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99.食い気味な大僧正

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「本日は雨となりますので、天斌嵐仙ティエンビンランシェン高祖の陵墓への参詣は、雨が上がった明日以降になさって下さい」

 後ろに高僧と思しき袈裟を引っ掛けた僧を2人従えたお爺ちゃんが、本日の墓参り中止を告げに来ました。

 私は卓を前に椅子に座り、質の良い香りを放つ茶杯を、そっと置きます。

 双子の鬼達と小雪シャオシュエは後ろに控えています。
コン爺と雛々チュチュは後宮にお留守番です。

「時間があまり取れないので、本日向かいたいのですが」
「それはなりません」
「何故です?」
「雨の間は陵墓に誰も入れてはならぬ。
それが吉香ジシャン寺の法印大僧正となる拙僧も含め、天斌嵐仙ティエンビンランシェン高祖が遺された教えとして、規律を守っておるのです」

 法印大僧正とは、この寺の最高位の僧侶の事で、この眉や口髭の長い、僧よりも仙人のような風貌のお爺ちゃんがそれです。

「それは如何なる理由から……」
「存じ上げません。
故に雨天の際には、これまで皇帝陛下であっても、日を変えて頂いております」

 ちょっと食い気味に、皇帝を出しましたね。
貴妃の私より身分が上の者も許してないから、従えと言いたいのでしょう。

「左様ですか。
時に1つ。
昨日ご挨拶させて頂いた高祖の霊廟ですが、建物がこの本堂よりも幾らか新しいような気がします。
普通は全て同時に建てられると思うのですが、建て替え等されたのでしょうか?」
「よくお分かりになられましたな。
以前は陵墓の北東側にありましたが、約200年程昔に場所を移したのです」
「それは何故なにゆえです?」

 私の問いに、僧より仙人とでも言いたくなる、眉や口髭の長い大僧正が、フム、と一呼吸置いて教えてくれます。

「ここは山に囲まれるような立地になっておりましょう。
数年に渡り長雨が続いたある年に裏の山が山崩れを起こしましてな。
幸い霊廟のある場所と反対方向に土砂は流れましたが、今後の事を考え、今の場所に移したのです。
陵墓も、との声が時の皇帝陛下や一部の高位貴族より上がりましたが、天斌嵐仙ティエンビンランシェン高祖の眠る陵墓は、皇城も含めて全て瑞相より定めし場。
おいそれと移す事は当時のこの寺の僧が断固として反対し、今に至るのです」

 なるほど。
風水的に良い方角に墓を建てたから、何があっても変えないぞ、と。

 確かに陵墓を中心に見て、ここは四神相応の地。
背を山にして右手側は整地された街道があり、左手にはなだらかな傾斜を描くようにして木々が生えた山道があります。
南にはこの寺を挟んで海が見えますしね。

 そして皇城から見た時にこの陵墓も、それを管理する吉香ジシャン寺も真北にあり、帝国の主の祖先の肉体を祀る場に相応しい。

 初代の生きた大和の国の将軍、徳川家康公が眠る日光東照宮も、江戸城から見た場合も含めて、そのような立地だと、当時のご贔屓さんも仰っておりました。

 ……そういえば2代目の私は陛下にその話をした事がありました。

 霊廟は仏壇のような物ですから、陵墓を陛下__高祖の家として捉えて鬼門、裏鬼門に設置したという事でしょうか。

 だとすれば、あの遺影の目線の意味も変わってくる?

「以前の霊廟は取り壊したのですか?」
「左様です」
「その際に何か出てきませんでしたか?」
「はて、特に何も。
何故です?」
「少し飾られていた高祖像の目線が気になってしまって」

 ここは隠しても、駆け引きしても無意味でしょうから、素直に話します。

「はて、そのような記述はどこにもありませんでしたな。
拙僧ら大僧正は、日々の出来事をしたためるのを義務としております。
そして必ず歴々の記録に目を通すのです。
霊廟を移すのはそうない事。
故にそのあたりの記録は覚えておりますが、数代前の皇帝陛下が跡地を取り壊す際、来訪したとあっただけでございます」

 恐らく記憶の中にある記録を、思い出しているのでしょう。
思案げな様子で語る話に、偽りは無さそうです。

「なるほど。
その記録を見せて頂く……」
「なりません。
あれはこの寺の法印大僧正のみ継ぐものですから」

 再び食い気味に、断固拒否です。

「少しだけ……」
「なりません」
「ちょびっ……」
「なりません」

 やはり食い気味に、断固拒否ですか。
そうですか……。

「わかりました。
お手間を取らせました。
それでは明日以降、雨が上がりましたら陵墓の案内をお願いします」
「そのように」

 大僧正はそう言って礼を取り、ずっと無言で後ろから圧を放っていた高僧共々、部屋から出て行かれました。
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