上 下
273 / 491
7―2

272.挑発と呪いと古い御伽噺〜ギディアスside

しおりを挟む
「良くも悪くも、君は滅多に人に執着しない。
可愛らしい顔と優しげな雰囲気、その仕草でうまく隠しているだけで、君の本質は限りなく冷めていて、合理的だ。
だが君が執着する人間にだけはまるで正反対。
君の家族のようにね。
何があっても全幅の信頼と愛情を傾け、守り、執着する者が望む事は叶えようとする」

 1度区切って様子を観察するが、こちらには一向に振り返らない。
更に挑発するような言葉を紡ぐ。

 うまく乗せれば、明日の旅人さんの治療とやらを見られるかもしれない。
死が確定しているような心臓病の治療というものがどんなものか、知りたい。
大人しくしていられる筈がない。

「君が助けたくないのに助けるかどうかを迷うのなら、それは君の執着する何者かがそれを願っているからだ。
血が繋がらなくとも、本来の君は君の家族と同じで冷たいものなのだからね」

 そう言うとやっと反応を示してくれた。
しかしそれはあまりにも予期しない反応だった。

 彼女はふう、と息を吐いて立ち上がり、こちらを振り返る。

「小賢しい挑発だとしても僕の家族を僕と同じにするとは、呆れたことだ。
君は僕の本質こそを見誤っていると気づくべきだった。
だから君はバルトスの友にはなりきれない。
血の通わない考えを当然に持つ僕とあの人達とは根本的に違うというのに」

 明らかにガラリと気配が変わる。
きっと最後の言葉が彼女の琴線に触れた。

 顔は微笑んでいる。
とてつもなく優しく。
慈愛に満ち溢れているかのように。

 けれど全身の血流がドクドクと音を立てているかのように大きく脈打ち、冷や汗が流れる。
底冷えするほどの冷たい、食われるような圧倒的な存在感に思わず一歩下がる。
そしてそんな自分の無意識の行動に気づいて愕然とする。

 気圧された····いや····畏怖させられた?!
一国の王太子として教育され、A級冒険者として経験も積んできたこの私が。
気を抜けば、膝を着いて跪きそうになる。

 目の前の、は何だ?!

「ふっ、この程度で」

 くすりと嗤い、近づいたそれに、再び一歩下がりそうになる足を気力で留める。

「ねえ、ギディアス=イェーガ=アドライド。
愚かな同胞はらからの血縁者。
明日、くだらない好奇心を行動に移したら、殺すから」

 それは相変わらず慈愛と見紛う微笑みを浮かべ、短く区切りながらゆっくりと言を紡ぐ。

「この世界には力なき者が触れるべきではない理がいくつか存在する。
身の程をちゃんと弁えておくべきだよ?
ああ、僕に畏怖する現状に驚いてる?
君は自分を見誤ったみたいだ。
今の自分に、地位に、胡座をかかずにもっと強く、賢くなりなよ。
僕に近づくにはまだまだ足りない。
でないとこれから先は····食われてしまうよ?」

 くすくすと嗤うそれは依然として微笑んでいる。
その様子に怖気がする。

「君はある程度にはさかしいからね。
僕の言葉で愚かな同胞が隠したがるいくつかの歪みにやがては気づくかもしれないね。
君が気づいた事に気づいたら、果たしてあの卑怯な同胞は放置するのかな?
選ぶのはどちらだろう。
ねえ?
愚かな坊や?」

 ゆっくりと近づいたそれは、私をすり抜けて侍女を伴い去っていく。

 ややあって、息を吐き出した。
額には汗が滲む。
目の前の空いた椅子に崩れるように音を立てて座る。

 呼吸をする事すらままならなかった。

 彼女のあれは、ただの純粋で鋭利な····怒り?
彼女の琴線である家族を彼女と同列に扱ったのが余程気に食わなかったのか。

 それにしても僕に坊や、か。
初めて素の彼女を見たが、強烈だな。

「····孤王こおう

 ふっと頭を過った言葉が口をつく。

 王族のみ立ち入りを許された書庫の隅で、いつからあるのかわからない程に古びた御伽話の絵本。
最後に見たのは弟が産まれてすぐの頃だったか。

 人の世にいにしえより存在するただ孤りの王。

 孤王という名称はその絵本でしか見た事がない。

 何故今それを思い出したんだろう。
けれど孤王という名称以外、絵本の内容がどうしても思い出せない。
かなり昔だが内容を忘れきってしまうくらい私は幼かっただろうか?

 けれどもしそんな王が現実に存在していたら、先程の彼女のような圧倒的な存在感を放っていたに違いないと理由もなく、本能的に思ってしまったのは事実で。

 あれは····間違いなく私の手に余る。
あのグレインビルだからこそ····。

 しかも殺す、か。
あれは決定事項として告げただ。
もし好奇心を優先させれば、間違いなく兄のバルトスが止めても許してくれないだろうな。

『だから君はバルトスの友にはなりきれない』

 つい今しがた投げられた言葉が胸を深く抉る。
もしそうなってもバルトスが止めてくれるかはわからないよね。

 もちろん本当はわかっているさ。
バルトスも含めたグレインビルを名乗る彼らの本質は温かい。
実力がなければ突き離すけれど、それは冷たいからじゃない。
そうしなければ彼らを敵視する何者かに傷つけられる可能性があるからそうするんだ。

 本性を顕にした彼女もそうだと思っていた。
今は····自信がない。

 下手を打ってしまったと自覚するより他にない。

 慢心、していた。
自分にも、他国に比べてあらゆる意味で力のあるアドライド国王太子の立場にも。

 先程までそこにあった慈愛に満ちる微笑みを思い出すだけで背筋に冷たいものが伝う。

 随分と後を引くような、気になる言葉を意図的に吐いてくれた。
ある意味呪われたようにも感じてしまう。
間違いなくこれから先、弟以外の腹に一物ある血縁者の言動を無意識に精査してしまうだろうな。

 とにかく今日はもう寝ようかな。
明日だけは大人しくしておこう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う

ひなクラゲ
ファンタジー
 ここは乙女ゲームの世界  悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…  主人公と王子の幸せそうな笑顔で…  でも転生者であるモブは思う  きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

処理中です...