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156.グリッゲン

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「コホン。
とりあえずスープが冷めない内に食べたいんですが、かまいませんか?」

 ひとまず反省文はスルーしよう。
義兄様の求めた反省文はあの時の双子だけだって聞いてたけど、何にどう尾ひれが付いたらここまでの恐怖指定に変貌をとげたのかな。

「あ、ああ、もちろんだ」

 護衛のリューイさんを後ろに控えさせて、まだ若干怯えた目をいたいけな僕に向けるのやめて欲しい。

 まあでもせっかくのスープだし、少し冷えたけど温かい内に食べなきゃね。
いざ!

「んん!
辛い、でも美味しい!」

 一口目からパンチのある辛さに目を見張る。
だけどココナッツの香りと甘さ、それにどことなく奥深い塩味と鼻に抜ける独特のハーブの風味····思ってた通りの味!

 これぞグリーンカレー!!

 こんな所でこんなパンチのあるスープに出会えるなんて、運命か!!
ココナッツジュースを飲んだ時に密かに期待してたけど、本当にあるなんて!

 やるな、こっちの世界も!!

 でも確かにこの辛さと独特の風味は獣人さんや初めての人にはキツイかも。

 なんて思ってたら、視線を感じる?
隣を見るとヤミーがキラキラした目で僕を見てる····。

「····一口、いる?」
「いる!
食べてみたい!」
「待つのだ、や、ヤミー殿!
か、間接····いや、私がそこで今すぐ買ってくる!
異性と同じ食器を使うなど····」

 何だか目の前で純情ボーイ的発言してるけど、精霊さんだしそんなの僕もヤミーも気にしないよ?
それに僕は今、町中男子なのだ!

 今にも立ち上がって走り出しそうな王子を横目にスープを掬って差し出す。

「はい、ヤミー」
「あーん」
「ちょっ、まっ、えっ、まっ、、、」

 顔を真っ赤にする王子は2人で無視。

「おいし····うっ、か、からーい!!」

 だよねぇ。
多分こうなると思ってた。

 ヤミーは突然ポンッ、と姿を消して、というか、闇の精霊モードに戻って僕と王子とリューイさん以外の視界からブラックアウトしたかと思ったら、小さな手の平サイズになってテーブルの上をごろごろ転がった。

「からい、からい、からい、からーい!!」
「ヤミー殿?!」

 涙を溢し始めちゃった。

 え、何この可愛いの?!
顔がにやけそうなんだけど!!

 なんて心でシャウトしながらも、僕は冷静を装ってマジックバッグから水筒を取り出す。

「ヤミー、はい」
「ふえーん!」

 泣きながら水筒の中身を飲み干すと、肩で息をしながらもどうにか落ち着いたみたい。
涙目の小っちゃな精霊さん、いい!

「アリー嬢、いや、アリー、このスープは何なのだ?」

 王子はスープに激物を見るかのようなドン引きした顔を向ける。

「南国のグリッゲンていうあそこのおばちゃんが言うところの甘辛スープですよ」
「実際の味は····」
「見ての通り、激辛スープですね。
見た目は緑のリーのようですが。
辛さに慣れればヤッツの甘味と風味、それからフレッシュハーブ特有の味と香りを楽しめます。
あそこで1杯買って無駄にするより、私のを一口すする方が食材の無駄が無くて良かったでしょう?」

 そう、購入しても間違いなく一口で断念して残りは捨てられるに違いない。

 とか言いつつ、僕はスープと具材を堪能していく。
この辛さは子供舌の僕にもかなりきついけど、心の準備が出来てたし、何より食べ物を粗末にするのは自分であっても許せないのだ!

「その、顔が赤くなっているが、平気か?」
(アリー、無理してる?)

 王子と妖精モードのヤミーが心配そうに顔色をうかがってくる。
どうでもいいけど、手の平サイズのヤミーの上目使いがツボる!

「あと少しなので····」

 汗が吹き出すけど、負けない!

 ポケットからハンカチを出して汗を拭ってから獲物を睨む。

「その、残りを私にも食べさせてくれないか?
どうやら1杯買っても食べきれそうにないんだが、せっかくだから他国の料理を味わいたいのだ」

 おや、間接キスがどうこう言ってなかったかな?

 突然の申し出に目の前の王子を見上げたら、お顔が真っ赤になってるよ。
これは完全に善意からの言葉だね?

「では、残りを食べていただけますか?」
「ああ、もちろん」

 潤んだ目で見たからか、更に顔を赤くしながら頷いている。
僕は美少女だから仕方ないね。
もちろんこのお顔を過大評価も過小評価もしてないよ。

 あ、でも今は町中男子風に化粧を····お化粧剥げてるや。
ハンカチが汗と化粧で黒ずんじゃった。

 なんて思いつつ、王子に器ごと渡す。
しばらく凝視してたけど、意を決してガガッとお口に豪快にかき込んだ。

 最初は普通に咀嚼してたけど、みるみるお顔が赤くなる。

「ふぐっ、ぐふっ」

 王子の矜持からかむせても吐き出す事はせず、両手で口元を覆ってすぐに飲み込んでしまう。

 そんな王子を横目に、リューイさんがそっとあのおばちゃんの所に向かった。
まさか食べたくなった?

「うぐっ、ケホッ、か、辛い、な····」

 涙目になって掠れた声でむせながらも感想を伝えてくる。
なんとなく可哀想になったので、僕もおばちゃんの所でジュース買って来ようかな、と思ってたらリューイさんがヤッツジュースを2つ手にして戻って来た。

「どうぞ」

 王子と····僕に差し出したではないか!
できる男だ、リューイさん。

「す、すまない」
「ありがとうございます!」

 2人で受け取って飲む。

「美味いな!」
「美味しいです」

 王子は一気に飲み干すと僕に向かって言う。
僕はもちろんリューイさんに向かって感想を伝えたよ。

 普段は無表情のリューイさんだけど、今は本の少し微笑んで頷いてくれた。
何となく、そのお顔に懐かしさを感じるのはどうしてかな?

 それをずっと見てたヤミーが、突然僕の顔に飛翔して飛びつく。

「ぶっ」
「アリー!
化粧が取れてるよ!」

 顔面にへばりつく妖精····傍目にはリアルな人形を顔面貼りつけたシュールな絵面じゃないかな?
まあ妖精見える人なんて僕達くらいか。

「そ、そう、だねえ?
どうしたの、ヤミー?」

 突然の行動の意図がわからない。

「だって変装してたんでしょ?
今のアリーは貴族令嬢が無理やり偽装した下町男子風コーデだから、隠してあげてるんだ!」

 な、なるほど?

 それにしても下町男子風コーデって言葉が出てくるくらい、当初の僕の変装はやっぱり完璧だったみたいだね!

「その、アリー。
今の様相では色々と誤魔化しきれないから防衛の意味でも共に行動したいんだが、かまわないか?
まだ祭りを楽しみたいのだろう?」
「そうだよ!
その顔は危険だよ!
僕とついでにゼストやリューイと回ろうよ!」

 ヤミーがついで扱いの王子の後押しをして、リューイさんもふんふん頷いている。

「西の商会のブースまででしたら。
そこで兄様達と待ち合わせしていますので」
「うっ、そ、そうか····グレインビル兄弟と····」
「····えっ····も、もちろんだよ。
僕、アリーと行きたいもん!
ね、ゼスト!」
「も、もちろんだ」
「それでしたら····」

 2人共、僕のかっこ可愛い義兄様達に怯えすぎだよ。
でも確かにこのお顔では1人歩きも危ないかもしれないし、現にそこでいまだに固まるカツアゲ君は化粧してても絡んできたものね。

 そうして僕達はカツアゲ君をそのままに、次なる目的地へと向かった。
カツアゲ君は小一時間くらいで戻るんだって。
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