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8 夢魔の王と全ての夢魔の母

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     アビゲイルが死んだ。
     だが。
    腹立たしいことに、俺の世界は、変わることなく続いていた。
    俺は、変わらぬ学生生活を送っていた。
   ただ。
   あれ以来、俺は、魔法少女同好会の面々とは、関わりを持っていなかった。
    礼二郎とも。
   リリアンのことも、できるだけ遠ざけるようにしていた。
    もう、俺が、魔法少女になることは、なかった。
    永遠に。
   
    魔法乙男   キューティーバスター〈完〉
    短い間でしたが、応援、ありがとうございました。

    で。
    済めばよかったのだが、現実は、思ったより、ずっと、厳しかった。
   俺にとっては。
   ここから先は、地獄、だった。

   全ては、夏休みとともに始まった。
  その日。
   学校から帰ると、見知らぬ男が家にいた。
   「こんにちは、諭吉君」
   その色素の薄い男は、俺に、言った。
    「俺は、君のお父さんの友人で、西園寺   要といいます。しばらく、こちらで、お世話になります。よろしくお願いします」
    「ども」
    俺は、軽く頭を下げて、自分の部屋へと向かおうとした。
    俺の肩の辺りを浮遊しているリリアンがそっと言った。
    「なんか、嫌な感じがするけど、イケメンだから、許すわ」
    「なるほど」
     西園寺が低い声で言った。
    「戦闘妖精が一緒にいるということは、君が魔法乙女だということは、間違いなさそうだね」
    「何ですって?」
     振り向こうとしたリリアンを黒い影が伸びてきて、捕獲した。
    「いやぁ!助けてぇ!」
     「リリアン!」
     俺は、西園寺の方を見た。
    だが、奴は、信じられないスピードで動き、一瞬で俺の側にくると、俺を壁に押し付けて、俺の目を覗きこんだ。
     「伊崎    諭吉。お前は、二つの罪を犯した」
      俺は、真っ正面から、西園寺の瞳を覗きこんでしまった。
     そこは。
     虚無。
     深い、深い、奈落の底。
    俺の意識が薄らいでいく。
   西園寺の声が、耳元で聞こえた。
   「一つ目は、罪深い魔法乙女になったこと。もう一つは」
     奴が、俺にぎりぎりまで顔を近づけて言った。
    「アビゲイルを殺したこと」
    「それは!」
     俺が言いかけたのを遮り、西園寺は、冷ややかに言った。
    「言い訳は、必要ない」
     奴は、人差し指で俺の首元から、つぅっ、と、下へ、たどっていった。
     俺のシャツの胸もとで、指を止める。
     次の瞬間。
    力を入れる様子もなく、シャツは、切り裂かれていた。
    「お前には、罪をあがなって貰う」
     「どうやって?」
     俺は、ぼんやりする意識の中で、奴にきいた。
     「どうやって、罪をあがなう?」
    「お前には」
      西園寺が俺の顎に指をかけて、くぃっ、と、自分の方へと向かせた。
     「お前には、新しい全ての夢魔の母となって貰う」
      はい?
    俺が?
     全ての夢魔の母?
    「いや、それは、無理だから」
     俺は、言った。
    西園寺がにぃっ、と、笑った。
   「無理では、ない。何故なら、お前は、夢魔のプリンセスなのだから」
     俺は、意識がブラックアウトするのを感じた。

     気がつくと、俺は、上半身裸で、俺の部屋のベットの上に、手足を黒い鎖で縛りつけられていた。
   「何だ、これは?」
    俺は、枕元で椅子に座って俺を見下ろしている西園寺にきいた。   
   天井の隅の辺りから、リリアンが黒い鳥籠の様な檻に入れられてぶら下げられているのが見えた。
     「ちょっと、うちの子に何する気なの!」
      リリアンが言った。
      「その子を犯すなら、まず、あたしを犯しなさい!」
     リリアンの言葉に、悪いけど、俺は、すごくひいていた。
    西園寺も、そこは、ひいている様子で、俺にきいてきた。
    「何だ?この戦闘妖精は。本当に、これが、お前のパートナーなのか?」   
    俺は、そっと言った。
   「気にしないでくれ。こいつは、病気なんだ」
    「ちょっと!」
     リリアンが、キィキィ騒いだ。
    「あんたたち、何、人を病気にしてんのよ!バカなの?バカ?あんた、本当に、やられちゃうわよ!」
     「そうだな」
     西園寺は、言った。
     「これからの君の話をしようか」
     奴は、俺の上に身を乗り出して、さも、愉快そうに笑った。
     「君は、これから、夢魔の王の花嫁になる。そして、夢魔の王に抱かれ、何千、何万の新たなる夢魔を産み出すのだ」
      「マジで?」
      俺は、言った。
     「妄想中、悪いけど、俺、男なんだけど」
     「そうよ!」
     リリアンが言った。
     「こいつは、可愛いらしい外見からは、想像できないかもしれないけど、孕ませるのは無理なのよ!」
     「お前たちは、知らないだけだ」
      西園寺が言った。
     「夢魔がどうやって産まれるのかを」
       「夢魔がどうやって産まれるか?」
      俺は、きいた。
     西園寺は、指で俺の唇をなぞった。
     「知りたいか?プリンセスよ」
      「誰が、プリンセス、だ!」
      俺は、言った。
      「俺は、男だ!」
     「だから?」
      西園寺は、くっ、と、笑った。
     「お前は、何も、知らない」
      「何を」
      俺は、きいた。
     「俺が、何を知らないっていうんだ?」
      「全てを」
      西園寺が言った。
     「何もかもを、知りたいか?」
      奴は、その、奈落の底の様な瞳で、俺を捕らえた。
    「ならば、語ってやろう」
      俺は、何故か、すでに後悔していた。
     こいつに出会ったことを。
    いや。
     もっと、違う何かを。
    俺は、悔やんでいたんだ。
   
    「夢魔というものは、本来、性を持たない。取りついた人間の慾望によって、男にも、女にもなる。それが、夢魔だ。だが、例外がある」
    西園寺は、言った。
    「それが、夢魔の王と全ての夢魔の母、だ」
     「アビゲイル?」
     俺は、きいた。
     西園寺は、頷いた。
    「その、二体だけが、新しい夢魔を産み出すことができる。だが、アビゲイルは、死んだ。だから、次の全ての夢魔の母は、お前なのだ。諭吉よ」
     「ええっ?」
      俺は、心底、驚いていた。
     なんだ、それは。
     「マジで?何で、俺なわけ?」
      「それは、お前が、アビゲイルと夢魔の王の子だからだ」
       西園寺は、さらっと言った。
     俺は、一瞬、フリーズした。
    俺が、アビゲイルと夢魔の王の子?
   それは。
    俺は。
     違う。
    胸が早鐘の横に打つ。
    違う。
    俺は、夢魔なんかじゃ、ない。
    「俺は」
    俺は、言った。
    「人間、だ」
     「違う」
      西園寺が悪魔の様に笑った。
     「お前は、夢魔の王とアビゲイルの子。俺たち、全ての夢魔の兄弟、だ」
     「冗談、だろ」
      俺を覗きこんで、奴は、言った。
      「これは、本当のことだ、諭吉。お前は、我々の仲間だ」
      「マジかよ」
      俺は、呟いた。
     だが。
      俺には、ちゃんとした父親と母親がいた。
     お袋は、俺が、4歳の頃、死んだけど、親父は、生きている。
   おかしいじゃないか。
   「やっぱり、お前の言うことは、信用できない。俺には、ちゃんと両親がいる。人間の、な」
     「誰が、人間だと言ったんだ?」
      「何?」
      「お前の父と母が、人間だと、誰が言ったんだ?」
     西園寺が楽しそうに言った。
    「そんなことは、本人たちですら、言ってない筈だ」
     「むぅ」
      確かに。
    しかし、普通は、誰もいちいち、そんなこと、言わないんじゃないか?
    そう、俺が、反論しようとすると、西園寺が、俺の上に覆い被さってきた。
    「お前の父は、夢魔の王であり、お前の母は、その娘であるアビゲイルに間違いない」
     奴は、俺に、キスしてきた。
    何?
    俺は、奴にキスされていることよりも、他の事に意識がいっていた。
    夢魔の王の娘?
   アビゲイルが? 
   「おかしいじゃないか」
    俺は、奴が離れるのを待って言った。
    「アビゲイルが俺の母だというなら、夢魔の王がアビゲイルの父というのは、変、だ」
     「何が?」
     奴は、慣れた手つきで、俺のズボンを脱がせながら、言った。
     「お前の父親が、アビゲイルの父親だということか?」
     奴は、俺の体をなで回しながら、どこかしこを嘗めたり、噛んだりしていた。
     気持ちが悪い。
     俺は、吐き気をもよおしていた。
    奴は、俺の下着の中に手を入れて、俺の股間をまさぐりながら、言った。
     「お前の両親が、いわゆる、近親相姦だったということが、そんなに受け入れがたいことなのか?」
      近親相姦。 
     まさか。
    俺は、ちょっとショックで、西園寺が何をしているのかもわからないまま、叫んだ。
    「嘘だろ?嘘だと言ってくれよ、親父!」
     西園寺が一瞬、手を止め、入口の方を振り向いた。
    そこには。
    俺の親父が立っていた。
    「何をしている?」
     親父は、西園寺にきいた。
    西園寺は、ゆっくりと俺から体を離した。
   「あなたが抱く前に、露払いをしておこうかと思ったんですよ。只でさえ、処女は、扱いづらいから」
     「余計なことをするな」
     親父に言われ、西園寺は、すぐに、ベットから離れた。
     親父は、スーツの上着を脱ぎ捨て、ネクタイを外しながら、俺の元へと近寄ってきた。
     「親父?」
     俺は、言った。
     「嘘なんだよな、近親相姦なんて」
      親父は、何も言わずにシャツを脱ぎ捨て、上半身裸になった。
     「嘘だと言ってくれよ、親父!」
      「本当だ」
       親父は、俺の上に体を重ねてきた。
      「これの言ったことは、全て、真実だ」
       「嘘、だ」
       俺は、親父の体の重みを感じながら叫んだ。
     「嘘、だ!」
      「諭吉」
      親父は、静かに、俺の耳元で囁いた。
     「私の罪は、お前が産まれた時に、お前を殺さなかったことだ」
     許してくれ。
    親父の言葉を、俺は、遠く彼方に聞いていた。
    
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