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254.泣き声、幻覚、煽りで殺気、後、遭難〜ギディアスside

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「やあ、バルトス。
夜勤ご苦労様。
で、私の側近になる目処はついたかな?」
「つかん。
いい加減夜勤明けを狙うのは止めろ。
寝ぼけていても返事は否だ。
俺の可愛い天使のささやきの為にこれから一眠りして万全を期すのが使命だ。
邪魔するな」

 ふふふ、清々しい程に拒否されてしまったよ。
でも彼の溺愛する天使が生死の境をさ迷っていた頃よりも随分落ち着いたね。
主に纏わりつくような毒々しい殺気が。

「相変わらずつれないねえ。
たまにはお互い弟妹のいない寂しさを語り合わない?」
「ふん。
俺の可愛い天使とむさ苦しい野郎を一緒に····ん?」
「どうしたんだい?」
「天使からだ」

 バルトスは満面の笑みを浮かべながらいそいそと懐から通信用魔具を取り出した。
一般的な物は枕ほどの大きさのそれ、軍で扱う物でもショルダーバックくらいの大きさだ。

 なのに彼の弟の作ったそれは手の平程の大きさで薄い。
しかも高性能で今のところヒュイルグ国との距離すらも問題なく話せる。

 弟が彼等の天使に懇願されて渋々渡してきたらしい。
ちなみに現在は彼等の父、兄、弟、妹の4台しか存在しない貴重品だ。

「····おはよう、俺の可愛い天使。
朝から声が聞けて嬉しいぞ」

 恐らく対象は彼の天使に限られるだろう優しい声音だ。

「ん?
俺の可愛い天使?
聞こえているか?」

 だけど向こう側からは返答がないようだ。
しばらく問いかけていたけれど、不意にバルトスが眉を顰めた。

「····アリー?
どうした?
アリアチェリーナ?」

 どうしたんだろうね?
いつもの天使呼びじゃなくなった?

 すぐにばれるだろうけど、風を使って音を集めて盗聴してみる。

『····ぐすっ、に、兄様ぁ····』

 えっ、どうしたの?!
あのアリーが泣いてる?!

 とんでもなく衝撃的な声だ。
とても弱々しい。
何事?!

「····何があった?
大丈夫だから、兄様にちゃんと話してくれるか?」

 瞬時に切り替え、頼りになる兄の顔になる。
そのまま転移しようとしたからバルトスの肩を掴んで共に転移した。

 行き先は寮にあるバルトスの部屋だった。
ちなみに団長と副団長の部屋は他の団員に比べてそこそこ広い。

 無理矢理ついてきたせいかバルトスには睨まれたけど、私だって気になるし心配してしまうんだよ?!
だってあのアリーが泣きついてるんだからね?!
余程の事があったと思うでしょう!

 無駄だとわかってるけど気配を限りなく消して友の横に立ち、盗聴に耳を澄ませる。

『グスッ、グスッ、あ、あのね、バルトス兄様のお声が聞きたくなったの。
ごめんなさい。
それ、だけ、グスッ、ごめんなさい』

 まさかの可愛らしい理由だった?!
え、本当にそれだけ?!
あのアリーが?!
それはそれで可愛らしいけど!

「アリアチェリーナ。
大丈夫、謝らなくていい。
俺も可愛い妹の声が聞きたかったところだ。
体調は落ち着いてるか?
寂しくなったのか?」

 対してバルトスはやはりいつもの天使呼びをせずに名前で問いかける。
いつものシスコン全開の兄ではなく、普通の優しい兄にしか見えない。

 ····幻覚か?!
これはこれで異常事態だ!
君はこんな普通な兄じゃないでしょ?!

 長らく友をしてきた彼の初めて見る姿がこれまた衝撃的だ。

『ん、うっ、体、平気。
っく、うっ、ふっ、んっ、寂し、くて、ひっく、えっ、会いたっ、か、帰りたいぃぃぃぃ』

 堪えようと奮闘してはいたけど、とうとう堪えきれなかったみたい。
声をあげて泣き始めてしまった。

 1人でおろおろする私と違って兄のバルトスはいたって落ち着いていた。

「そうか。
体調は落ち着いてるようで良かった。
俺も会いたいよ、アリアチェリーナ。
今のお前がすぐに帰るのは難しいから、無理はするな。
俺が今からそちらに向かうから、しばらく待っていてくれ」
『うぅー、そん、なの、だめぇ。
兄様、無理、だめぇぇぇ。
えーん』

 最早幼子のようになっているね。

『アリー?
起きてるの?』

 不意に後ろの方からよく知る声が聞こえた。

『うぅー、レ、レイ、ヤード兄、様ぁ』
『僕の可愛いアリー?
泣いてる?
寂しくなったの?
ん?
通信?』


 アリーがバルトスに通信したのを知らなかったみたいだ。
こっちの彼も私達に発するものとは違って慈愛に満ちた声だった。

『····兄上?』

 バルトスへの声との違いも明確だな。
かなり不機嫌そうだ。

「レイヤード、俺と俺の可愛い天使の憩いの邪魔をするな」
『兄上が邪魔者なんだよ。
僕の可愛いアリアチェリーナ。
そんなに泣くほど寂しくなったんだね。
ほら、抱っこしよう?
僕がたくさん抱っこしてよしよしするから、泣くなら僕の胸で泣いて欲しいな』
『うっ、グスッ、レイヤード兄様、ごめんなさい。
ずっと、グス、父様、ヒック、バルトス、兄様、離れ、てて····さみ、寂しいよぉ、えぇぇぇーん』
『うんうん、寂しいね』

 なんて同調してる向こう側のレイヤードの声は同調しきれてない。
むしろ明るい。
絶対役得とか思ってそうだよね。

 いや、むしろ見せつけならぬ、聞かせつけてないかな?!

 こちら側のバルトスは歯をギリギリしていて憤怒の形相なんだけど?!

『うっ、うっ、えっく、んっ』
『ほら、ゆっくり息を吸って~、吐いて~。
僕の可愛いアリアチェリーナ、上手だね』
『ん····背中····とんとん····好き····』
『ふふ、このまま少し眠ろうね』
『····ぁい』

 ····どうやら眠っちゃった?
嘘だろう····隣のバルトス殺気がやばいんだけど····。
部屋の温度が下がっていってないかい?

『あ、ごめんね、兄上。
僕を大好きなアリーは安心して僕の腕に抱かれて眠っちゃった。
昨日は多分寝られてないみたいだから、このまま僕が寝かせるね。
兄上も夜勤明けなんだから無理せず休みなよ。
おやすみ~』

 ブツン。

 ····え、切れた。
しかも煽るだけ煽ったよね?!
嘘だろう····隣のバルトス殺気がやべえ奴なんだけど····。
部屋の床に薄っすら霜が····。

「ふざけるなよ、レイヤードー!!」
「うわー!
吹雪はやめてー!!」

 ビュオォォォー!

 絶叫と共に部屋が吹雪に見舞われる。

 部屋で遭難とか笑えないよぉぉぉー!
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