99 / 115
第二章 異世界の王都 転移した彼女 謎の白骨遺体
44 黒咲の独り言
しおりを挟む
海原で浮かぶスライムボール。
そのなかで眠るスライムは、またいつ目覚めて狂喜乱舞するかわからない恐ろしいもの。だが、皮肉なことに、月の光りに反射して美しく輝いている。これから消される運命にあるはずなのに、なんとも言えない儚さに揺れているようだ。
王都に驚異となる生物。それだけに、生かしておくわけにもいかない。
それなのに、少しだけ心が痛い。
こいつだってもとは地球で生まれた同胞なんだ。
だが、かわいそうなことに彼は人間に転生できなかった。前世で何があったのか知らないが、佐野という人物は、異世界でスライムという魔物になってしまったんだ。恐ろしいことだ。もしも俺が魔物になったら、どうしていただろうか?
人間に恨みを抱いたのだろうか?
殺してやりたいほどの憎しみを人間に抱いたのだろうか?
それでも、気になることがある。
スライムになった佐野はなぜ人間らしく、名前をカイトとして形を変え、普通に生活をしていたのか? これほどまでの魔力があるのにも関わらずに……やろうと思えば、王都なんてすぐに転覆できるようなものだろう。
だが、それはしなかった。
能力を隠しながら、人間を食べて生活をしていた。楽しんでいるみたいに。
そして、最大の謎。
なぜ真里への攻撃を途中でやめたのか?
人間としての理性が残っていたと言うのだろうか?
それとも、真里のことを知っていたのか?
わからない。わからないが……このまま殺処分するしか道はないだろう。
すると、黒咲が虚空を仰ぎながらつぶやいている。
なぜか、独り言ならベラベラと喋るから奇妙な存在だ、勇者黒咲。
「……カイト、おまえをクビにしたのは俺だったな……おまえはいつも語らない。だからパーティから不気味に思われていたのを知っていたか? おまえは仲間たちから不評だったんだ。クビにしたことはすまないが、パーティをまとめるには、しかたないことなんだ。おまえはそれを恨んでいたことはわかっている。そして、俺に化け、フェルナンドとともに盗賊行為を働いていたことも知っている。愚かなことだ。だが、俺はおまえに好感を持っていたのだ。なぜなら俺もコミュ障だからな……前世の地球では、俺もおまえも酷い目にあったな。だが……もういいんだ。おまえは次のステージへ行くがいい。俺がとどめをさしてやる」
夜空を飛ぶ黒咲の青い髪が、風に揺れている。
スライムボールの真下で浮遊すると、闇夜に同化するようなドス黒い水魔法『アルカヘスト』を生み出す。
手を踊らせ、振り下げる。
ダークな液体は、ボゴボゴボゴボゴと光り玉を溶かし、中身がドロッとこぼれた……その瞬間だった。スライムから触手のような腕が伸びて、海水をなぞった。すると、そこには赤い血の色で字が浮き上がっていた。
『 ま り 』
スライムは知能がある生物で、前世は佐野という人物である。
死を悟り、何かを残したかったのだ。
それがこの、まり、という文字なのだろう。
俺の頭のなかで、ロジックが組み合わさっていく。
隣で浮遊するリンちゃんが、囁くように言った。
「まり……ひょっとして、スライムは前世で真里様とお知り合いだったのでは?」
「ああ、だろうな。スライムが真里への攻撃をやめたときから、もしやと思ったが……」
「ダイイングメッセージを送るほど親密な関係ということでしょうか?」
「うーん、佐野……佐野……ん?」
「どうしました? 御主人様?」
「しまった……俺は意外な人物をノーマークにしていた!」
「え?」
時の流れは止まらない。
溶け出したスライムはみるみるうちに海の藻屑と消えていった。
肩を震わせる俺は、十年のあいだに疑いを持たないといけない人物を放置していことを知り、驚愕の念を抱いていた。俺の顔をのぞきこむリンちゃんが、「何かわかったのですか?」と尋ねた。
「ああ、父親だ……おそらく佐野は真里の父親だろう」
「え? 真里様の苗字は森下では?」
「それが、実は真里の両親は離婚したんだ。父親の旧姓がおそらく佐野だろう。俺は、このことを前世で調査していなかったんだ……バカだったぜ……」
「でも、まさか、自分の父親が娘を誘拐するなんて……夢にも思いませんよ」
「ああ、母親の恭子さんも疑いを見せてなかった。いや、いや……もしかしたら俺は騙されていたのか?」
「かもしれませんね。そうなってくると、真里様の供述のなかにある交通事故という話も嘘という可能性もありますね」
「真里は父親をかばっているのか?」
「わかりません……それにしても、なぜ父親は誘拐なんてしたのでしょうか?」
「謎だ……」
かぶりを振る俺は「わからない」とさらに一言だけ加えた。
黒咲は感情もなく、眉ひとつ動かない。
その横顔は、闇にまみれている。もうここに、ようはないと悟り。実にあっさり飛んで、消えていく。勇者黒咲という少年は、なにを考えているかわからない。
ふと、海原に消えたスライムの残骸を探してみる。
だが、見つけることは到底できない。ただ、広がる真っ黒な水平線を見つめながら、俺は動揺する感情が定まるまで待ちつづけた。
そのなかで眠るスライムは、またいつ目覚めて狂喜乱舞するかわからない恐ろしいもの。だが、皮肉なことに、月の光りに反射して美しく輝いている。これから消される運命にあるはずなのに、なんとも言えない儚さに揺れているようだ。
王都に驚異となる生物。それだけに、生かしておくわけにもいかない。
それなのに、少しだけ心が痛い。
こいつだってもとは地球で生まれた同胞なんだ。
だが、かわいそうなことに彼は人間に転生できなかった。前世で何があったのか知らないが、佐野という人物は、異世界でスライムという魔物になってしまったんだ。恐ろしいことだ。もしも俺が魔物になったら、どうしていただろうか?
人間に恨みを抱いたのだろうか?
殺してやりたいほどの憎しみを人間に抱いたのだろうか?
それでも、気になることがある。
スライムになった佐野はなぜ人間らしく、名前をカイトとして形を変え、普通に生活をしていたのか? これほどまでの魔力があるのにも関わらずに……やろうと思えば、王都なんてすぐに転覆できるようなものだろう。
だが、それはしなかった。
能力を隠しながら、人間を食べて生活をしていた。楽しんでいるみたいに。
そして、最大の謎。
なぜ真里への攻撃を途中でやめたのか?
人間としての理性が残っていたと言うのだろうか?
それとも、真里のことを知っていたのか?
わからない。わからないが……このまま殺処分するしか道はないだろう。
すると、黒咲が虚空を仰ぎながらつぶやいている。
なぜか、独り言ならベラベラと喋るから奇妙な存在だ、勇者黒咲。
「……カイト、おまえをクビにしたのは俺だったな……おまえはいつも語らない。だからパーティから不気味に思われていたのを知っていたか? おまえは仲間たちから不評だったんだ。クビにしたことはすまないが、パーティをまとめるには、しかたないことなんだ。おまえはそれを恨んでいたことはわかっている。そして、俺に化け、フェルナンドとともに盗賊行為を働いていたことも知っている。愚かなことだ。だが、俺はおまえに好感を持っていたのだ。なぜなら俺もコミュ障だからな……前世の地球では、俺もおまえも酷い目にあったな。だが……もういいんだ。おまえは次のステージへ行くがいい。俺がとどめをさしてやる」
夜空を飛ぶ黒咲の青い髪が、風に揺れている。
スライムボールの真下で浮遊すると、闇夜に同化するようなドス黒い水魔法『アルカヘスト』を生み出す。
手を踊らせ、振り下げる。
ダークな液体は、ボゴボゴボゴボゴと光り玉を溶かし、中身がドロッとこぼれた……その瞬間だった。スライムから触手のような腕が伸びて、海水をなぞった。すると、そこには赤い血の色で字が浮き上がっていた。
『 ま り 』
スライムは知能がある生物で、前世は佐野という人物である。
死を悟り、何かを残したかったのだ。
それがこの、まり、という文字なのだろう。
俺の頭のなかで、ロジックが組み合わさっていく。
隣で浮遊するリンちゃんが、囁くように言った。
「まり……ひょっとして、スライムは前世で真里様とお知り合いだったのでは?」
「ああ、だろうな。スライムが真里への攻撃をやめたときから、もしやと思ったが……」
「ダイイングメッセージを送るほど親密な関係ということでしょうか?」
「うーん、佐野……佐野……ん?」
「どうしました? 御主人様?」
「しまった……俺は意外な人物をノーマークにしていた!」
「え?」
時の流れは止まらない。
溶け出したスライムはみるみるうちに海の藻屑と消えていった。
肩を震わせる俺は、十年のあいだに疑いを持たないといけない人物を放置していことを知り、驚愕の念を抱いていた。俺の顔をのぞきこむリンちゃんが、「何かわかったのですか?」と尋ねた。
「ああ、父親だ……おそらく佐野は真里の父親だろう」
「え? 真里様の苗字は森下では?」
「それが、実は真里の両親は離婚したんだ。父親の旧姓がおそらく佐野だろう。俺は、このことを前世で調査していなかったんだ……バカだったぜ……」
「でも、まさか、自分の父親が娘を誘拐するなんて……夢にも思いませんよ」
「ああ、母親の恭子さんも疑いを見せてなかった。いや、いや……もしかしたら俺は騙されていたのか?」
「かもしれませんね。そうなってくると、真里様の供述のなかにある交通事故という話も嘘という可能性もありますね」
「真里は父親をかばっているのか?」
「わかりません……それにしても、なぜ父親は誘拐なんてしたのでしょうか?」
「謎だ……」
かぶりを振る俺は「わからない」とさらに一言だけ加えた。
黒咲は感情もなく、眉ひとつ動かない。
その横顔は、闇にまみれている。もうここに、ようはないと悟り。実にあっさり飛んで、消えていく。勇者黒咲という少年は、なにを考えているかわからない。
ふと、海原に消えたスライムの残骸を探してみる。
だが、見つけることは到底できない。ただ、広がる真っ黒な水平線を見つめながら、俺は動揺する感情が定まるまで待ちつづけた。
0
お気に入りに追加
137
あなたにおすすめの小説
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
スキルスティール〜悪い奴から根こそぎ奪って何が悪い!能無しと追放されるも実はチート持ちだった!
KeyBow
ファンタジー
日常のありふれた生活が一変!古本屋で何気に手に取り開けた本のタイトルは【猿でも分かるスキルスティール取得法】
変な本だと感じつい見てしまう。そこにはこう有った。
【アホが見ーる馬のけーつ♪
スキルスティールをやるから魔王を倒してこい!まお頑張れや 】
はっ!?と思うとお城の中に。城の誰かに召喚されたが、無能者として暗殺者をけしかけられたりする。
出会った猫耳ツインズがぺったんこだけど可愛すぎるんですが!エルフの美女が恋人に?何故かヒューマンの恋人ができません!
行き当たりばったりで異世界ライフを満喫していく。自重って何?という物語。
悪人からは遠慮なくスキルをいただきまーーーす!ざまぁっす!
一癖も二癖もある仲間と歩む珍道中!
公爵家に生まれて初日に跡継ぎ失格の烙印を押されましたが今日も元気に生きてます!
小択出新都
ファンタジー
異世界に転生して公爵家の娘に生まれてきたエトワだが、魔力をほとんどもたずに生まれてきたため、生後0ヶ月で跡継ぎ失格の烙印を押されてしまう。
跡継ぎ失格といっても、すぐに家を追い出されたりはしないし、学校にも通わせてもらえるし、15歳までに家を出ればいいから、まあ恵まれてるよね、とのんきに暮らしていたエトワ。
だけど跡継ぎ問題を解決するために、分家から同い年の少年少女たちからその候補が選ばれることになり。
彼らには試練として、エトワ(ともたされた家宝、むしろこっちがメイン)が15歳になるまでの護衛役が命ぜられることになった。
仮の主人というか、実質、案山子みたいなものとして、彼らに護衛されることになったエトワだが、一癖ある男の子たちから、素直な女の子までいろんな子がいて、困惑しつつも彼らの成長を見守ることにするのだった。
異世界あるある 転生物語 たった一つのスキルで無双する!え?【土魔法】じゃなくって【土】スキル?
よっしぃ
ファンタジー
農民が土魔法を使って何が悪い?異世界あるある?前世の謎知識で無双する!
土砂 剛史(どしゃ つよし)24歳、独身。自宅のパソコンでネットをしていた所、突然轟音がしたと思うと窓が破壊され何かがぶつかってきた。
自宅付近で高所作業車が電線付近を作業中、トラックが高所作業車に突っ込み運悪く剛史の部屋に高所作業車のアームの先端がぶつかり、そのまま窓から剛史に一直線。
『あ、やべ!』
そして・・・・
【あれ?ここは何処だ?】
気が付けば真っ白な世界。
気を失ったのか?だがなんか聞こえた気がしたんだが何だったんだ?
・・・・
・・・
・・
・
【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】
こうして剛史は新た生を異世界で受けた。
そして何も思い出す事なく10歳に。
そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。
スキルによって一生が決まるからだ。
最低1、最高でも10。平均すると概ね5。
そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。
しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。
そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで
ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。
追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。
だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。
『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』
不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。
そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。
その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。
前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。
但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。
転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。
これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな?
何故か追放された公爵令嬢や他の貴族の令嬢が集まってくるんだが?
俺は農家の4男だぞ?
神速の成長チート! ~無能だと追い出されましたが、逆転レベルアップで最強異世界ライフ始めました~
雪華慧太
ファンタジー
高校生の裕樹はある日、意地の悪いクラスメートたちと異世界に勇者として召喚された。勇者に相応しい力を与えられたクラスメートとは違い、裕樹が持っていたのは自分のレベルを一つ下げるという使えないにも程があるスキル。皆に嘲笑われ、さらには国王の命令で命を狙われる。絶体絶命の状況の中、唯一のスキルを使った裕樹はなんとレベル1からレベル0に。絶望する裕樹だったが、実はそれがあり得ない程の神速成長チートの始まりだった! その力を使って裕樹は様々な職業を極め、異世界最強に上り詰めると共に、極めた生産職で快適な異世界ライフを目指していく。
【完結】真実の行方 悠々自適なマイライフを掴むまで
との
恋愛
結婚記念日に、義妹を連れて夫が帰ってきた。数ヶ月ぶりの帰還だと言うのに、やりたい放題の二人に呆れ顔の主人公アイラ。
近々離婚しようと思っていたのに、夫にとある疑惑が判明。離婚は一時停止する事に。
良い領主になろうと、仕事人間に徹していた主人公が、ちょっとしたキッカケから、猪突猛進。周りのハラハラを他所目に、真相究明に突き進みます。
「嘘じゃありません。あれはハッタリですの」
「俺いつか絶対禿げる」
ーーーーーーーーーー
全89話、完結。
“人気の完結” リストに載せていただいています。
ありがとうございます。
所々、胸糞表現や悪辣な表現があります。
設定他かなりゆるいです。
ご理解いただけますようお願いいたします。
左遷されたオッサン、移動販売車と異世界転生でスローライフ!?~貧乏孤児院の救世主!
武蔵野純平
ファンタジー
大手企業に勤める平凡なアラフォー会社員の米櫃亮二は、セクハラ上司に諫言し左遷されてしまう。左遷先の仕事は、移動販売スーパーの運転手だった。ある日、事故が起きてしまい米櫃亮二は、移動販売車ごと異世界に転生してしまう。転生すると亮二と移動販売車に不思議な力が与えられていた。亮二は転生先で出会った孤児たちを救おうと、貧乏孤児院を宿屋に改装し旅館経営を始める。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる