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14.兄上とティアリス

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 執事のジャスによると兄夫婦は私室にいるとのことなのでサロンを辞してそちらに向かう。

「アンジェ、大丈夫だったか?
 母上はあんな感じの人だから、びっくりしただろう?」

「ぜんぜん、へいきです。わたしと、話してくれる、から、うれしい」

「それならよかった。あのテンションがしんどくなったらある程度流していいからな」



 そうこう言ううちに兄の部屋。

「目の前が扉だから、ノックして」

 足がギリギリ当たらないくらいまで扉に近づけたらアンジェでも手が届く。

 コンコン

 か細いながら、音がなった。

「どうぞー!」

 明るい妹の声。

 なんでティアが兄の部屋にいるんだ?


「失礼しますー」

 兄弟仲はいいほうだから、適当に声を掛けて部屋に入る。

「セトスお兄様がお嫁さんを連れてくるっていうから、待ってたのよ!」

「開口一番そのセリフか?まずは挨拶しなさい」

「あはは、ごめんなさーい。
 ティアリス・ミラドルト、セトスお兄様の妹です。
 よろしくね!」

「アンジェ、です。目が、みえません、でも、がんばって、いろいろできる、ように、なります。
 よろしく、お願いします」

「アンジェ、ごめん、先に兄上だった」

「そうだよなぁ、おれ、忘れられてるよなぁ」

「すみませんね、兄上」

「おれはアスセス・ミラドルトで、こっちが妻のミリアーナ。よろしくなぁ」

 義姉上が軽く会釈する。

「アンジェ、です。よろしく、お願いします」

 義姉上はかなりもの静かな人で、俺も話しているのをあまり聞いたことがないくらいだ。
 父と俺は、母があのテンションだから反動で大人しいお嫁さんをもらったな、なんて言ってるけど。

「ミリアーナ、アンジェちゃんは目が見えないそうだから、話してあげないとわからないんじゃないかなぁ?」

「はい、ミリアーナです。よろしくお願いします」

「よろしく、お願いします」

 そして訪れる沈黙。

 もの静かと対人経験不足だけだと会話はそりゃ持たないよな……


 しかし、その沈黙をぶった切るようなはしゃぎ声。

「いままでお姉様って呼んでたけど、お姉様がふたりになったから、どうしよう? なんて呼べばいいかな?
 すっごくうれしい悩みー!」


 ああ、今だけはティアリスがいてよかった。


「別に深く考えなくても、前に名前をつけたらいいんじゃないか?」

「やっぱりそうよね!
 ミリアーナお姉様、アンジェお姉様!忙しくても、私とも遊んでくださいね!」

 この妹は、兄とは違う方向で母に似ている。
 兄は掴みどころがない方で、妹は常にテンションが高すぎる。
 間にいる一般人である俺は疲れるからいつも適当に流しているんだが、疲れるもんは疲れる。
 しかも今回はアンジェの顔合わせだし。

「はい、わたし、今は、なんにもできないけど、できるように、なりたい、です。おしえて、ください」

「もちろんよー! 何して遊ぶ? 
 そうだ、わたしの部屋においでよ!」

「残念だな、ティア。先に母上の部屋にいくことになってる。ティアは次の機会だ」

「そう。それならいいわ、私も一緒に母様のとこにいくから」

 うおぉ、このテンションふたりにアンジェがついていけるのか?

「とりあえず、離れの部屋を紹介してからな」

「わかりました、私は母様の部屋で待ってますね!」

「いやぁ、ティアは行かないほうがいいんじゃないかなぁ?
 母上はひとりじめしたい人だしなぁ。
 ティアも、母上との話が終わってからふたりで遊んだらどうかなぁ?」

 兄上、ナイスフォロー!!

「ええー、アスセスお兄様、私も一緒がいいですよー」

「ティアはまだダンスの稽古があるだろう?それを先にしたらどうかなぁ?
 そうしたら、後でゆっくり遊べるだろう?」

「……わかりました。絶対、後で行きますからね!」

 ティアリスは若干不機嫌ながらもダンスの稽古に行った。

「ありがとうございます、兄上」

「ティアも喜んでる、よかったじゃないか。母上の相手はおれがしておくから、少しゆっくりしてから来たら?」

「ありがとう、ございます。あたらしい、おうちだから、たのしみです」

「そりゃあよかった。いい家だよ、自分の家なんだから、使いやすいようにしたらいいからねぇ」

「では、失礼します」

 軽く頭を下げてから、車椅子を動かすと、兄上は小さく手を振ってくれた。

「アンジェ、兄上が手を振ってくれてるから、振り返して」

「どういう、こと?」

「別れるときには、こうやって手を振って見せるんだ」

 アンジェの手をとって、兄上の方に向けて振る。
 まるで、母親に抱かれた赤ん坊がされるみたいだけど。

「ああ、ごめんねぇ、アンジェちゃん。
 習慣って怖いね。ぜんぜん意識してなかったよ。
 見えないんだからちゃんと言うべきだったね。バイバイって」

「いいえ、義兄上さま、わたしは、こういう習慣を、知りたいです。知ってたら、見えてなくても、できるから」

「なるほどねぇ。アンジェちゃんは、そうやって勉強してるんだね。おれ達もなるべく協力するから、わからないことがあったら聞いてねぇ」

「兄上、ありがとうございます。じゃ、アンジェ、部屋を見にいこうか」

 今度こそ車椅子を動かすと、兄上に向かって小さく手を振るアンジェ。
 もみじみたいな小さな手が揺れるのが可愛くてたまらなくて、振ってもらえる兄上がちょっとだけうらやましい。



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