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第二章 異世界の王都 転移した彼女 謎の白骨遺体

49 真里と夜の王宮を散歩する

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 王宮に入るとメイドがいたので、王女フリージアはどこかと尋ねた。
 すると、お待ちくださいと言われた。
 しばらく、朱の柱にもたれながら待ちぼうけ。
 夜の王宮は、水を打ったように、しんとしており何の音もない、人の影もない、空気すらなくなっていくのでないか? と疑問を抱くほど、静かであった。
 
「和泉くん」

 背後から声をかけられた。
 振り返って見ると、王女フリージア、つまり真里が立っていた。
 もう寝るところだったのだろう。白い薄手の着物を身にまとっていた。ほどいた艶のある黒髪が、女の色気を漂わせる。
 
「やあ、真里」
「大丈夫だった? ケガしてない?」
「うん、大丈夫だ」
「よかった」

 ほっと胸をなでおろした真里は、微笑みを浮かべるとつづけた。
 
「でも、大聖堂が壊れてちゃったね」
「すまない、俺の力不足で……」
 小さく首を横に振った真里は、手を伸ばした。俺の手を握ろうとしているのだろう。
 
「ごめん」

 そう言った俺は、スッと横に逃げた。
 拒絶されたショックで、下を向く真里は、「他に好きな人できた?」と訊いてきた。
 
「いや、そういうわけではなくて……実は」
「なに? 私と手を握れない理由があるの?」
「ああ、俺には、女に触れると気絶する呪いがかけられているんだ」
「ウソ……じゃあ、イチャイチャできないじゃん」
「うん、でも魔法を使えば大丈夫だ、こんなふうに」

 俺は手を光らせると、真里の手を握ろうとした。
 だが、真里はかぶりを振って拒んだ。
 
「ヤダ、普通の和泉くんと手が繋ぎたい」
「そうだよな……でも、真里ちゃんだって王宮から出られないんでしょ?」
「あ、もう知ってるの?」
「うん、アーメイから聞いた」
「んもう、あのお姉さん、すぐしゃべるんだから」
「たしかに……」

 クスクスと笑い合った俺と真里は、とりあえず散歩でもしようか、と王宮の庭を歩いた。
 双子の月は明るくて、王都じゅうを優しく照らしている。
 
「異世界の夜って明るいんだな」
「ええ、神秘的よね」

 うん、と俺がうなずくと、真里は、でも、と声を漏らす。
 
「異世界で和泉くんと会えてよかった」
「俺もだよ、真里」
「和泉くん」

 真里は俺の顔をじっと見つめ、何かを待っているような様子を見せる。
 こ、これは、おそらくキスを待っているんだろうな。それは俺にだってわかる。くそう、こうなったらキスする引き換えに、気絶してやろうかな。だが、その前に、真里の呪いの証明と、佐野について聞いてからにしよう。
 
「なあ、真里」
「ん? なあに?」
「王宮から出るとどうなるんだ?」
「う~ん、出ようとすると、見えない壁があってぶつかってしまうの」
「ちょっと試してもいい?」
「いいけど、笑わないでよ」
「え? う、うん」

 真里はにっこりと笑うと、おもむろに走りだした。
 王宮の南門をぬけ、いよいよ、王宮と下界との境界線のあたりになったところで……。
 
 むぎゅ、むぎゅ、と顔やおっぱいが、見えない透明な壁とぶつかってつぶれていた。そのあとも、真里がいくら足を動かしても、まったく先に進めない。さらに、もがくように足をがんばって動かすが、虚しく地面を、ズザーズサーと足でこするばかり。

「ぐにににに! ぷはぁ、もうダメだあ」

 はあ、はあ、とスポーツをしたあとのように呼吸を荒げる真里。
 笑ってしまったが、とっさに口を手で隠して堪えた。
 
「わ、わかった。真里が呪われていることはよくわかった」
「……呪いなんてなくなればいいのに」
「まったくだ」

 目と目を合わせて俺と真里は、深くうなずいた。

「あと、ちょっと訊きたいんだけど」
「なに?」
「真里ちゃんのお父さんって、もしかしてサノっていう苗字だったりする?」

 こくり、とうなずく真里。
 
 なるほど、ということは真里を誘拐した犯人は、父親だったかもしれない。
 十年前、俺の家からの帰り道で、父親と出会った真里は口論になった。そして、車で拉致され監禁された。そういう可能性が高いな。だが、そのことを真里に追求したらパニックを起こすかもしれない。ほっておいてやろう。真里の記憶が変質したらマズイことになりそうだ。
 すると、しばらく思いあぐねていた真里だったが、落ち着いた口調で答えた。
 
「実は、私の家ってお母さんのほうに権力があるんです。家もお母さんのものだし、お父さんのほうが苗字を変えるという珍しい家族なのです」
「そうだったのか……まさか、お父さんの苗字が変わってるとは思わなかったな」
「あの、和泉くん、私を誘拐していたのは、もしかしたら……父だったかもしれません」
「あ、ああ、実は、俺もいまそう思っていたんだ」
「うっ……なんで、お父さんがそんなことを」

 真里は泣きだしてしまった。
 だんだん記憶が戻りつつあるようだ。でも、こんな調子で地球に帰還していいのだろうか? 真里に待っているのは、十年間のブランクだけではない。両親の離婚と、父親の死を同時に知らなければならないのだ。もしかすると、このまま真里は異世界にいたほうが、いいのかもしれない。知らないほうが幸せ。そんなケースもある。
 
 複雑な気持ちを引きずりながら、俺は真里を王宮まで送っていった。
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