上 下
193 / 491

192.死んだ魚の目~ルドルフside

しおりを挟む
「見たところただの護身用魔具を酷使してるだけだよね。
しかも馬鹿の一つ覚えで真っ直ぐ飛ばす光の矢もどきばっかり。
Dクラスの魔獣の体すら貫けないなんて、ほとんど壊れかけだよ、それ」
「ただの····護身用····」

 呆然とする問題王子の顔からは完全に血の気が引いている。
いつもの彼なら相手を嘘つき呼ばわして否定するはずだが、もうそれすらできない。

 当然だろう。
大して強くはない魔獣の体にあの矢は1度も刺さらなかった現実を目の当たりにしたんだ。
だからこそ少しでも触れればただの火傷ではすまないマグマを吹きつけられる恐怖に負け、側近候補だというもう片方の問題児と共に俺達の後ろに逃げた。

 本人達は後衛役を担うなどと言って誤魔化したつもりだろうが、全く誤魔化せていない。
それに後衛とは名ばかりで、忘れた頃に光ってる矢や魔力の密度がカスカスな風の刃が飛んで来ては何回かに1回バリーフェの体に当たって霧散するだけだ。
正直コントロールも微妙で、こっちに飛んでこないかとひやひやした。

 どうでもいいが側近候補の方は問題王子の護衛も兼ねてなかったか?
まあ今更本当にどうでもいいが。

 俺とゼスト、ペルジア先輩でそんな逃げ腰の2人を庇いながら、後ろからの援護射撃という名の不意打ちの攻撃に警戒しながらバリーフェの群れに対峙するなんて····正直こっちが恐怖してしまったぞ。

 あの悪魔兄弟が群れごと捕った?
そうしてくれなければまず真っ先にバリーフェに殺られていたのは俺達だ。

 実際あの2人はこちらの様子を見ながら捕っていたし、それはゼストの護衛のリューイも同じだ。
危険と判断した力の強いリーダー格をわざと捕っている。

 ペルジア先輩もある程度間引きされて弱い個体や群れになってから俺達から離れた。
様子を窺いつつ、対岸にいた危なそうな群れのリーダー格に絞って2匹捕ってくれた。

 確実に俺達に経験を積ませる為に動いてくれていたのだ。
それなのにこの問題児バカ王子ときたら····。
正直酷すぎて怒りより呆れの方が強い。

 そして逃げた上に俺達を盾にした事をバルトス殿にも先ほど指摘され、A級冒険者の立場から直接抹消の可能性を示唆されるなどと。
レイにはそうなった時に確実に起こり得る未来を態々語られる有り様だ。

 ぶっちゃけ冒険者登録しなければこんな事にならなかったはずなのに、何も考えずに登録したんだろうな。
入学当初にゼストが登録していなかった理由を考えた事もなかったんだろう。

 これまで教会という強い後ろ楯や光の精霊王が自分についたという宣言や王子としての立場に守られ、もてはやされて構築されてきた高いだけの中身のない問題王子のプライド。
それは今、自らの失態の自覚と悪魔兄弟に突きつけられた現実的で容赦のない言葉にぼろぼろに砕けたようだ。

「何?
そんな事も気づいてないの?
そもそもそれにはまってる石、魔石だよ。
それもかなりくたびれててそろそろメンテナンスしないと割れちゃうよ?
精霊が宿るのなら精霊石でしょ。
ゼストの指輪の石が精霊石だから見比べてみたら?」

 更に悪魔弟は現実を突きつければ、問題児達が揃って愕然とした顔でゼストの指輪についた石に目をやる。
だが鑑定魔法を使えない2人にはわからないんじゃないだろうか。

「そもそも王族だ、高位貴族だと言うならそんな魔具に頼らずにもう少し自分の実力底上げしていかないと、ザルハード国自体が冒険者にも舐められちゃうってわからないかな?
今の君達って僕の可愛い妹の愛馬より弱いよ」

 その言葉にそこのゼストも、向こうにいるペルジア先輩も、もちろん俺もレイを見る。

 いや、待て。
心の妹が手塩にかけて育てた愛馬は兵器レベルだ。
俺は単体でならやっと勝てるが、多分ゼストはほぼ互角。
あの3兄妹がまとめて襲ってきたら俺は絶対逃げる。
全力で逃げる。

「ほら、わかったらさっさと次やるよ」

 ん?


「兄上、絶対零度でそこの4人凍らせて下さい。
密度濃い目で」
「何だ?
のか?」

 え····どこに?
4人て、俺も入ってる?

「マグマの中って誰も確めた事ないでしょ。
まともに魚も釣れないなら別の役割をしてもらうしかないよね。
4人共、魔石があったらしっかり採ってきてね」

 その時のレイの顔は、きっと心の妹がいつも通りにうっとりと眺める王子様スマイルとやらだったに違いない。
 
 こうして俺は阿鼻叫喚する間もなく瞬間冷凍され、俺達4人は揃ってマグマに放り込まれた。

 ····怖かった····本当に。

 マグマの中でじわじわ氷解するのを見ながら魔石を探すのはかつてない恐怖だった。
マグマの中で生態系の配慮から残されたバリーフェにつんつんされるのも、大きい髭の生えた口を開けて飲み込もうとされるのも怖かった。
連中に歯が無かったのをこんなに感謝した日は無かった。
髭でジョリジョリ削られたけど。

 2度とあんな日が来ない事を心から祈っている。

 この後南国にも入って5ヶ所の火山帯を巡り、俺は結界魔法を習得した。
魔力障壁は役にたたなかったからだ。
風魔法の精巧さも上がった。

 服は帰城するまでにいくらか焦げた。
問題児2人は結局ほとんどの服を焼失····溶失?した。

 今までなら絶対拒否しただろうゼストや、平民で獣人でもあるペルジア先輩の予備の服を大人しく受け取っていた。

 バリーフェは結局俺とゼストは3つ目の火口でノルマを達成し、問題児2人は最後の火口でやっと1匹だけ2人の力で捕った。
お膳立ては相当したけとな。
だが彼らはマグマの中で転がる魔石を風魔法を駆使して採取する腕の方が格段に上がった気がする。

 アドライド国の王城に帰城した時の彼らの目は、捕ったバリーフェよりも死んだ魚の目をしていたように感じた。
きっと俺もそこは負けていなかったに違いない。

「お帰り。
悪魔使いにちょっかいかけるのだけは2度としちゃ駄目だよ。
もれなく悪魔が召喚されるからね」

 そんな事を言う兄上の目がかつてないほどに生温かかった。
もちろん全員が全力で頷いた。

 今になって····いや、今だからこそ気になる。
心の妹は何故使い道の無い、あっても代えのきく素材で有名なバリーフェを欲しがったんだろうか、と。
63匹って多くないか、と。

 もちろん彼女の事だ。
俺にはわからない、何か特別大きな理由があったからに違いない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う

ひなクラゲ
ファンタジー
 ここは乙女ゲームの世界  悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…  主人公と王子の幸せそうな笑顔で…  でも転生者であるモブは思う  きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

処理中です...