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272.挑発と呪いと古い御伽噺〜ギディアスside
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「良くも悪くも、君は滅多に人に執着しない。
可愛らしい顔と優しげな雰囲気、その仕草でうまく隠しているだけで、君の本質は限りなく冷めていて、合理的だ。
だが君が執着する人間にだけはまるで正反対。
君の家族のようにね。
何があっても全幅の信頼と愛情を傾け、守り、執着する者が望む事は叶えようとする」
1度区切って様子を観察するが、こちらには一向に振り返らない。
更に挑発するような言葉を紡ぐ。
うまく乗せれば、明日の旅人さんの治療とやらを見られるかもしれない。
死が確定しているような心臓病の治療というものがどんなものか、知りたい。
大人しくしていられる筈がない。
「君が助けたくないのに助けるかどうかを迷うのなら、それは君の執着する何者かがそれを願っているからだ。
血が繋がらなくとも、本来の君は君の家族と同じで冷たいものなのだからね」
そう言うとやっと反応を示してくれた。
しかしそれはあまりにも予期しない反応だった。
彼女はふう、と息を吐いて立ち上がり、こちらを振り返る。
「小賢しい挑発だとしても僕の家族を僕と同じにするとは、呆れたことだ。
君は僕の本質こそを見誤っていると気づくべきだった。
だから君はバルトスの友にはなりきれない。
血の通わない考えを当然に持つ僕とあの人達とは根本的に違うというのに」
明らかにガラリと気配が変わる。
きっと最後の言葉が彼女の琴線に触れた。
顔は微笑んでいる。
とてつもなく優しく。
慈愛に満ち溢れているかのように。
けれど全身の血流がドクドクと音を立てているかのように大きく脈打ち、冷や汗が流れる。
底冷えするほどの冷たい、食われるような圧倒的な存在感に思わず一歩下がる。
そしてそんな自分の無意識の行動に気づいて愕然とする。
気圧された····いや····畏怖させられた?!
一国の王太子として教育され、A級冒険者として経験も積んできたこの私が。
気を抜けば、膝を着いて跪きそうになる。
目の前の、これは何だ?!
「ふっ、この程度で」
くすりと嗤い、近づいたそれに、再び一歩下がりそうになる足を気力で留める。
「ねえ、ギディアス=イェーガ=アドライド。
愚かな同胞の血縁者。
明日、くだらない好奇心を行動に移したら、殺すから」
それは相変わらず慈愛と見紛う微笑みを浮かべ、短く区切りながらゆっくりと言を紡ぐ。
「この世界には力なき者が触れるべきではない理がいくつか存在する。
身の程をちゃんと弁えておくべきだよ?
ああ、僕に畏怖する現状に驚いてる?
君は自分を見誤ったみたいだ。
今の自分に、地位に、胡座をかかずにもっと強く、賢くなりなよ。
僕に近づくにはまだまだ足りない。
でないとこれから先は····食われてしまうよ?」
くすくすと嗤うそれは依然として微笑んでいる。
その様子に怖気がする。
「君はある程度には賢しいからね。
僕の言葉で愚かな同胞達が隠したがるいくつかの歪みにやがては気づくかもしれないね。
君が気づいた事に気づいたら、果たしてあの卑怯な同胞は放置するのかな?
選ぶのはどちらだろう。
ねえ?
愚かな坊や?」
ゆっくりと近づいたそれは、私をすり抜けて侍女を伴い去っていく。
ややあって、息を吐き出した。
額には汗が滲む。
目の前の空いた椅子に崩れるように音を立てて座る。
呼吸をする事すらままならなかった。
彼女のあれは、ただの純粋で鋭利な····怒り?
彼女の琴線である家族を彼女と同列に扱ったのが余程気に食わなかったのか。
それにしても僕に坊や、か。
初めて素の彼女を見たが、強烈だな。
「····孤王」
ふっと頭を過った言葉が口をつく。
王族のみ立ち入りを許された書庫の隅で、いつからあるのかわからない程に古びた御伽話の絵本。
最後に見たのは弟が産まれてすぐの頃だったか。
人の世に古より存在するただ孤りの王。
孤王という名称はその絵本でしか見た事がない。
何故今それを思い出したんだろう。
けれど孤王という名称以外、絵本の内容がどうしても思い出せない。
かなり昔だが内容を忘れきってしまうくらい私は幼かっただろうか?
けれどもしそんな王が現実に存在していたら、先程の彼女のような圧倒的な存在感を放っていたに違いないと理由もなく、本能的に思ってしまったのは事実で。
あれは····間違いなく私の手に余る。
あのグレインビルだからこそ····。
しかも殺す、か。
あれは決定事項として告げただけだ。
もし好奇心を優先させれば、間違いなく兄のバルトスが止めても許してくれないだろうな。
『だから君はバルトスの友にはなりきれない』
つい今しがた投げられた言葉が胸を深く抉る。
もしそうなってもバルトスが止めてくれるかはわからないよね。
もちろん本当はわかっているさ。
バルトスも含めたグレインビルを名乗る彼らの本質は温かい。
実力がなければ突き離すけれど、それは冷たいからじゃない。
そうしなければ彼らを敵視する何者かに傷つけられる可能性があるからそうするんだ。
本性を顕にした彼女もそうだと思っていた。
今は····自信がない。
下手を打ってしまったと自覚するより他にない。
慢心、していた。
自分にも、他国に比べてあらゆる意味で力のあるアドライド国王太子の立場にも。
先程までそこにあった慈愛に満ちる微笑みを思い出すだけで背筋に冷たいものが伝う。
随分と後を引くような、気になる言葉を意図的に吐いてくれた。
ある意味呪われたようにも感じてしまう。
間違いなくこれから先、弟以外の腹に一物ある血縁者の言動を無意識に精査してしまうだろうな。
とにかく今日はもう寝ようかな。
明日だけは大人しくしておこう。
可愛らしい顔と優しげな雰囲気、その仕草でうまく隠しているだけで、君の本質は限りなく冷めていて、合理的だ。
だが君が執着する人間にだけはまるで正反対。
君の家族のようにね。
何があっても全幅の信頼と愛情を傾け、守り、執着する者が望む事は叶えようとする」
1度区切って様子を観察するが、こちらには一向に振り返らない。
更に挑発するような言葉を紡ぐ。
うまく乗せれば、明日の旅人さんの治療とやらを見られるかもしれない。
死が確定しているような心臓病の治療というものがどんなものか、知りたい。
大人しくしていられる筈がない。
「君が助けたくないのに助けるかどうかを迷うのなら、それは君の執着する何者かがそれを願っているからだ。
血が繋がらなくとも、本来の君は君の家族と同じで冷たいものなのだからね」
そう言うとやっと反応を示してくれた。
しかしそれはあまりにも予期しない反応だった。
彼女はふう、と息を吐いて立ち上がり、こちらを振り返る。
「小賢しい挑発だとしても僕の家族を僕と同じにするとは、呆れたことだ。
君は僕の本質こそを見誤っていると気づくべきだった。
だから君はバルトスの友にはなりきれない。
血の通わない考えを当然に持つ僕とあの人達とは根本的に違うというのに」
明らかにガラリと気配が変わる。
きっと最後の言葉が彼女の琴線に触れた。
顔は微笑んでいる。
とてつもなく優しく。
慈愛に満ち溢れているかのように。
けれど全身の血流がドクドクと音を立てているかのように大きく脈打ち、冷や汗が流れる。
底冷えするほどの冷たい、食われるような圧倒的な存在感に思わず一歩下がる。
そしてそんな自分の無意識の行動に気づいて愕然とする。
気圧された····いや····畏怖させられた?!
一国の王太子として教育され、A級冒険者として経験も積んできたこの私が。
気を抜けば、膝を着いて跪きそうになる。
目の前の、これは何だ?!
「ふっ、この程度で」
くすりと嗤い、近づいたそれに、再び一歩下がりそうになる足を気力で留める。
「ねえ、ギディアス=イェーガ=アドライド。
愚かな同胞の血縁者。
明日、くだらない好奇心を行動に移したら、殺すから」
それは相変わらず慈愛と見紛う微笑みを浮かべ、短く区切りながらゆっくりと言を紡ぐ。
「この世界には力なき者が触れるべきではない理がいくつか存在する。
身の程をちゃんと弁えておくべきだよ?
ああ、僕に畏怖する現状に驚いてる?
君は自分を見誤ったみたいだ。
今の自分に、地位に、胡座をかかずにもっと強く、賢くなりなよ。
僕に近づくにはまだまだ足りない。
でないとこれから先は····食われてしまうよ?」
くすくすと嗤うそれは依然として微笑んでいる。
その様子に怖気がする。
「君はある程度には賢しいからね。
僕の言葉で愚かな同胞達が隠したがるいくつかの歪みにやがては気づくかもしれないね。
君が気づいた事に気づいたら、果たしてあの卑怯な同胞は放置するのかな?
選ぶのはどちらだろう。
ねえ?
愚かな坊や?」
ゆっくりと近づいたそれは、私をすり抜けて侍女を伴い去っていく。
ややあって、息を吐き出した。
額には汗が滲む。
目の前の空いた椅子に崩れるように音を立てて座る。
呼吸をする事すらままならなかった。
彼女のあれは、ただの純粋で鋭利な····怒り?
彼女の琴線である家族を彼女と同列に扱ったのが余程気に食わなかったのか。
それにしても僕に坊や、か。
初めて素の彼女を見たが、強烈だな。
「····孤王」
ふっと頭を過った言葉が口をつく。
王族のみ立ち入りを許された書庫の隅で、いつからあるのかわからない程に古びた御伽話の絵本。
最後に見たのは弟が産まれてすぐの頃だったか。
人の世に古より存在するただ孤りの王。
孤王という名称はその絵本でしか見た事がない。
何故今それを思い出したんだろう。
けれど孤王という名称以外、絵本の内容がどうしても思い出せない。
かなり昔だが内容を忘れきってしまうくらい私は幼かっただろうか?
けれどもしそんな王が現実に存在していたら、先程の彼女のような圧倒的な存在感を放っていたに違いないと理由もなく、本能的に思ってしまったのは事実で。
あれは····間違いなく私の手に余る。
あのグレインビルだからこそ····。
しかも殺す、か。
あれは決定事項として告げただけだ。
もし好奇心を優先させれば、間違いなく兄のバルトスが止めても許してくれないだろうな。
『だから君はバルトスの友にはなりきれない』
つい今しがた投げられた言葉が胸を深く抉る。
もしそうなってもバルトスが止めてくれるかはわからないよね。
もちろん本当はわかっているさ。
バルトスも含めたグレインビルを名乗る彼らの本質は温かい。
実力がなければ突き離すけれど、それは冷たいからじゃない。
そうしなければ彼らを敵視する何者かに傷つけられる可能性があるからそうするんだ。
本性を顕にした彼女もそうだと思っていた。
今は····自信がない。
下手を打ってしまったと自覚するより他にない。
慢心、していた。
自分にも、他国に比べてあらゆる意味で力のあるアドライド国王太子の立場にも。
先程までそこにあった慈愛に満ちる微笑みを思い出すだけで背筋に冷たいものが伝う。
随分と後を引くような、気になる言葉を意図的に吐いてくれた。
ある意味呪われたようにも感じてしまう。
間違いなくこれから先、弟以外の腹に一物ある血縁者の言動を無意識に精査してしまうだろうな。
とにかく今日はもう寝ようかな。
明日だけは大人しくしておこう。
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