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11 我々が知らず知らずの内に戦争を回避した件

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  俺は、鬱屈していた。
   俺がシエナの家で目覚めてから、もう2週間が過ぎようとしていた。にもかかわらず、黒龍たちとの連絡は、まったくとれずにいた。
    理由は、二つ。
   ここ、リッカの領というところがまったく人里離れた陸の孤島であるということ。
   それと、シエナが人を拒んで生きている世捨て人であったということ、だった。
   俺は、焦っていた。
   はやく、戻りたい。
   おそらく、黒龍たちは、俺の行方を探している筈だった。
   せめて、どこか、ちょっとした集落まで辿り着ければなんとかなるのではないか、と俺は、思っていた。
   だが、それを拒むものがいた。
   シエナだった。
  「まだ、お前の体力では、一番近い町までも辿り着けない」
   と言い張り、シエナは、俺を家から出そうとはしなかった。
   親切から言ってくれているんだと思うから、おとなしくしてるんだが、もうそれも限界だった。
   唯一の救いは、シエナが俺と一緒に流れ着いていた俺の荷物も回収してくれていたことだった。
   それは、俺の仕事道具の入った鞄だった。
   だから、俺は、この二週間の間、家にこもって、ずっと、絵を描いていた。
     そんな俺にシエナは、興味を持ったのか、俺の途中まで描きあがった作品を読んでくれたりもした。
   この世界には、文盲も多い。だが、一人でこんな人里はなれた場所で生きているというのに、シエナは、文字の読み書きができた。しかも、龍仙国の文字も読めるらしい。
    俺は、この世界に着たときから、なぜか、この世界の文字が読み書きできたんだが、それは今回の件で龍仙国以外の言葉でもありなのだとわかった。
    だが、この絵本の原画というか、原文は、龍仙国の言語で書かれている訳だから、それをそのまま読めるということは、シエナは、もしかしたら、すごい人なのかもしれない。
   シエナは、浜辺に面した高台にある小さな家で暮らしていた。
   どうやら食料は、ほぼ自給自足のようで家の前にある畑でいろんな野菜を作っていた。
   しかし、謎もあった。
   食事のおりに出てくる主食の米のような穀物は、どうやって手に入れているのか、とか、時々、食卓にのぼる何かの肉とかのようなものは、どこから入手しているのか、とか。
      俺は、そのことを確かめようと思った。
   もし、他者との交流があるのなら、せめて、その人たちから何らかの情報を得られるかもしれないと考えたからだった。
   しかし俺は、結局、シエナに何もきくことは、できなかった。
   その理由は、シエナが何か訳ありの人のようだったからだ。
   というのも、俺の『人魚姫』の原文を途中まで読んだシエナは、無言ではらはらと涙を流したのだ。
    ええっ?
   この人、そんなキャラの人じゃないよね?
   シエナは、俺の視線に気づくと、懐から懐紙を取り出して涙を拭い、ポツリと俺に言った。
   「すまない。忘れた筈の昔のことを思い出してしまった」
    それ以来、シエナは、その事について何も話さないし、俺も聞くに聞けなくなっていた。
   俺は、シエナと一緒に過ごすうちに、自分がキナの国へと布の買い付けにきたのだということを話していた。だが、シエナの反応は、薄かった。
   「青い布、か。確かに、キナの国の神であるシャナ神に捧げられる布にそういう布があるとは聞いたことがあるな。だが、それは、ごく少量しか生産されていない筈だ」
    「マジで?」
    俺は、どんどん気分が沈んでいった。
   俺の計画は、このまま頓挫してしまうのだろうか。
   俺は、それの意味するところに気づいて青ざめた。
   このままでは、俺は、借金のかたにあのエロ鬼畜眼鏡たちのいいなりになるしかなくなってしまうとうことじゃないか。
   まずすぎるだろう。
    ずん、と落ち込んでいる俺に気づいたシエナに問われて、俺は、ざっくりと自分の身の上話をした。
   あの双子が現世神とか、俺のことを神妃とかいってるとかいうことだけふせて、俺は、だいたいのところをシエナに語っていた。
    シエナは、控えめに言っても、かなり、驚いている様子だった。
   「そうか、この事業のために借金までして。それで、これが失敗したら身売りしなきゃいけないのか。なるほど」
    よし。
   俺は、頷いた。
   わかってくれたようだな。
   俺は、シエナに訴えた。
   「だから、俺は、はやく一行のもとに合流して、キナの国へと向かわないといけないんだ」
   「いや、旅立つのは、まだ、早い」
    シエナは、きっぱりと言った。
   「お前には、まだ、休養が必要だ」
    マジか。
   俺は、ちっと舌打ちした。
   シエナは、なぜ、こんなにも頑なに俺を足止めしようとするんだ?
       シエナについて俺が知っていることは、非常に少ない。
   年は、俺と同じ28才だということ。
   そう、俺は、この世界にきて、もう、1つ年をとってしまったのだ。
   なんというか。
   ほんとに、激動の一年だったよな。
   おっと、シエナのことに話を戻そう。
   シエナは、俺と同じ年であり、ある程度の教養を持った文化人であり、そして、世捨て人でもあった。
   また、シエナは、たぶん、悲しい恋の記憶があるのだろうと、俺は、思う。
   それも、おそらくは、許されない恋、だ。
   結論。
   シエナは、けっこういいとこの子だったが、許されない恋のために、この地に流刑 になっている。 
   うん。
   俺は、一人で納得していた。
   我ながら、名推理だな。
   だから、町の人々とは、距離をとっているのだろう。
   と、ここまで考えて、俺は、思った。
   だから、何?
   シエナの身の上がわかっても、俺が、救われるわけではないのだ。
   振り出しに戻って、俺は、余計に落ち込んでしまった。
   ここに来て3週間目のある朝のことだった。
    いつもより早く目が覚めた俺は、シエナの姿が見当たらないことに気づいた。
   なんだろう。
   散歩、かな?
   俺は、家の近くの浜辺に出ると、海風に吹かれながら、ぶらぶらと辺りをうろつきながら、奴のことを探した。
   そして。
   発見した。
   見知らぬ男と海辺で話し込んでいるシエナの姿を。
    見知らぬ男は、かなり立派な着物を身に付けた若い男だった。可もなく不可もない、どこといって他には、特徴のない赤毛の若者だった。
    俺は、シエナに声をかけようと思って近づいたのだが、二人は、話し込んでいてなかなか俺には気づく様子がなかった。
   「異国の神は、神妃を探しています。かなり、怒り狂っていて、もう、手がつけられないそうです。もし、見つからなければ、大陸に戦を仕掛けるとまで言って、タファの国の王を脅しているらしく、王は、近隣諸国に使者を送って、泣きついていると言うわけです」
    「ほう。それは、マシラ殿も、災難なことだな。お気の毒に」
   カラカラと笑うシエナに、若い男は、きっとまなじりを上げて言った。
   「笑い事ではありません。シエナ様。いや、王よ。いい加減、王都に戻られて、王位を継承して下さらないと。神代の頃より続く我らのキナが、あなたの代であんな訳のわからない異国の神の怒りで滅ぼされてしまうかもしれないのですよ」
    「落ち着け、シノ」
    シエナは、その若い男に言った。
   「案外、容易くその件は片付くやもしれんぞ」
    シエナは、突然、声を張り上げた。
   「そうではないかな?アマヤ」
    気付かれてる!
    俺は、立ち聞きしていたことがばれて、ちょっと気まずかったが、二人の元へと歩み寄り、言った。
   「まったく、その通りだな」
    シノが俺を睨み付けて、叫んだ。
   「こやつ、何者ですか?立ち聞きとは、無礼な」
    「いや、たぶん、お前たちが探しているお方だろう」
   シエナは、俺にきいた。
   「如何かな?神妃どの」
   「その呼び方、やめろ!」
    俺は、憮然として言った。
   「俺は、奴等の神妃になった覚えもないし、なるつもりもねぇし」
「マジかよ。本当に、ここが、キナの国なのか?」
    俺とシエナとシノは、簡単な朝飯を食べた後、一服しながら語り合った。
   「キナの国とはいえ、他国にある領に過ぎんがな」
   シエナが答えた。
   「ここは、正確には、この大陸で一番大きな国の中にある我が国の飛び地だからな」
   「しかし、神妃様がご無事でなによりで御座いました」
   シノがほとんど泣きながら言った。
   「おかげで、龍仙国との戦を回避できます」
   そう言ってから、シノは、少し、疑うように、俺を見つめてそっと、シエナに言った。
   「しかし、まことに、このお方が神妃様なのでございますか?シエナ様。なんか、ちょっと、気のせいか、その、目付きが」
   「目付きが悪くて、悪かったな!」
    俺が言うと、シノが慌てて言った。
    「申し訳御座いません。ただ、私は、若輩者故に、異国の神の、その、お好みを存じませんので」
   「俺も、知らねぇよ、そんなもん!」
    俺は、怒っていた。
    何が、戦、だ。
   俺が、見つけられないぐらいで、戦争吹っ掛けようとするなんて、なんて極悪非道っぷりなんだ!
    怒っている俺を見て、シエナが、軽く笑った。
   「まあ、現世神殿は、よっぽどお前のことを愛しているんだろうよ、アマヤ」
    「要らねぇし、そんな愛」
    俺が不機嫌そうに言うのをきいて、シエナが寂しげに言った。
   「喧嘩ができるのも、仲がいい証拠といえる。会うことすら叶わぬ者たちからすれば、羨ましいかぎりだ」
      「シエナ様」
    シノが咎めるように言った。
   「まだ、そのようなことを考えておられるのですか?」
    「いや、すまんな、シノ」
     シエナが苦笑した。
    「もう、言っても、せんないことであったな」
    「なんだよ、それ?」
    俺は、思いきってシエナに問うた。シノがすごい表情で俺を睨み付けている。シエナはというと、まったく変化のない望洋とした表情を浮かべていた。
   「この私の身の上話にも耳を傾けてくれるか?アマヤよ」
    「ああ」
    俺は、頷いた。
   「あんたがよければ、ぜひ、聞かせてくれ」
   シエナは、少し、遠くを見るような目をしていたが、やがて、語り始めた。
   「もう、10年も前の話だ。もはや、カビのはえたような、忘れられた物語だ」
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