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113.無価値の価値

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「こっちも怪我してんだけど!」
「そうですね。
でも先程貴女が傷つけたこの方に上級治癒魔法を使ったのでしばらく治せませんよ?
治癒魔法は不得意なんで回数こなせないんですよね」
「あんた何やってんだよ?!」
「貴女が私の大事な客人に手を出すからでしょう」
「いつから客人になったんだい?!
この魔法狂いが!!」

 わー、コントが始まった。

「えっと、あっちに戻ってもいいですよね?」

 とりあえず無邪気を装ってそっと後ろ歩きで距離を取ってみるけど、音もなく後ろに移動した熊男にぶつかる。
そろりと振り返ると呆れたお顔とご対面だ。

「駄目だろうが、普通よ」
「あ、はい。
ですよね」

 やっぱり?
チラッとひょろ長さんを見るけど、困り顔で首を左右に振る。

「何か興がそれたな。
それにもう時間もねえか」

 熊男は大きな手で僕の肩を掴むと王子達に向き直り、抜いた剣を僕の首筋に当てる。
彼等のコントに呆気に取られていたらしい2人の少年達の顔が再び緊張に染まった。

「このガキ傷つけられたくなかったら、魔石全部外して武器も捨てろ。
おい、魔封じの枷つけて牢に連れて来い」

 後ろの2人に声をかけて僕はそのままどこかに向かって歩かされた。

「待て!
アリーをどこに連れていく!」
「お前達と同じ牢に決まってんだろ。
さっさと来ねえとこのガキ殺すぞ」
「なっ」
「王子、従いましょう」

 シル様が宥めて渋々従うのを横目に今度こそ振り返らずに歩き始めた。

「満足か?」

 僕達の姿があちらからは見えなくなった頃、熊男は僕の首筋に当てていた剣をしまう。

「何がです?」
「ルーベンスだよ。
お前、あいつが殺されるのをずっと阻止しようとしてただろ」
「何の事ですか?」
「そのキョトン顔やめろ。
回りくどいのは好きじゃねえ。
それと他に魔具とか魔石ついたのとか隠してんなら今のうちに出せ。
また怪我したくないだろう?
ジルコ、あの三角耳の女は貴族の婦女子を特に嫌ってる。
ルーベンスの事はもっとだけどな。
だからお前が助けただけで逆上しただろ。
一応あれでも手加減はしてたんだがな」
「そうですね。
体ごと吹っ飛ばなかっただけありがたいと思ってますよ。
岩にでも激突したらそれだけで命の危機でしたし」
「随分と冷静だな」
「ぶっちゃけ誘拐は初めてじゃありません。
慣れました」
「は?
何だ、そりゃ?」
「ちなみに私の専属侍女は護衛も兼ねる父様が認めた実力者しかなれませんけど、今で3人目なんです」
「····魔力0の価値が無さそうな辺境侯爵の養女が昔から狙われてたと?」
「あのひょろ長い人の反応見れば、価値が無い事に価値があるって思いませんか?
それに昔は今ほど隣国との関係も落ち着いてませんでしたから、無力な娘は人質としての価値もあるみたいです」
「なるほど。
····そりゃ、まあ····難儀だな」
「気の毒に思って今すぐ私達全員解放してくれてもかまいませんよ?」
「今すぐでなくていいならお前だけなら解放してやってもいいぞ?」
「他の2人、特にひょろ長い人の説得はしてもらえません?」
「俺は説得には向いてねえんだ」
「そうですか」

 結局逃がすつもり無いって事じゃんね。

 そしてすぐに牢らしき鉄格子のはまった場所に来る。
随分と高い位置に窓らしきもののような、くり貫かれた穴があるのと、鉄格子の横の台に畳んだ毛布が置かれているだけで今までの景色とさほど変わらない。
少しずつ日が傾いているみたいだね。

「ほれ。
隠してもどうせ後で検分するからな」

 出せ、と言わんばかりに手の平を上に向けて差し出してきた。

 僕はケープを外して裏返しにして差し出してから、ポケットに入れている家族から持たされていた守護石や魔具を出す。

「こっちはもういい」

 ケープを僕に引っかけて魔石や魔具を太い腰にくくりつけた皮の袋に放り込んで僕のドレスや体を検分する。
巻きスカートの下のポケットの中を探って取り出すけど、ただのハンカチがだったからそのまま返された。

「1枚いりませんか?」
「いや、いらねえけど何でそんなに持ってんだよ」
「グレインビルの宣伝?
香り付きの糸で、一応自分で刺したんですよ」
「····養女でも貴族として努力はしてんだな。
宣伝はしねえが、1枚貰っとくよ」

 苦笑して1枚にしまわれる。

「ほら、とっとと入れ」
「はーい」

 緊張感ねえな、とぼやきながら牢の鍵を開けると僕は抵抗せずに入って隅にペタンと座った。

「風邪ひかれると面倒だからな」

 脇の台に置いていた毛布をバサバサと投げてよこす。

「ふふ、ありがとう」
「拐われた自覚無えのかよ」
「ありますよ。
でも大方事故でしょう」
「随分察しがいいんだな」
「私を狙うなら、何もあんな大がかりな事を何年も前から準備しなくても良かったでしょう」
「へえ、察しがと良すぎると命を縮めるぜ?」
「怖いですね。
それで、王妃様を狙ってどうするつもりだったんです?
王都であの懐中時計のお試しもしてたみたいですけど」

 ガン!

「次はねえ」

 鉄格子を殴って威嚇されてしまった。

「わかりました」

 返事に何か応えてくれる事もなく鍵を掛けられ、出て行ってしまった。

 残された僕は大きく息を吐く。
気を抜いた瞬間、それまであえて無視していた全身の倦怠感と眩暈に襲われて毛布をクッションにゴロリと横になる。
座りこんだのも本当はもう立っているのが限界だったからだけど、誤魔化せたみたいだね。

 とりあえず····寝よう。
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