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第一章 ドラゴンの呪い

12 キララ『呪われたドラゴン』

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「それではキララ、そこに立ってくれ」
「はい」

 ヌコさんに言われた通り、私は中庭の真ん中で立った。
 見上げれば、太陽が少しずつ西に傾きつつある。
 日が沈む前に、学校へ戻らなきゃ……。 
 指先を、踊るようにくゆらせるヌコさんが、やおら口を開く。

「目を閉じて、深い呼吸をしろ」
「……はい」

 緊張して喉が渇く。
 まぶたの裏には、昨日助けたドラゴンの姿が浮かぶ。
 白い鱗が綺麗なドラゴン。
 大きなお母さんドラゴンと、小さな赤ちゃんドラゴン。
 親子のドラゴンは、凶悪な魔物『グリフォン』の鋭い牙に襲われていた。
 だから私は、親子を助けた。
 もしかして死んだお母さんドラゴンが、呪縛霊になったのかな?
 やっぱり、赤ちゃんドラゴンを自然に放置したからかな?
 だけど、私の魔力がなくなった原因が、その呪いにあるというのなら……。
 
 ──祓ってやる!

「いくぞ! マントラ真言

 張りつめた空気のなか、ヌコさんの声が響く。
 あたりは一瞬にして暗くなった。
 かと思うと、今度は真っ白な光りに包まれて……って……え?

「ええええええ!? なにこれー!」

 目の前に現れたのは、大きな純白のドラゴン。
 まさに、昨日助けたドラゴン。何だけど、様子がおかしい。
 鱗は剥げ落ち、ドス黒い血が、ぽたぽたと流れていた。
 口からは墨のような黒い炎を放ち、私を威嚇している。
 
 ──呪われている!

 私は、一瞬にして全身が凍りついた。
 隣によってきたヌコさんが、感心した様子であごに手を当てている。 

「おお! やはりでかいな、純白のドラゴンは迫力がある」
「……あ、あっぁあ、こんな化け物退治できるんですか?」
「うーん、めんどくさい」
「ええええ! ちょっと、なんとかしてくださいよ! 呪術師でしょ? はやく退治してよ」
「物理攻撃で呪縛霊を退治するのは、俺のポリシーに反するんだけどなぁ」
「はあ? じゃあ私はずっと魔法が使えないじゃないですかっ!」
「あのさキララ、魔法魔法って言うけど、そんなに使いたいの?」
「ヌコさん! この世界で魔法が使えないなんて死んだも同然です!」
「……ほう、じゃあ、俺は死んでるな」
「え? ヌコさんって」
「ああ、魔法は使えない」
「じゃあ、どっちにしても呪縛霊なんて退治できないじゃないですかぁぁぁ」
「……まあ、そう焦るな」
「だめ、だめ、だめ……」
「え?」
「私は聖騎士になるんだー!」

 おっ、とヌコさんが驚いた。
 その瞬間、私は呪縛霊となったドラゴンに突進していた。

「うぉぉぉぉ!」

 思い切りジャンプして、 鋭い蹴りをドラゴンの顔に当てる。
 手応えあり。ダメージを食らったドラゴンは、体制がよろけた。
 着地した私は、ばっと素早く両手を前にだして、

「火魔法、ファイヤーボール火の玉

 と叫んだけど、何も起きなかった。

「あ、魔法、使えないんだった……やばっ」

 するとそのとき。
 呪われたドラゴンは、体制をひるがえして大きな尻尾を振ってきた。
 
 ──テイルダンス踊る竜尾
 
「きゃぁぁっ!」

 激しい旋風とともに、私はドラゴンの尻尾に弾き飛ばされた。
 魔力で強化していない私の身体は、宙を待って地面に落ちる。
 痛いっ。あばらの骨が折れたのだろう。
 全身に激痛が走り、顔がゆがむ。立ち上がれない。

「ううう……」

 泣きそうになって、いや、泣いていると、黒い影が私を隠した。
 顔をあげると、ヌコさんが柔らかく笑っていた。
 
「そんなに聖騎士なりたいのか」
「……はい。憧れなんです。夢なんです!」
「わかった。では、呪術を使って呪われたドラゴンの願いに、耳を傾けるとしよう」

 ギリっと、ヌコさんの青い瞳がドラゴンを襲う。
 するとどうしたことか、ドラゴンは急に大人しくなった。

「グルルルル」

 喉を鳴らすドラゴンは、すっと瞳を閉じる。
 ヌコさんとドラゴンとの間で、雷のようなスパークが、ばちばちと走った。
 
「なるほど、呪縛霊の願いがわかったぞ」
「な……何ですか?」
「キララ、赤ちゃんを育ててみないか?」
「え、無理です。私まだ結婚する気ないですし、えっちする相手もいない……って、ヌコさん何を言わせてるんですかっ!」
「待て待て、人間の赤ちゃんじゃない」
「え?」

 ドラゴンの赤ちゃんだよ、と答えたヌコさんは、パチンと指を弾く。
 すると突然、呪われたドラゴンはどこへやら、その姿は煙のように消えていた。
 
 ──ちょっと待って……呪術師って、すごいかも……。
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