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第一章 ドラゴンの呪い
7 キララ『ミネル教授の家はきのこ』
しおりを挟む「……というわけで、私、魔法が使えないんです。ミネル教授」
あらあら、と心配してくれるミネルは、じっと私の顔を見つめた。
銀髪の綺麗な若い女性。
自宅にいるせいか、ゆったりとした服を着ている。
ここはミネル教授の家。
クリーム色の土壁で作られた建物。屋根は赤色。
その見た目はまるで、きのこみたい。かわゆい。
まわりには、うっそうと木々が生い茂っていた。
みんみんと虫の鳴き声が大合唱。
きのこのなかにいても、ああっ、うるさい!
暖炉には、メラメラと火がくべてある。
このクソ暑い夏だというのに。
だけど、部屋の温度は、ぜんぜん暑くなかった。
むしろ、ちょっと寒い。
──魔法道具、シロクマくん
ぬいぐるみの口から、さらさらと冷たい風が流れている。
それは壁にかけられており、部屋じゅうに冷房を効かせていた。
私の部屋にも欲しいぃ。
ミネル教授(27歳)は、家族と住んでいた。
父親、母親、それに若い男性が一人。
彼のことをミネルは、「夫です」と紹介してくれた。
さらに続けて、自分のことを話す。ミネルは、話が好きなのだ。
「今日、学校を休んだのは病院に行っていたの」
「え?」
「妊娠したみたい」
「おめでとうございます!」
私は、わぁ、ぱちぱちと拍手をした。
新しい生命の誕生。なんだか自分のことのように嬉しい。
ミネルの夫は、頭をかきながら顔を赤くしている。
やることやってますね、このこの~。
「いつ生まれるのですか?」
「うーん、順調にいけば来年の春かな~」
「楽しみですねぇ」
「うんうん、名前どうしようか考えているの」
「へー、もう性別はわかるんですか?」
「いいえ、まだわからないのよ」
「そうなんですかぁ、男か女かわかればいいのになぁ、魔法でなんとかなりませんか?」
「うーん、たしか王立図書館の古文書に、光魔法であったような」
「それなら、私が魔法をやってあげ……ああっ」
不覚だった。今の私は魔法が使えない。
机に置いてあるカップから、ゆらゆらと湯気が出ている。
なみなみと注がれているのは、魔力が回復するハーブティ。
だけど、今の私にはまったく効果がない。
──ううう、謎、謎、謎!
あっ、とミネルが涙ぐむ私の肩に手をのせた。
慰めてくれるのだろう。
でもできたら、知恵を借りたいのだけど、妊娠中の女性に負担はかけたくない。
そろそろ、帰ろう。
「キララさん、あなた魔法が使えないのよね?」
「……はい」
「魔法を使わなくてもできる仕事には興味ない?」
「え? それって誰でもできる一般的な仕事ってことですかぁ」
「うんうん、ギルド館の受付嬢とか、教会のシスターとか、病院のナースとか」
「待ってください教授っ! 私は真剣に聖騎士になりたいんです」
「いやいや、せっかくなら色々なお仕事体験をしておくべきよ。魔法、使えないんでしょ?」
「うーん、でも、やっぱり夢はあきらめたくないし……」
「受付嬢の制服だって可愛いのよ」
「教授っ!」
ガタッ、と机に足をぶつけて、私は立ち上がってしまった。
きょとん、とするミネル教授。
私が魔法が使えなくなったことを、そこまで憂いでいないらしい。
なぜだろう。
むしろ、魔法が使えなくても気にするな。そんな風に話してくる。
ミネル教授は天才だ。ぜったいに何かある。
ニコッと笑う銀髪の女性は、足を組みかえした。
「キララさん、ドラゴンを救ってるときは、魔法は使えてたのよね?」
「もちろんですっ! 凶悪なグリフォンを追っ払ってやりました」
「ふぅん、なるほど」
「教授、魔法が使えなくなった原因、何かわかりませんか?」
呪い……。
ミネル教授は、ぼそっと聴き慣れない言葉をはいた。
呪い、呪いってなに?
私は魔法学校で一番になるため、勉強や特訓しかやってこなかった。
よって、漫画や小説は読まないし、死んだ生物が幽霊になって……。
きゃー、怖い! なんて話も興味はない。
信じることができるのは、自分の目で見たことだけ。
ようは、私は世間知らずであり、現実主義者なのだ。
──だけど、今は……。
「ミネル教授ぅっ! 呪いについて詳しく教えて下さい」
「え、ええ、わかったから、ちょっと離れましょ」
気づけば私は、ミネルの手を握っていた。
ぱっと離れて、ちょこんと椅子に座り直す。
もうやだ。いつもの私じゃない。
冷静沈着でエリート街道を進むキララは、どこにいったの?
遠くを見つめる私に、ミネルは、にこりと微笑みをかけた。
「実はね、私も学生のころに魔法が使えなくなったことがあるの」
「え! 本当ですか?」
うんうん、とミネルはうなずく。
ほっとした。
私は、同じ境遇の人を見つけて安心感が生まれ、思わず肩の力が抜ける。
ミネルは、話を続けた。
「当時、私が受験生だったときね、おじいちゃんが亡くなったの」
「そうなのですか」
するとそのとき。
ちーん、と鐘を鳴らすミネルの父親。
神棚の前で、じっと正座した彼の目は、どこか焦点があっていない。
しゃがれた声で、何やら唱えている。
そして、私のほうを見て、にやりと笑った。
「ミネルが勉強ばっかりしてて、ろくにお参りをしないから、死んだじいちゃんが怒ったんだ」
ちーん、とまた鐘を鳴らす。
「呪いだよ」
私を、ビビらせようとしているのだろうか。
ひひひっと笑うミネルの父親。
だけど、すぐに横から母親が現れると、父親の肩を叩いた。
「あんた、昼ごはんつくるの手伝って!」
「はいっ!」
急いで立ち上がった父親は、部屋の奥へと消えた。
向こうにはキッチンがあるのだろう。
肉と野菜が焼ける香りが、ふわりとただよってくる。カレーかな?
「ごめんね、怖がらせて……」
手を合わせて謝るミネル。
そんなことより、呪いとは何か、聞かせて欲しい。
「ミネル教授、私は呪われてるってことですか?」
「……その可能性が高いわね」
──嘘でしょ……。
絶望、という二文字が頭をかすめた。
それは夜の闇のように、さーと心を暗くさせる。
どうしたらいいのか、まったくわからない。
藁にもすがる思いで、ミネルを見つめた。
「……私、ずっと魔法が使えないのでしょうか?」
「いえ、呪いを祓うことはできますよ」
「教えてくださいっ!」
「ごめんなさい。それはわかりません。わたしの場合はおじいちゃんの墓でお参りをしたら、魔法が使えるようになりましたが、キララさんの場合はどうでしょうか……つまりその……」
「え? 私の父と母は亡くなってませんよ。王都で元気で暮らしてます。祖父と祖母もともに健在です。身内の不幸は聞いていません」
「それでは、キララさんの身内ではなく。誰か他の人の恨みや憎しみが、呪い、になっているかもしれません」
「……誰?」
「それを突き止めて、呪いを祓うことができれば魔力が戻ると思いますよ」
──呪いを祓う……。
できなければ、聖騎士になる夢は、消える、消える、消える。
「教授っ! 呪いについて、他に何か知ってませんか?」
「えっと、たしか……王立図書館から借りた本に、呪術に関するものがあったわね」
「え? マジですか?」
「うんうん、っていうか返し忘れて、まだ家にあるの」
「おお、ナイスプレーです。教授っ!」
ちょっと待ってね、と言ってミネルが席を立った。
しばらくすると、香ばしい匂いが流れてくる。
「よかったら食べてください」
ミネルの旦那さんが、カレーをもってきてくれた。
お腹が空いていた私は、がっついて食べた。
「うまい、うまい……うううっ」
久しぶりの家庭的な味に、懐かしさに溺れた。
私は魔法学校の寮で、一人暮らしをしている。
親元を離れているので、このような味には涙を誘うのだ。
しばらくして、ミネルが一冊の本を持ってきた。タイトルには、
『あなたの肩こり、呪いのせいかも?』
と書いてあった。え? なんだか嘘くさいなぁ。
まぁまぁ売れているみたいね、とミネルが言葉をつけ足す。
私は本を裏返した。著者は誰かな、気になる。
「呪術師ヌコマール……この人が書いたみたい。よし、訪ねてみよう」
「何歳なんだろうね」
「おじさんですよ、きっと」
「なぜ?」
「だって肩こりですよ? おじさんに決まってる」
「……キララさん、この本を図書館に返しておいて」
「え?」
「わたしはまだ、おばさんじゃない!」
あ、しまった。
教授を間接的に、おばさん扱いしてる、私。
怒っているのだろう。部屋の温度が上がっていくのがわかる。
すると、魔法道具シロクマくんの口から、ブーンと勢いよく冷気が吐かれた。
ブーン、ブーン……。さむっ!
「……では、とりあえず図書館にいってきまーす」
と言って私は、すっと席を立った。
ミネル教授は、なでなでとお腹をさすりながら微笑みを浮かべている。
「男の子かな? 女の子かな? うふふ。光魔法、楽しみにしてるわね、キララさん」
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