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第二章 ヴァンパイアの呪い

12 クラリス『温泉入りたいな』

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 『ようこそ! 温泉の村スワロウテイルへ!』

 と、書かれた村の入り口にある看板を、俺は眺めていた。
 名物は、フルーツ温泉なのだろう。
 看板にはさらに、湯船に浮かぶミカンやブドウ。
 いびつな形をした果物。
 などのイラストが描かれてあり、

 『魔力回復』『滋養強壮』『精力増強』

 という文字も、デカデカと貼ってある。
 フルーツはビタミンが豊富で、魔力を回復させる効果があるのは知っていたが……。

 ──精力増強は、ヤバい……。
 
 今夜、俺の身体は持つかな?
 女たちの性欲は、底がない。
 何回もしようと求められる。
 それなのに温泉に入ると、さらに精力が増すだと?
 ふと横を見ると、キャンディが変だ。
 はぁ、はぁ、と息を切らしながら、その看板を見ている。
 ってか、この姫様もナイスバディだな。
 夜のほうも凄そう。おっぱい、でか……。

「はぁ、はぁ、美味しそうですわ……はやく温泉に入って魔力を回復させなくては……」
「ありがとね、キャンディ、補助魔法してくれて……」
「いえいえ、キララさんを勇者パーティに誘ったのはわたくしですから、これくらい朝飯前ですわっ、おーほほほ」
「……ありがとう」

 ぺこり、と頭を下げるキララ。
 この子って何もできないな。それなのに、なぜ姫様はうちに入れたのだろう。
 
 ──謎だ……。

「クラリス~、さっそくだけどクエストの依頼主のところにいきましょう!」
 
 拳を掲げ、元気いっぱいにそう言ったのはミイヒ。
 そうだな、と俺が答えると、マコとリクは手を繋いで歩き出した。

「じゃあ、私たちは村の散策してるよ」

 と、マコが言うので、俺は手を振った。

「わかった。あまり遠くにいくな。一時間後、またここに集合しよう」

 おけ、と言った二人は、グーと親指を立てた。
 買い物をしたいのだろう。
 遠征に行く楽しみのひとつに、地方特産の装備品を見ることがある。
 掘り出し物があれば、買っておいて欲しい。
 王都に持っていけば、高く売れる。

 ──どれどれ、この村はどんな感じなのだろう。

 ざっと村を見渡せば、冒険者たちが歩いていた。
 近くの鉱山に、宝石の発掘にでも行っているのだろう。
 彼らのカバンには、ロックハンマー金槌がぶらさがっている。
 そして、この辺りの魔獣は凶悪なゴブリンやオークが出ることでも有名。
 珍しいキングオークも出る、という冒険者たちの話を小耳にはさむ。
 クエストが簡単に終わったら、そっちを探検するのもいいだろう。
 キングオークの牙は、高く売れる。
 
 ──っていうか、キララとキャンディは鉱山に行かせよう。うちの戦闘で死なれたら困るからな。

「おい、キャンディとキララ、おまえら宝石でも取ってくるか?」
「勇者様? クエストのほうはいいのですか?」
「ああ、おまえらは、まだ見習いだ。戦闘になっても足手まといになるだろう」
「いえ、お言葉ですが、わたくしたちは魔法学校フロースでトップレベルの強さを……」
「いいからいいから、キャンディは慣れない補助魔法で疲れたろ?」
「……ええ、まあ」
「そうだ! ざっと温泉にでも入ってから宝石を二、三個掘ってきてくれよ、あの山が見えるだろ?」
「はい」
「あそこで、サクッとさ、な? ロックハンマーは道具屋で買うといい」
「は、はあ……勇者様がそういうのでしたら、そうしますわ」
「キララもいいだろ?」
「いいも何も、私は魔法が使えないので、どうせ何もできないし……」
「……じゃ、じゃあキララは温泉に入ってのんびりフルーツでも食べてろよ、名物らしいぞ」
「温泉、温泉、ああ、いい湯かな? あはは……フルーツうまそー」

 こいつ本当に呪われてんな、目がイっちゃってて怖い。
 ふつうにしてれば、可愛いのにもったいない。
 魔法なんてものにこだわらずに、女としての幸せを選べばいいのに……。

「さあ、クラリス~行きましょう!」
「ああ」

 ミイヒに手をひかれ、俺は歩き出した。
 青い髪の色は、珍しいのだろう。
 村人たちは、みんなミイヒを見つめている。
 あまりの美しさに、人魚姫かと思っているだろう。
 歩いている彼女は、クエスト証書を読みながら、ふむふむ、と納得していた。
 
「えっと、今回のクエストは、ストーカーの退治ですね」
「ほう……ところで、ストーカーってなんだ?」
「つきまとって嫌がらせする行為のことです」
「……?」
「クラリスにも以前いたじゃないですか、しつこい女が」
「ああ、俺のあとをつけたり、家の前にずっといたりする女だな」
「それそれ、そういうのをストーカーっていいます」
「じゃあ、今回はそのストーカーをやっつければいいんだな?」

 はい、とミイヒは答えると、一見の家を指さした。

「この家です」
「ほう」

 村で一番大きな建物だった。おそらく、村長の家だろう。
 いきましょう、と言ったミイヒは、ズカズカと家のなかに入っていく。
 自信があるのだろう。
 いままで、どんな困難なクエストもクリアしてきた実績がある。
 今回も、みんなで力を合わせれば、きっとうまく行く。
 だが、ストーカーする男なんて、いったいどんなやつだ。
 俺には、女のけつを追うなんて、まったく理解できない。
  
 ──まあ、どんなやつだろうと、俺が退治してやる! 
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