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36.女子の業、撒き散らし過ぎ

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「投げつけたりなど致しませんよ」

 怯えた様子に思わず苦笑してしまいます。

「もしあなたが私が思う存在ならば、付け焼き刃ではありますが……」

 頭ににそっと延べ棒を置くと、ビクリと硬直してしまいましたね。
これは恐怖を感じてという類のものではないように見受けられます。

 子猫ちゃんから落ちないように支える延べ棒を通して大きくなった体に魔力を這わせ、水を魔法で生み出します。

 動物を洗う時に短時間で終わらせつつ、水を無駄にしないようにと編み出した私の独自じゃぶじゃぶ魔法です。

 ただの生活魔法の延長ではありますが、今はお留守番させている愛馬には好評なのですよ。

 それはそうとドス黒い水が大きな体から流れたかと思うと、見る間に出会った頃の子猫ちゃんへと縮みました。

「ガウ?」

 あら、キュルンとしたつぶらな瞳がキョトンと私を見返して首を捻りましたね。
何が起きたかわかっていないようです。
そしてとっても可愛らしい。

 それよりこの水、どうしましょう?

『何様よ、あの女!』
『私の方が美しいわ!』
『お慕いしております……しくしく……』
『生家の爵位は私が上よ!』
『私を見て下さいまし、麗しい陛下』
『あんな年増がどうして愛を独占するのよ!』
『ふふふ、建国の宴で引きずり下ろしてやる』

 足下の水たまりに触れていると頭にそのような様々なる女子おなごの声音が響きます。

 女子の業、撒き散らし過ぎではありませんか?
華のあるはずの後宮もなかなかのものですね。
しかし女の情念とはいつの時代もどこの世界も生々しいのが世の常なのかもしれません。

 こうした情念にはもはや慣れきっているので特に引きずられる事もありませんが、気持ちの良いものではありませんね。

 ふむ、と少し考えて……そこらにある手頃な石を拾ってきて丸く囲います。

「簡易の情念置き場と致しましょう」
「ガウッ」
「南無南無」

 子猫ちゃんも賛成とばかりに良いお返事です。
行く前に情念供養に手を合わせてみます。
気持ちの問題というやつです。

 女子おなごの念は怖いですよ。
あちらの世界の源氏物語でもそうしたお話が出てまいりますし、遥か大昔からのモテ男と女子の色恋について回る議題ではないでしょうか。

 初代の頃より今日こんにちに至るまでこうした物が視えてしまう質のようで、私の目には黒い水がモヤモヤと黒い煙を燻らせているように映ります。
しかし他の方にはただの濡れた土にしか見えないはず。

 あれ、誤って踏んだらどうなるんでしょうね?

 まあ今は私しかいませんもの。
後で立ち入り禁止の看板でも立てておけばよろしいでしょう。

「さあさ、日が落ちる前にまた鳥を狩りにまいりましょう!
たくさん狩りますよ、えい、えい、おー!」
「ガウッ、ガウッ、ガウ~!」

 意気揚々と追加の雑草の種と手頃な石を拾いながら片手に岩場へと戻ります。
子猫ちゃんに戻った子猫ちゃんも言葉を理解できるだけあって意欲的です。

 そして……。

「んっふふふふふ、大漁ですね!
鳥ですけど!」
「ガウッ」
「本日は鳥肉祭りです!
流石は後宮!
鳥はボケボケして狩り放題、おまけにふくふくと太って柔らかそうな肉質です!
平和ボケした鳥さんばかりで嬉しゅうございます!
これ、あの辛味調味料で味つけして屋台で売ったら絶対行列店になりますよ!
あー、お金儲けがしたい!」
「ガウッ、ガウッ」

 薄暗くなった夕暮れ時。
岩場で嬉々として羽根を毟る私と鳥の頭や内臓をバリバリ食している子猫ちゃんの姿。

「おい、どこの狩猟民族を後宮に入れた?!
後宮は狩り場ではなかろうに。
しかも呪いの宴を開いてるようにしか見えんぞ。
お前のいちおし貴妃は本当にアレで良いのか?!
妻とは認めぬが、本当にアレで良いのか、晨光チャンガン?!
大体、どれだけ金が好きなのだ。
おまけに妖の餌づけに成功しておらぬか?!」
「ブフォッ。
さ、流石……ブフッ……たった1日かそこらで……」

 何だか失礼極まりない評価と相変わらずの笑い上戸な声があちらから聞こえてまいりましたね。

 妖と仰っておりますから、あのお2人には子猫ちゃんが視えているのでしょうか。
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