
 「お母様!見て!わたし、動けるのよ!」
 「タリア!」
 うん。
 感動的なシーンなのだろうが見た目は、巨大な熊に絞め殺されそうになっている様にしか見えない。
 「それで?その、いつ、もとの、いや、もっと人間らしい姿になれるんだ?トガー殿」大公閣下に訊ねられてわたしは答えた。
 「そうですねクラウスさん次第ですが。きっと春までには新しい肉体を手に入れられることでしょうね」
 「春、か」
 タリアさんが慣れないゴーレムの体で朗らかな笑い声をあげた。
 「春になればさなぎが蝶になるように、タリアは、人間になるのね」
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