上 下
461 / 491

460.堕ちた魔族〜ゲドグルside

しおりを挟む
「そもそも薬の原材料が本当にあるのかも怪しいのだから」

 その怪しい情報で、この女にとって大事な局面である、イグドゥラシャ国王太子が亡くなりかけている今、遠く離れたこの国の、それもこんな辺鄙な教会に来たのでしょうに。

『あの令息につまらない痕跡を残すなら、さっさと来い。
ウチュウジンを燃やしちゃうぞ、って言っておいて』

 この女の後ろに控えているベルヌは、かの令嬢の言葉をそのまま伝えたようです。

 ウチュウジンが何なのかは、この女もわからなかったようですが、まあそこはかの令嬢の言葉ですからね。
きっと架空の言葉を作り出した上で、隠語として使ったのでしょう。

 その証拠に、この女は長らく探していた薬草にアテを付け、ここまで呼び出せたのですから。

 そして同時にその薬草が無ければ、この女の身が危うくなると、本人に行動させる事で私やベルヌに暗に知らしめている。

 あの時を戻す魔具をもってしても、この女の悠久とも思える命の時間に限りがあると、ベルヌも気づいたでしょう。

 この女が気づかないよう、ベルヌの隣で侍るジルコを見やります。

 ベルヌは気づいているのでしょうか。
彼女にかけられた魔法は、魅了ではないと。

 随分と厄介であり、この女に長年抱き続けたある種の懸念が現実となってしまいましたね。

 ジルコは魅縛されています。
私が魔人属であり、長年失われた魔法ロストマジックを興味本位で研究していたからこそ、知っています。

 この女は、間違いなく魔族。
それも同族から人界へと追放された、堕ちた魔族。

 私達魔人属は、自らの祖が魔族の中でも極端に弱体化した魔族だと、同じ魔人属から口伝として聞かされています。
口伝となっているのは、魔族でも人族でもある私達が、しかしどちらでもないとして排除されないようにする為。

 魔族ならともかく、人族がそれをすれば、魔人属が人族を滅ぼそうとする場合もあるからです。
魔人属は人族の中でも数が極端に少ない。
しかしそうできてしまえる可能性は、完全に否定できないのですよ。
魔力や身体機能は、人族の中でも随一ですからねえ。

 もちろんほぼ全ての魔人属が、それを望みはしないでしょう。

 それによって数で均衡をとれなくなれば、次の敵は自分達よりずっと力のある魔族となるかもしれませんから。

 魔族と人族が、いつから棲み分けをしているのかは知りませんし、魔族が人族に直接害を与えたがる性質かどうかも、わかりませんけれどね。

 それはともかく、魔族は何らかの禁忌を犯すと、彼らの王である魔王によって、咎人の烙印を焼きつけられるそうです。
それによって弱体化させられ、人界へと堕とす。

 そんな魔族から派生したのが、ロストマジックに識別される魅縛魔法です。
そして魔族の血を引くからこそ、本能的に察してしまうのです。

 この毒々しい赤い魔力で以てジルコを魅縛しているのは、魔族固有の魔力であり、人族の魔力とは質が異なると。

 ロストマジックだからこそ見えるのでしょうね。
それ以外の魔法を使用している時には気づきませんでした。

 とはいえ口伝がどこまで本当かも、私の推察が果たして正しいのかもわかりません。

 堕ちた魔族も、この女くらいしか私は知りませんし。

「それにあっても正しい作り方を知っているなんて事は、あり得ないのよ」
「それでも貴女は、グレインビル嬢の言葉を受けて、こうして来たじゃありませんか。
あると思うからこそでは?」

 そう、どちらにせよ、この女が焦っているのは確かです。
もちろん私がそこに気づいている事は、秘密です。

 魅縛魔法は興味がありますが、いくら私でも長らく行動を共にしてきた彼女に、それを使ったのは、不快に感じているのですよ?

 だってその魔法はあまりに醜悪です。
もし解除する前に、この女が死ねば、一生魅縛されたまま、絶望に苛まれて生きるかもしれませんからねえ。

 いつも私を叱り飛ばしたり、まるでウジ虫でも見るかのような目で私を見やる存在がいなくなるのは、存外寂しいものですからねえ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う

ひなクラゲ
ファンタジー
 ここは乙女ゲームの世界  悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…  主人公と王子の幸せそうな笑顔で…  でも転生者であるモブは思う  きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

処理中です...