太夫→傾国の娼妓からの、やり手爺→今世は悪妃の称号ご拝命〜数打ち妃は悪女の巣窟（後宮）を謳歌する

２.

13.パパのお願い、致しません

「と、いうわけで滴雫ディーシャ。
後宮へ入るだけ！
入るだけでいいから、入ってくれないかな？」

　入宮３か月前の、よく晴れたある日の出来事でした。

　パン、と両手を合わせて初代の世界が懐かしい拝おがみスタイルでお願いしてきたのは、今世の私のお父様。

　３歳くらいまでは爸爸パパと呼んでおりました。

「入るだけでよろしいなら、物見遊山がてらまいります。
ついでに普段こちらから会えない方々にもお会いしてまいりますね。
旅程を組みましたらお知らせ……」
「ち、違うんだ！」
「まあ、そのように必死なお顔をされて……」
「その入るじゃなくて！
旅じゃなくて！
…………だから……」

　黙っていれば女性にはおモテになるお顔立ちですのに、今はへニョリと叱られた子犬のようなお顔で黙ってしまわれました。

　少しばかり沈黙は長いですけれど、お茶でも飲みながら自発的に動くのをお待ちしましょうか。

　最近は菊花茶をよく淹れております。

　菊の風味がほのかに香り……。

「入宮、なんだ……」
「どうした事かしら？
何やら耳が悪くなってしまったよう。
今、何と？」
「ふぐっ……あ、圧が……何故か娘の笑顔から圧が……おかしいな？
威圧も覇気も纏ってないはずなのに、何でかな？」
「おどけなくてよろしいので、もう１度仰って？
お父様？」
「パパはいたって真面目……。
あ、あのね、可愛いディーシャ。
貴妃に……なってもらいたい……な、なん、て……ヒーッ！」

　ポツリと随分な爆弾を落としやがりましたわね、今世の父親は。

　そもそも間違いなく２代分の前世で鍛え上げた微笑みを浮かべておりますのに、何を女子おなごのような悲鳴を上げておりますのやら。

「何がどうなって、どういう訳で14才という世間一般的貴族令嬢であっても嫁ぐのは早い年齢で、よりにもよって爵位の低い伯の家の令嬢が、公や侯の高位爵位を生家にお持ちのご令嬢方ひしめく後宮に、嬪でもなく貴妃として入宮するのですか、お父様？」
「ふぐっ、理路整然と正論が……。
き、聞いてよ、可愛いディーシャ。
パパも断ったんだよ？
でもよりによってこの国の丞相が、あの冷酷皇帝と名高い皇帝ですらもまともにやり合ってもやり込めるあの丞相がパパを直々に呼び出して、直々に威圧を放ちながら、これまた直々に頼んできたんだよー！
パパ怖かったんだからねー！」
「怖かったじゃごさいません!!
この様子では既に【了】と返事をなさったのですね?!」
「ごめんなさーい!!」

　後宮など噂を聞くだけでも前世の頃より魔窟ではありませんか！
いえ、今の後宮は帝国となった分、前世よりも魔窟化が進んでおりますのに！
私わたくしには何の益にもなりません！

　しかしそれよりも……それ、よりも！

　＿＿今世の父も頼りになりんせんしたかー！

「すぅ、ふぅー」

　まずはひとまず胸の内で絶叫。
初代口調なのはご愛嬌です。

　大きく息を吸って、吐いて。

　菊花茶をひと口飲みます。

　心が幾分落ち着いてまいりました。

　にしても……。

「私の一挙手一投足にビクビクなさるのはお止よし下さいませね」
「うぅ、不甲斐ないパパでごめんねー。
剣舞だけは今は止めてー」
「お泣きになりながらもしれっと自己主張なさるのはよろしいのですが、それよりもお母様にこの件をお話しなさっては？
大方、お母様が怖くてまずは私に話されたのですよね？」
「うっ……いつものように仲介は……」
「致しません」
「一緒に……」
「致しません」
「お、怒って……」
「もちろん」
「良い笑顔！
今日も可愛いよ！
くっ……パパ……パパ泣いちゃうからー！」

　まあ、あれぞ脱兎のごとく、と申しますのでしょうか？

「骨は拾って差し上げましてよー」

　既に出て行ってしまいましたけれど、一応のお声かけだけはしておきます。

「さてさて、如何致しましょうねえ？」

　やはり……まずは情報収集。

「敵を知り己を知れば百戦殆うからず、と申しますもの。
それにしても……」

　今世こそ、男子おのこのように、やりて爺の続きの人生を送れると思っておりましたのに。

「いつの世も、世知辛い世の中でありますこと。
恐らくかの皇帝陛下は……」

　ふと、前世での私に公妾を望んだ、かの国・王陛下を思い出します。

「陛下……貴方様は私わたくし亡き後、どのようにお過ごしになられましたのやら」

　ふと、吐露してしまいます。

　今の私は……上手く微笑んでいるのかしら？