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第二章 異世界の王都 転移した彼女 謎の白骨遺体

45 呪いをポジティブにとらえてみる

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「MPが枯渇するなんて……不覚にもほどがある、ううう」

 泣きながらとぼとぼ歩くアーメイは、リンちゃんの肩に抱かれていた。
 アーメイは、俺の顔をチラッと見るとさらに嘆く。
 赤いランジェリーしか身につけてない半裸のアーメイは、まるで下着売り場に置いてあるマネキン人形のようだ。細いくびれのくせにおっぱいが大きい。お尻なんて、まさにヴェーナス誕生って感じだ。なんとも目のやり場に困る。どうしよう。話すときは目を閉じてようか。そうしないと男として大きくなってしまう。
 
「ううう、探偵さん、わたしのこと嫌いになったでしょ?」
「いや、そもそも俺が分裂したスライムを取り逃したことが原因だ。アーメイのせいじゃない」
「ううう、優しいね、探偵さん」
「優しくはない。俺がマヌケなだけだ、すまない」
「自分の弱さを認めるなんて……すてき……って探偵さん? なんで目を閉じてる?」
「ん? ちょっと目にゴミが入って」
「え? 大丈夫?」

 アーメイの手が伸びるのが薄っすら見えたので、サッと横に飛んで回避する。

「あっ! 逃げたな~この~」
「ダメだって、マジで触ると気絶するから」
「ホントに気絶するか実験しようよ~」
「ヤダってば~」
「うふふ」

 そんなふうに、うふふ、きゃはは、みたいな恋人がお花畑ではしゃぐみたいに微笑むアーメイは、唇をきつく噛んだ。頬が熱くなっているようで、髪の色と相まって赤く染まっている。リンちゃんは、ぽんぽんとアーメイの肩を叩くと尋ねた。
 
「アーメイ様、そんなことより、MPが枯渇したときに、ノヴァクリスタルさえあれば、とおっしゃってましたが、どういうことですか?」
「え? あ、んんん」

 濡れた髪を乾かすことなく、下着姿でうろうろしていたため、少し寒くなったのか鼻をすするアーメイ。
 
「しかたないな」

 目をずっと閉じてるわけにもいかないし……そう思った俺は、ジャケットを脱いでアーメイに渡す。キョトンするアーメイは「シェイシェイ」と中国語で礼を言うと、頬を赤く染めながら、俺のジャケットを肩だけで羽織った。わぁ、さっきまで俺が着ていたジャケットが、アーメイの美しい身体を包み込んでいる。それはつまり、俺がアーメイを包みこんでいるのと、同等の香りがするのだろう。アーメイの頬はゆるみまくり、ぽわわんっと天を仰いでいる。
 
「これを着てろよ。薄手だから重くないだろ」
「う……うん」

 くんか、くんかジャケットの匂いを嗅ぎながら歩くアーメイ。
 ちょっと恥ずかしいから匂いを嗅ぐのはやめてくれ。だが、リラックスできたのか、心が落ちついたアーメイは足を止めた。すると、リンちゃんが尋ねた質問に、ぽつり答え始めた。
 
「ノヴァクリスタルは魔力の源よ。潜在的にある魔力を無尽蔵で引き出すことができるわ」
「すごいじゃないですか? じゃあ、それさえあれば、ずっとフルパワーの魔法を放出できるということですか?」
「そうね。かつて、土魔法を極めし賢者が、ノヴァクリスタルを使って王都の城や膜壁を建築したという伝説があるわ。ちなみに、大聖堂はわたしの建築よ。損壊しちゃったけどね」
「ごめんなさい。アーメイ様、あたしをかばってたせいで、魔力を使わせてしまって」
「ううん、小猫ちゃんのせいじゃないわ。勇者くんがボソボソ話すせいよ。コミュ障だから協力するってことを知らないの、あの少年は」
「勇者様はなんであんなに無口なんですか?」

 リンちゃんの質問に、アーメイは両手を軽く掲げた。
 
「さぁ、知らないわ。でも、勇者くんはドリーム魔法学園の遠足でみんなにハブられて、崖から転落して自殺したことがあるわ」
「え? 穏やかじゃないですね。ヤバイやつじゃないですか」
「ヤバイのよあの子は。スキル『セーブ』のおかげで、任意の場所からいつでもやり直せるの。どんなに瀕死の状態でも、ケロっと生き返るから気持ち悪い」
「アーメイ様はショタもありかと思ってましたが、そうではないのですね?」
「ノンノン、わたしは背の高い爽やかイケメンが大好きよ」

 そう言ったアーメイは、俺のほうに顔を向けた。やめろ、そんなハートマークを映した瞳で、俺をジッと見つめるのは。これからベルセリウス宮殿に行くというのに……あかねちゃんがアーメイをどう思うだろうか? まったく予想もつかない。
 
 とりあえず俺たちは、魔力もないので飛ぶこともできないから漁港を歩いていた。船着場を通ったときに違和感を覚えた。スライムからの津波の影響があったようだ。水門が損壊し、陸に乗りあげられた船があった。気になるのは、ベルセリウス号のことだ。探して確認してみると、その不安は的中していた。なんとベルセリウス号が隣にある船と激突していたのだ。おかげで側面が削れ、帆をあげる円柱が真ん中で、ぽっきりと折れていた。
 
「あ~あ、船が壊れたな」

 俺がそうぼやくと、リンちゃんが手を叩いて言った。
 
「アーメイ様、船を直してくださいよぉ」
「えっ? どういうこと? 船に乗って宝でも探しにいくの?」

 首をぶんっと横に振ったリンちゃんは、指を北にさした。その先は天空から落ちる閃光。魔王がいると噂される地を示していた。
 
「へ~、魔王を倒すって言うのは本気だったのね」
「はい! 御主人様がどうしても地球に帰還したいそうなので」
「探偵さん……なんでそんなに帰りたいの?」


 アーメイは潤んだ瞳で俺を見つめると、背が高いくせになんとか上目使いしてくる。まぁ、俺のほうが背が高いからできることだ。もしかしたら、アーメイは今まで自分が認めるほどの男に出会ってなかったのかもしれない。高身長爽やかイケメンである俺みたいな男は、なかなかいないから、当然かもな。あまり好きになられても困るから適当に答えておこう。
 
「地球で助けたい彼女がいるからさ」
「ええぇぇ! 彼女がいるの?」
「ああ」
「お……おお、神よ! どこまでわたしに試練を与えるというの? 愛した人には、すでに愛する人がいるなんて……おお、歯車のかけ違いがここまで人の運命を狂わせるとは」
「……そんなオーバーな」
「探偵さん! わたしは探偵さんに彼女がいたって関係ないわっ! 好きな気持ちは誰にも止められない! 呪いを解いてワンチャンあるのみ」
「は……はあ? ワンチャンって?」
「ワン、チャンスよ。わたしの美ボディを君にあげるわ。好きにしていいわよっ♡」
「ひぃぇっ! さ、触るなよっ!」
「えへへへ」

 この人、ホントにわかりやすいな。
 俺はアーメイの伸びる手からダッシで逃げて、天下一商店街の大通りを駆けていく。人の往来は少なくて、すいすいと抜けることができた。
 
「待ってよ~探偵さ~ん!」
「御主人様ぁ~かけっこなら負けませんよぉぉぉぉ!」

 エメラルドの瞳が怪しく光ると、リンちゃんはロケットのように俺の横を通り過ぎた。商店街が風圧で震え、のぼりの旗や、ボロかった外壁や瓦屋根が吹き飛んだ。
 
「あ~あ、俺たちが暴れると王都はガンガン壊れていくな」
「んもう、あの子猫ちゃん賢いのかバカなのかわからないわね」
「たしかに」

 あまり走りなれていないのだろう。アーメイは肩で息をしていた。もしも俺が呪いがかけられてなかったら、肩を貸してやりたいところだった。
 
「すまんな。アーメイ、俺は『ドンタッチミー』という呪いのおかげで、本当に女に触れると気絶してしまうんだ」
「わたしこそ……ごめん。こんなふうに男が欲しくなるなんてこと今までなかった、わたしは」
「え? どういうこと?」
「きっと『蒐集』という呪いのせいで、欲しいものは絶対に手に入れたくなってしまうの……」
「ん? ってことは俺のことを求めるのは……呪いのせい?」
「わかんないわよっ、んもう」

 顔を真っ赤にするアーメイは、もじもじと内股をくねらせると叫んだ。
 
「身体がうずくんだからしょうがないだろぉ、なぁ、気絶したっていいからさ~わたしのものになってよ~」
「うわぁぁぁ、ムリだってば~」

 呪いってマジで恐ろしい。
 アーメイと俺は呪いのおかげで、めちゃくちゃな関係になってしまった。でも、まぁ、何はともあれ、今は前を向いて進むしかないぞ。和泉秋斗。しっかりするんだ。異世界で男の欲求を満たそうとするな。そんなことは、晴れて地球に帰還してからすればいい。愛しの真里だって見つかったんだからな。逆に呪われててよかったじゃないか。浮気の防止になるのだから。逆に呪われてなかったら……俺もいまごろ異世界の酒池肉林スローライフにハマっていたかもしれない。

 そうだ、呪いをポジティブにとらえて、前を向いていこう。

 砂埃を巻き上げて走るリンちゃんを追いかけて、俺たちはベルセリウス宮殿に向かうのだった。
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