上 下
13 / 491

12.天使の慟哭~ヘルトside5

しおりを挟む
「どうして!
僕だけが助けられたかもしれないのに!
方法を知ってるのに!
この世界じゃなければ!
昔みたいな魔力があれば!
今の僕には助けられない!
探してもアレがどこにあるかわからない!
前も今も初めて僕にお母さんをしてくれた人なのに!
どうして!」

 アリーは泣き叫びながら、神殿の最奥の何もない石造りの部屋で地面を殴り付けている。
手は血まみれになっていた。
娘の涙も、こんなに激しく怒鳴る声も初めてだ。
背後の私に気づく事もなく、なおも慟哭は続く。

「助けたいのに!
何で開かない!
もう地下神殿しか残ってないんだ!
時間がないのに!
何で!」

 ····この子は誰だ。

 アリーは4才になってからはいつもニコニコと笑顔しか見せたことがない。
それまでは無表情な事が多かった。
赤子の時から泣いたのを見た事がない。
そうだ、まだ小さな子供なのに不自然なほどに笑顔しか見た事がない。

「お願いだから、開けてよ。
あの精霊石しか····もう、もう····」

 地面に突っ伏した声に嗚咽が混じる。
そんなアリーを見て、彼女がずっとミレーネを助けようと人知れず動いていたとわかる。
少し前にこの子に怒りを感じた自分をぶん殴ってやりたくなる。
そして妻は、ミレーネはもう助からないのだろう。

「アリー」

 ビクリとアリーが飛び上がり、振り向く。
埃と涙でぐちゃぐちゃだ。

「アリー、お前がこんなに思い詰めてたのに気づかなくてすまなかった。
もういいんだ、アリー。
ミレーネの所に戻ろう。
私達の娘として、側にいて欲しいんだ。
おいで、アリー」
「うっ、····ぁ、ぼく、は、僕は何もで、きな····ごめ、なさい」

 絞り出すような掠れた声だった。
ぽろぽろと涙をこぼしながら頭を振る。

「お前が謝ることじゃない。
私とミレーネの可愛い娘。
愛してるよ、アリアチェリーナ。
一緒にミレーネの所に帰ろう」

 近づき膝をついて愛しい娘を抱き締める。

「母様が、死んじゃう!
そんなの嫌なんだ!」
「····ああ、私も嫌だ」
「····っく、嫌、だ、父様、もう、置いてきぼりは嫌だ。
····嫌だぁぁぁぁぁぁ!!」

 アリーは私にすがり付くように抱きついて大声で泣き始めた。
これまで塞き止めていた感情が決壊したかのように、子供らしくわんわん泣く。
私はアリーの背中を泣き止むまでさすった。

 やがてしがみついていた腕の力が抜けた。

「····ふっ、っく····」

 嗚咽はまだ小さく続いているが、泣き疲れて眠ったようだ。
7才の子供がほぼ2日も寝ずに動きまわり、大泣きしたのだ。
それに元々体は小さく脆い。
無理もない。

 そっと傷だらけの手と腫れぼったくなった瞼に上級治癒魔法をかけて、ハンカチで涙を拭う。
地下神殿や精霊石という言葉が引っかかるが、この神殿も含めて調査したのは他ならぬ私だ。
念の為広範囲に探知魔法をかけてみるが、何も感知しない。

「帰ろう、アリー」

 優しく呟き、額に口づけて小さな体を横抱きにする。
これから妻を失う恐怖と喪失感は胸に痛みをもたらしている。
けれど愛娘に父親として受け入れられたような幸福感も同時に味わっている。

 転移魔法を展開し、アリーと共に屋敷へ戻る。
侍従に置いてきたポニーちゃんを連れ帰る指示を出しておく。

 人払いされていたミレーネの部屋に眠ったアリーと入れば、ベッドに横たわるミレーネの両脇で床に膝立ちになり、その手をそれぞれ両手で包み込むように握って額に当て、何かを詠唱している息子達が目に入る。
似た感じの言葉をどこかで耳にした気がする。
彼女の下には見たことのない魔方陣が書かれた布が敷かれていた。
目を凝らせば、魔力のベールが彼女を包み込んでいる。
初めて目にした魔術に目を見張る。
これをアリーが教えたのか。

 ふと息子達が詠唱を止め、汗ばみ疲労の色が濃くなった顔を上げた。
かなり魔力を消費している。
2人はそっと母の手を両脇に下ろす。

「父上、お帰りなさい。
アリーは大丈夫?
眠ってるだけ?」

 レイヤードが気遣わしげに歩み寄る。

「ああ、平気だ。
この2日寝てなくて動きっぱなしだったみたいだ」
「そうですか。
母上は少し前から脈が止まりかけたので、俺達で仮死の魔法をかけました。
少なくとも明日の朝までは解けません。
今のうちに父上も休んで下さい」
「2人ともありがとう。
触れてもかまわないか?」

 頷いたバルトスにアリーを任せると、2人はアリーと共に退出した。

「ミレーネ、ただいま」

 愛しい妻の額に口づける。
ベッド脇の椅子に腰掛け、静かに眠る美しい妻の手を取る。

「私達の子供は皆親思いの良い子に育ってくれた。
全て君のおかげだよ、ミレーネ。
君と出会ってから、もう随分たった。
喧嘩したこともあったけど、君と過ごしてきた時間は本当に幸せだった。
だけど、死なないでくれ、ミレーネ」

 涙が溢れる。
仕事で色々な人間の死を何度も見てきたのに、こんなにも君を失なうのが辛いだなんて思いもしていなかった。
けれど、だからこそ子供達に感謝する。
愛しい妻と最期の時間を取れたことに。
明日、この術が解ければすぐに彼女の心臓は止まるだろう。
自身の魔力が高いからか、生命エネルギーがほとんど枯渇しているのが見える。
恐らく息子達も見えている。

「時間が許す限り、私の話に付き合ってくれ。
愛してる、ミレーネ」

 そうして、思い出話を1人始めた。
残された彼女の時間いっぱいに。

 翌早朝に目覚めたアリーが兄達に連れられて入ってきた。
昼には術が解け、夕方にミレーネはその心臓を止めた。
その間、私達はミレーネの部屋で食事やお茶をしながら彼女に語りかけ、静かに家族の時間を過ごした。

ーーーー

 眠るアリーの手をそっと布団の中に戻す。
ミレーネを見送った翌日、無理をしたせいだろうがアリーは高熱を出して数週間寝込んだ。
熱が下がった頃、アリーは自分の事、そしてミレーネの体がこんなに長くもちこたえられたその理由を話してくれた。
よく生きて私達とあの日出会ったものだと運命に、そして他ならぬ最愛の娘に感謝した。

「アリー、何があってもお前は私とミレーネの娘だ。
愛してるよ」

 小さく呟いて形の良い額に口づけを落として部屋を出た。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う

ひなクラゲ
ファンタジー
 ここは乙女ゲームの世界  悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…  主人公と王子の幸せそうな笑顔で…  でも転生者であるモブは思う  きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

処理中です...