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72.無毒化焙じ茶

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「これはまた……」

 グイの双子に挟まれて、少女が2人。

「これ、いかに?」

 思わず小首を傾げてしまいますね。

「ゴロゴロゴロゴロ」

 あら、一緒に眠っていた蝙蝠翼の子猫ちゃんが眠たそうに起きてきました。
喉を鳴らしながら背中にスリスリしてきます。
可愛いですね。

「うっ、うっ、おね、お願い、しますっ」

 しかしゴロゴロに気づく素振りもなく、1人は雑にかき集めたかのようにグチャグチャ山になった銀銅貴金属を広げながら地べたに突っ伏して号泣。
地べたなのは小屋の中が一段上がった私の座る床以外、土床だから。
意地悪しているわけではありませんよ。

「……お願いします……助けて……下さい……」

 こちらも膝の上に移動して丸くなったこの愛らしい黒トラには全く関心を示さず、何だかやる気の無い、初代大和で見た墨絵に書かれている柳の下の飾り気のない幽鬼のよう。
もちろん私の視線は幽鬼が手に持つ大風呂敷に包まれている中身です。

 それにしても暫く見ぬ間にこのどこぞの嬪は随分とやつれ……あら、力が抜けたようにへたりこんで緩慢な動作で大風呂敷を……ふふふ、やはり金銀装飾品。

 子猫ちゃんかビクッとして私を下から上目使いに見やります。

 くっ、何ですか、この庇護欲の塊!

 心配しなくともそこの金の延べ棒をぶつけたりしませんよ、と気持ちをこめて頭を優しく撫でてやれば、再び丸くなりました。

「ふっ……うっ……」

 まあ、どうしたのでしょう?
ポロポロ、ボロボロ、ダバダバと黒灰色の瞳から流す水量がどんどん増えて……。

「死にたくないー!
わぁーん!」

 こちらも突っ伏して幼子のように曲げた腕に顔を埋めて泣き叫び始めてしまいます。

 子猫ちゃんがビクッとしたので止めて欲しいですね。

「ふむ……雛々チュチュ、いつものお茶を熱めで。
コン爺、気持ち塩気を出した餡菓子を。
小雪シャオシュエ、二胡を弾いてくれますか」
「「「はい」」」

 そう言って後ろに控えた3人はそれぞれの準備を、グイ達は外に出て出入り口を閉めます。
この小屋は色々監視されていますからね。

 大雪ダーシュエが少し前に間諜を追いかけて出て行ったくらいには、私に興味を持つ者が後宮に限らずいらっしゃるのでしょう。

 小雪シャオシュエが寝台から出戻りを果たした長椅子に腰かけ、二胡という弦楽器を鳴らし始めました。
流麗に響く音色は何とも耳に心地良く。

「うっ、うっ……ぐすっ、上手ですね……」
「このような澄んだ音色……初めて……ズビッ」

 養蚕場で見かけた下女に続き、夏花宮の嬪も落ち着きを取り戻したようですね。
顔が土と涙と鼻水で大惨事なのは黙っておきましょう。

「落ち着きましたか?
それで、そのような物を広げて大泣きなどしてどうなさったのかしら?
ああ、まずはお茶でもお飲みになって」

 もちろん意識は斜め下のキラキラ達をガッツリ捉えておりますが、視線は可愛らしかったはずの2つの顔。

 女官の真似事がとても上手くなった雛々チュチュが綺麗な所作で差し出したお茶を私も口に含みます。

 ふむ、これは私が好んで飲む焙じ茶です。
普段は安物で少し古くなった物を炒って飲むのですが……。

「お味はいかがです?」
「美味しいです……」
「ほっとする味……」

 下女も嬪も落ち着きを取り戻し、冷えた体が少しは温まったようですね。

「お気に召されたようでようございました。
頂き物の白茶を炒っています」
「いただき、物……しろ、ちゃ……」

 おや、気づきましたか?
嬪の顔色が変わり、ガタガタ震え始めます。

「ええ、貴女から頂いた白茶ですよ、ウー嬪」
「そ、そんな……ひど……」
「酷いと自覚されたのなら何よりです。
古き言葉に人を呪わば穴2つとありますでしょう?
人を呪う行為は自らも呪うようなものですよ。
特に安易な気持ちで行えば、覚悟がない分返ってきた時の痛みはかなり強いのです」

 そう言いながら、更に一口含みます。

 下女の方は怪訝な顔ですね。
恐らく毒茶の一件とは関わりがないのでピンときていないよう。

「あな、あなた、あなたのそれ……」
「ええ、同じ物ですよ。
ご自分が使った物がどのような性質か知らなかったようですね。
貴女の使った物は熱で無毒化されるのですよ」
「ど、毒?!
毒入り……」

 驚きながらの質問に答えれば、今度は下女が大きな声を出してしまいます。
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