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92.反省文

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「ごきげんよう、アビニシア侯爵夫人。
それにご令嬢方。
お名前をうかがっても?」

 伯母様は動じる事もなく穏やかに微笑む。

「マリアナですわ」
「次女のカティアナですわ」

 なるほど。
ということは長女が従姉様と同い年、次女はもうじき入学だね。
もちろん貴族名鑑情報だよ。

「そう、初めまして。
フォンデアスよ。
狩猟祭には良き日となりましたわね。
本日は私の姪共々よろしくお願いしますね」
「ごきげんよう。
初めまして。
アリアチェリーナ=グレインビルと申しますわ」

 伯母様、娘完全無視だけど、いいのかな。
従姉様は夫人に軽く一礼だけしてどこかに行っちゃったよ?
とりあえず僕は座ったまま微笑んでみよう。

「まあ、あなたが····」
「可愛らしいけれど····」

 値踏みする視線を投げる彼女達はどうやら僕にロックオンしてくれたみたい。
と、思ったんだけど····。

「初めまして、グレインビル侯爵令嬢。
あなた達、お下がりなさい」
「あっ····」
「え?」

 侯爵夫人が硬い声で娘達を止める。
長女は気づいたけど、次女はまだまだだね。

 僕は1度も礼はしていないんだよ。
それに僕を紹介したのは隣の公爵夫人なんだ。
なのに僕に挨拶をせず勝手に話すだけでなく、あからさまに値踏みするのだからマナー違反も甚だしい。

 というか、伯母様からの令嬢方に向けて無言の圧力を感じるんだけど、気のせいかな。

「申し訳ございませんでした。
グレインビル侯爵令嬢、愚かな娘達をお許し下さいませ」

 僕に頭を下げ、目を細めて叱る。
さすが辺境の女主人だけあって····それ、殺気じゃない?
娘2人めちゃくちゃ萎縮してるよ?

「学園で何も学んでいなかったようでお恥ずかしい。
すぐに下がらせ、謹慎させますわ」
「アビニシア侯爵夫人、どうかお気になさらないで。
私の体質がただ珍しかっただけの事でございましょう。
次から気をつけていただければ問題ございませんわ」

 僕は夫人にそう言うと後ろの2人に声をかける。

「ふふ、レイヤードお兄様にも黙っておくのでどうかご安心なさって」

 学園と聞いて青い顔を今度は白くした長女さんに冗談のつもりで義兄様の話を持ち出すとビクッと飛び上がる。

 あれ?

「も、申し訳ございませんわ!
どうか、どうか反省文だけはご容赦下さいませ!」

 え、待って、反省文て何?!
義兄様ってば学園で何してるの?!
隣の次女さんも顔が蒼白になっていって····え、何でか震え始めたんだけど、何事?!

「アリアチェリーナ、反省文とは?」
「伯母様、私に聞かれましても····」

 伯母様も笑顔を貼り付けつつ、困惑しているらしい。

 会場の空気が変わった気がして軽く会場を一瞥すると、どういうわけが長女さんと同い年くらいの少女達に怯えが見えた。

 え、何で?!

 そこでふと、金髪青目の公爵家中堅どころの円卓に座る巻き髪少女と目が合う。

 あ、久しぶりに会った。
何でドン引きした顔でこっち見返して···まてよ、反省文て····まさかあの時の超大作か?!

「まあ、嫌ですわ。
もしや何年も昔にお兄様を介していただいたお手紙の事かしら?
言葉そのまま受け取っていただいてよろしかったのに。
この程度の事で気分を害したりなど致しませんし、謝罪は受け取りましてよ」
「ほ、本当に····いえ、何でも····」

 未だに半信半疑でいい淀む長女さん。

「ふふふ、本当でしてよ。
そうですわね、その証に····」

 僕は立ち上がってポケットからハンカチを取り出す。

「今はこのような物しか持っていませんけれど、私が刺繍しましたの。
よろしければこちらを証として受け取っていただけまして?」

 予備持ってきといて良かった。
こっちの貴族社会では身分が上の者のお手製は証としても、許しとしても使われるんだ。

 両手で差し出すと令嬢達が近寄って震える手で受け取ってくれた。

「まあ、素敵な刺繍」
「とても良い香りが····まあ、もしかして糸から?」

 うん、緊張感は解けたみたいだね。

「グレインビル領で精油にも使う花で糸を染色して香り付けしておりますの。
刺繍も気に入っていただけたのなら何よりでしてよ」

 にこりと歯を見せない淑女スマイルでどうだ!

「その、先ほどは申し訳ございませんでしたわ。
ありがとうございます。
大事に致しますわ」
「申し訳ございませんでしたわ。
ありがとうございます。
私も大事に致しますわ」

 はにかむ顔は姉妹だけあってよく似ているけど、とりあえず色々成功したみたい。

「グレインビル侯爵令嬢、お心遣いに感謝申し上げますわ。
これ以降は憂いなくお過ごしいただけますよう主催を取り仕切る1人として尽力致しますので、もし何か心配事がございましたら私かこの2人にお声かけ下さいませ」
「お言葉に甘えてそのようにさせていたたきますわ」

 夫人が貴婦人らしい礼をとると姉妹もそれに倣い、この場を去っていく。

 焦ったー!
今度あの時の反省文という名の超大作についての入手経緯をレイヤード義兄様に問い正さねば!

 僕の義兄様はドッキリの仕掛名人だね!
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