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第二章 異世界の王都 転移した彼女 謎の白骨遺体

44 黒咲の独り言

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 海原で浮かぶスライムボール。
 そのなかで眠るスライムは、またいつ目覚めて狂喜乱舞するかわからない恐ろしいもの。だが、皮肉なことに、月の光りに反射して美しく輝いている。これから消される運命にあるはずなのに、なんとも言えない儚さに揺れているようだ。

 王都に驚異となる生物。それだけに、生かしておくわけにもいかない。
 それなのに、少しだけ心が痛い。
 こいつだってもとは地球で生まれた同胞なんだ。
 だが、かわいそうなことに彼は人間に転生できなかった。前世で何があったのか知らないが、佐野という人物は、異世界でスライムという魔物になってしまったんだ。恐ろしいことだ。もしも俺が魔物になったら、どうしていただろうか?
 
 人間に恨みを抱いたのだろうか?
 
 殺してやりたいほどの憎しみを人間に抱いたのだろうか?
 
 それでも、気になることがある。
 
 スライムになった佐野はなぜ人間らしく、名前をカイトとして形を変え、普通に生活をしていたのか? これほどまでの魔力があるのにも関わらずに……やろうと思えば、王都なんてすぐに転覆できるようなものだろう。
 だが、それはしなかった。
 能力を隠しながら、人間を食べて生活をしていた。楽しんでいるみたいに。
 
 そして、最大の謎。
 
 なぜ真里への攻撃を途中でやめたのか?
 
 人間としての理性が残っていたと言うのだろうか?
 
 それとも、真里のことを知っていたのか?

 わからない。わからないが……このまま殺処分するしか道はないだろう。

 すると、黒咲が虚空を仰ぎながらつぶやいている。
 なぜか、独り言ならベラベラと喋るから奇妙な存在だ、勇者黒咲。

「……カイト、おまえをクビにしたのは俺だったな……おまえはいつも語らない。だからパーティから不気味に思われていたのを知っていたか? おまえは仲間たちから不評だったんだ。クビにしたことはすまないが、パーティをまとめるには、しかたないことなんだ。おまえはそれを恨んでいたことはわかっている。そして、俺に化け、フェルナンドとともに盗賊行為を働いていたことも知っている。愚かなことだ。だが、俺はおまえに好感を持っていたのだ。なぜなら俺もコミュ障だからな……前世の地球では、俺もおまえも酷い目にあったな。だが……もういいんだ。おまえは次のステージへ行くがいい。俺がとどめをさしてやる」

 夜空を飛ぶ黒咲の青い髪が、風に揺れている。
 スライムボールの真下で浮遊すると、闇夜に同化するようなドス黒い水魔法『アルカヘスト』を生み出す。
 手を踊らせ、振り下げる。
 ダークな液体は、ボゴボゴボゴボゴと光り玉を溶かし、中身がドロッとこぼれた……その瞬間だった。スライムから触手のような腕が伸びて、海水をなぞった。すると、そこには赤い血の色で字が浮き上がっていた。

『 ま り 』

 スライムは知能がある生物で、前世は佐野という人物である。
 死を悟り、何かを残したかったのだ。
 それがこの、まり、という文字なのだろう。
 俺の頭のなかで、ロジックが組み合わさっていく。
 隣で浮遊するリンちゃんが、囁くように言った。
 
「まり……ひょっとして、スライムは前世で真里様とお知り合いだったのでは?」
「ああ、だろうな。スライムが真里への攻撃をやめたときから、もしやと思ったが……」
「ダイイングメッセージを送るほど親密な関係ということでしょうか?」
「うーん、佐野……佐野……ん?」
「どうしました? 御主人様?」
「しまった……俺は意外な人物をノーマークにしていた!」
「え?」

 時の流れは止まらない。
 溶け出したスライムはみるみるうちに海の藻屑と消えていった。
 肩を震わせる俺は、十年のあいだに疑いを持たないといけない人物を放置していことを知り、驚愕の念を抱いていた。俺の顔をのぞきこむリンちゃんが、「何かわかったのですか?」と尋ねた。
 
「ああ、父親だ……おそらく佐野は真里の父親だろう」
「え? 真里様の苗字は森下では?」
「それが、実は真里の両親は離婚したんだ。父親の旧姓がおそらく佐野だろう。俺は、このことを前世で調査していなかったんだ……バカだったぜ……」
「でも、まさか、自分の父親が娘を誘拐するなんて……夢にも思いませんよ」
「ああ、母親の恭子さんも疑いを見せてなかった。いや、いや……もしかしたら俺は騙されていたのか?」
「かもしれませんね。そうなってくると、真里様の供述のなかにある交通事故という話も嘘という可能性もありますね」
「真里は父親をかばっているのか?」
「わかりません……それにしても、なぜ父親は誘拐なんてしたのでしょうか?」
「謎だ……」

 かぶりを振る俺は「わからない」とさらに一言だけ加えた。
 
 黒咲は感情もなく、眉ひとつ動かない。
 その横顔は、闇にまみれている。もうここに、ようはないと悟り。実にあっさり飛んで、消えていく。勇者黒咲という少年は、なにを考えているかわからない。

 ふと、海原に消えたスライムの残骸を探してみる。
 だが、見つけることは到底できない。ただ、広がる真っ黒な水平線を見つめながら、俺は動揺する感情が定まるまで待ちつづけた。
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