上 下
40 / 54
第二章 ヴァンパイアの呪い

23 クラリス『宝石屋に行ってみる』

しおりを挟む
 
 俺が向かった先は、宝石の換金所。
 昨日、キャンディが発掘したクリスタルを金に変えるためだ。
 このまま王都に持ち帰ってもいいが、めちゃ重いのでやめた。
 それにしても、キャンディの魔力は、ヤバいな。
 こんなクソ重たい宝石をカバンに入れて、平気な顔して歩いていたのかよ。
 それに、凶悪なヴァンパイアを、ボコボコに蹴り倒すし。
 
 ──筋肉は、俺より強いかもな……。
 
「さて、いくらになるかな?」

 クリスタルの大きさを調べてみると、俺の拳ほどあった。
 店の扉を開けると、おや? 見覚えのある笑顔が、あるではないか。
 
「ニナさん?」

 勇者さん、とつぶやくその女性は、村長の娘だった。
 手には箒を持っている。どうやら店の仕事を手伝っているのだろう。
 彼女は、すぐに頭を下げた。
 
「あ、あの……昨夜は、ありがとうございます」
「いえいえ」

 ふと、ニナは顔をあげて、花が咲いたように笑う。
 やっぱりだ。彼女は、こんな田舎の村にいてはもったいない。
 なんという美貌の持ち主だ。
 今日も、亜麻色の髪を綺麗に編み込んでおり、とてもおしゃれ。
 服装は、昨夜ミイヒが借りた花柄のワンピを着ている。
 おや? もう洗って着ているのだろうか?
 
「あの、その服ってミイヒに貸してくれたやつ?」
「うふふ、まさか、違いますよ」
「え?」
「同じ服を何着も持っているんです」
「へー、なんで?」
「実は自分で服を作っているんです。生地を大量に買ってしまうもので……」
「なるほど」
「それにしても、驚いたなぁ」
「ん?」
「ミイヒさんのアイデア、私に変装するんだもん」
「ああ、アイツは天才なんだよ」
「……しかも綺麗ですよねぇ」
「ああ」
「勇者さんの彼女ですか?」

 いや、と俺は答えた。
 彼女なんてとんでもない。ミイヒは大切な仲間だ。
 まあ、それでも俺もミイヒも男と女。
 ともに旅をして夜を迎えるから、その一線を超え。
 身体を重ねることもある。
 だが、それはマコもリクもそうだし、三人とも同意の上。
 よくある大人の関係で、ただの遊び。
 俺を彼氏にしたいなんて、露ほども思っていないだろう。
 
「うっふふ、じゃあ私にもチャンス、ありますね」
「え?」
「なんでもありません」
「……?」

 おかしなやつだ、と思いながら、俺は受付まで移動する。
 カウンターには、居眠りをする老婆が座っていた。
 ドン、と音をわざと立てて、袋をカウンターに置く。
 そうすれば、老婆が起きると思った。だが、その判断は甘かった。
 ぐー、ぐー、と老婆はいびきをかいて、ずっと寝たままだ。
 
「おばあちゃん! 起きてっ!」

 ニナの大きな言葉で、ハッと起きた老婆。
 眼鏡をつけ直し、俺の顔をのぞき込む。
 
「お客さん……宝石の換金かえ?」
「ああ、そうだ」

 俺はそう言って、袋からクリスタルを取り出す。
 老婆は、仕事はきっちりやるタイプのようで、すぐに金額を紙に書き出した。
 百万ペンラだった。
 俺は、了承するサインをする。
 急に動きが速くなった老婆は、すぐに袋を俺に渡した。
 なかを確認すると、一万ペンラが百枚入っていた。
 これで俺も、金持ち、と言っていいレベルだな。
 だが、この金はみんなで山分けしないといけない。
 ネコババなんてしたら、ミイヒにぶっ殺されちまう。
 
「クリスタルって、高く売れるんだな」
「うむうむ、これは見事なクリスタルじゃ、ほれ、こうやって光りを当てると青くなるじゃろ?」
「ほんとだ」
「これは魔力を吸収しておる」
「というと?」
「これを材料に防具を作れば、魔法を吸収するアイテムになるじゃろう」
「へー、そうなんだ」

 よかったな、ニナ、と老婆は言った。

「はい、おばあちゃん」
「これがあればクリスタルシリーズが作れるじゃろ」
「ええ、王都に持っていけば高く売れます」

 微笑むニナは、両手を叩いている。
 彼女は服だけじゃなく、防具も作れるのだろう。
 
「へー、ニナさんって防具職人だったんだ」
「はい。夢は王都に自分の店をオープンさせることです」
「そうだったんだー! すごいね」
「やっぱり、村の女の子らしくふつうに結婚もしたいけど、夢があってもいいでしょ?」

 うんうん、と俺は老婆とともにうなずいた。
 どこか、ほっこりとする空気が店に流れ、俺はそろそろ店を出ようと足を動かす。
 するとそのとき。
 
「ババアー、換金してくれー!」

 そう叫ぶ男たちが、ドカドカと靴を鳴らして店に入ってきた。
 俺のことを、チラッと一瞥した男が、カウンターに腰をおろす。
 
「あの、そこは座るところでは……」

 と、ニナが注意をすると、男はきつくにらんだ。
 
「うっせぇ! 犯すぞっオラァ」
「……ひっ」

 ニナが、小さく悲鳴をあげる。
 ガハハ、と他の男たちは笑う。合計で三人の冒険者だ。
 宝石を採取して、換金しにきたのだろう。
 だが、朝に来るということは、昨夜は酔っ払って動けなかった口か?
 気づけば、店じゅうに酒の匂いが充満している。
 こいつらの身体は、まだ酒が抜けていない。
 よって、気持ちがまだハイテンションなのだろう。
 なんせ田舎の村だ。都会からきた自分たちが一番強い。
 そう、イキがっているに違いない。
 すると老婆が、やおら口を開く。

「すまんが、あんたらには換金できん……」

 なんだとババア! と男は叫んだ。こいつがリーダーだろう。
 
「店をめちゃくちゃにされたくないなら、換金しろや」
「……やれるものならやってみろぉ」
「ババア! 俺らは王都からきた冒険者だ。強いんだぞ!」
「ほう、それなら、そこにいる方も王都からきたらしい、ご存知かな?」
「……ん?」

 と、男は俺のほうをみた。その瞬間、腰が引けたのがわかった。
 
「あ、あんた……勇者クラリス?」
「そうだが」
「な、なんでこんなド田舎に……」
「ちょっとクエストがあってな」
「そ、そうだったんですね、あはは」
「ん? おまえらも宝石を換金しにきたのか?」
「は、はい」
「そんなところに座ってか?」

 ぴょんっ、と男は飛び跳ねて、起立した。
 
「すいませんでした」
 
 ペコペコ、と謝る男たち。
 老婆は男たちが持ってきた宝石を鑑定し、金額をはじき出す。
 
「サファイアにエメラルドなら、こんなもんじゃが……」
「はい、この金額でいいっす」
「では、ほれっ」

 老婆が袋を渡すと、男たちは罰が悪そうに店を出て行った。
 その瞬間、ニナは飛び跳ねて喜んだ。
 
「すごいすごい! 勇者さんってすごい!」
「……いや、無駄に顔が広いんですよ、勇者やってると」

 憧れちゃうな、と、ニナはつぶやく。
 心なしか、顔が赤く見える。
 
 ──ああ、ダメだダメだ、俺に惚れては……。
 
 そう思った俺は、颯爽と店の出口に向かう。
 すると老婆が突然、ニナ! と大きな声をあげる。
 びっくりした、まだそんな力があるのかよ、ババア。
 
「ちょっと買い物に行っとくれ、洗剤がもう少ないじゃろ」
「え? いいけど……今すぐ?」
「ほれ、行った行った」
「……?」

 なかば、強引に店を追い出されたニナ。
 俺といっしょに外に出る形となり、太陽のもと、彼女と目と目が合う。
 風に流れる髪は、きらきらと光り、まるで女神のように見えた。

 ──これ以上、この娘といっしょにいるのは、危険だな……。

 そう判断した俺は、さようなら、と言う。
 すると彼女は、あの、と言って顔を赤く染めた。
 
「助けてくれて、本当にありがとうございました」
「いいんだよ、もう気にするな」
「ダメ、気にします……」
「……?」
「私、勇者さんに何かお礼をしないと気が済みません」
「報奨金をもらったから……もういいよ」
「ダメです。私がしたいんです」
「……」
「ダメ、ですか?」
「では、お言葉に甘えて……」

 ──ああ、俺はダメな男だ。
 
 そう思いながら、ニナといっしょに歩くのだった。
しおりを挟む

処理中です...